第5話 中村茜音十八歳
中村茜音はぎゅっと唇を引き結んだ。オーディションにColorS*の新曲を使用するということで、彼も会場に訪れていた。
書類選考を通った百人の練習風景をカメラ越しに見ていた彼は、不機嫌を隠しもしない。
「――この子――と、この子。あ、この子も――ああこの子もダメだなあ」
手渡された少年たちの顔写真を弾いていく。茜音は人の顔と名前を覚えるのが得意だった。そこに自身に対する感情の善悪は関係なく、特技といってもいいほどだ。
けれど、実際に対面してはいないのに書類と画面越しに見ただけで不合格を言い渡すのはいかがなものかと。
一緒に画面を見ていた青柳結音は『こら』と茜音の頭を軽く小突いた。
「せっかく練習してるんだから、せめて最後まで見てから不合格って言ってやれよ」
「――結音」
小突かれた茜音は、不満だと結音に視線を送って唇をむっと尖らせる。結音は茜音より年下だが、芸歴は長く、ColorS*のリーダーでもある。感情コントロールが苦手な茜音をこうして叱るのはいつしか結音の役割となっていた。
「――――でもな、結音。茜音の言うことは間違ってないんだよな」
それを見ていたのは――彼らの先輩である山本優希。彼は『今日は暇だったから』なんて理由で事務所まで来ていた。せっかくだからオーディション内容も見たいと社長に言って、モニタールームまでやって来たのだ。
優希はColorS*がデビューを発表する際にバックで踊っていた桜乱舞という先輩デュオの片割れであるため、茜音らからすれば一番近い事務所の先輩でもあった。
「優希くん、でもそれは」
結音が諫めるように言うが、優希は『だってな』と続ける。
「この事務所はソロじゃなくてグループを主体としてるのは知ってるはずだろ。それなのに俺の方が――とか言って和を乱すタイプの人間はいつか消えてくんだよ。自己主張もいいんだけど、スタッフに確認も取れないようじゃダメだわ」
優希はへらりと笑っているが、言葉は辛らつだった。茜音がはじいたのはスタッフに許可なく立ち位置を変えセンターの位置を奪い取った少年たちだったのだ。
茜音は優希の言葉にうんうんと首を縦に振る。
「そうそう。なんなら今のうちに分かっといた方がいいんだって。まだ十歳の子もいるじゃん? ダンスは――この中で一番上手いんだから、やる気があればまた来るって。別にまたオーディション受けたらダメってんじゃないしさ」
今回は不合格――それでも、自身を見つめなおし、やる気さえあればまたオーディションは受けられる。それと、惜しいと思う人物にはソロデビューも可能な系列事務所へのオーディションも受けられる旨を記した書類を渡す予定でいる。――ただ、この時点で挫折してしまう者が多いのも事実だ。優希は続ける。
「特に研修生の間は集団行動多いし、先輩から嫌われたらツアーにつく機会もないから、諦めるなら早い方が人生設計上手くいくこともあるだろ」
「……優希くんって結構辛らつですよね」
「芸能界に長く居たらお前らもこうなるよ」
「俺も結構芸歴長いですけど。ていうか、俺の方が芸歴は優希くんより先輩ですよ」
「はは、確かに」
優希は現在二十五歳。事務所に入ったのが十二歳で、芸能界に入って十三年経ったところだ。
そして結音はまだ十六歳だが、ドラマ初出演は二歳の頃。ほんの少しではあるが、芸歴だけで言えば結音が先輩なのだ。とはいえ、事務所を移籍したのはデビューする一年半ほど前なので、今の事務所では優希が先輩だ。
優希が、茜音の後ろからモニターをのぞき見ながら、『うーん』と唸る。
「ま、今回は五人残ったらいい方かな」
ざっと見通しただけで、その感想。ここ数年は特にアイドルも飽和状態となっており、研修生だけでも百人を超える。毎年誰かがデビューするということもなく、厳しい書類審査、ダンス審査を超えて事務所入り出来たところで、多くは夢を諦め去っていく。
また、デビュー出来ても思うように売れず解散を選ぶグループも多いのだ。
結果的に審査はより一層厳しくなり、事務所入り出来る者も年々減少している。
優希の口にした『五人』は、書類審査を通った百人から見れば多い方だった。けれど、茜音は首を振った。大きい目を細めて、にっこりと笑い指を二本立て、
「俺は二人だと思いますよ。優希くん、当たったら焼き肉連れて行ってくださいよ」
先輩相手に無礼とも取れる発言と表情に、しかし優希もにっこり笑い返す。
「焼き肉ぐらい普通に連れてってやるって。ColorS*みんな連れてってやるよ」
「お! 言いましたね?」
優希にとって、ColorS*は全員弟のようなもの。事務所入りした時から可愛がられている自覚があった茜音の態度に結音は毎回ハラハラしているのだが、この無遠慮さがいいのだというのもよく理解はしている。
「望も呼ぶから、みんなで行こうな」
優希の相棒である望の名前も出すと、茜音の表情が更にぱっと明るくなる。
「優希くん俺らに甘いから大好き!」
「甘やかしすぎないで下さいよ。ほんとに調子に乗るんで」
「あはは」
釘を刺しておく。これで何か変わるわけではないことは分かっていたが、結音は自分がそういう役割なのだと理解して、またため息をついた。
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