第6話
――結果、実技審査前に二十人が不合格となり、審査を通った十人が茜音、結音、社長相手に面談をする。最終的に残ったのは三人だった。優希と茜音の両方が予測を外したことにはなるが、事務所としては上々の結果だっただろう。十三歳、十五歳、十六歳の少年三人。人柄も問題なく、メンタルも強そうだ。芸能界という精神をすり減らし続ける世界において、メンタルが強くなければいずれは病んでしまう。上昇志向も大切だ。負けず嫌いでなければ、競争社会から淘汰されてしまう。ビジュアルがいいだけでは売れない世界。
地獄のような世界で、笑い続けなければそれは惰性だと唾を吐き捨てられる。
――数日後、奇跡的に全員のスケジュールが空いていたため、優希が招集をかけた。芸能人がよく訪れるという高級焼き肉店の個室。優希が電話をしたその日の午前中にキャンセルがあり、予約が取れたのも幸いした。
ColorS*は全員未成年だ。間違えて酒を飲んでしまうことのないようにと先輩二人――桜乱舞の二人も、ソフトドリンクでの乾杯。
未成年の飲酒、喫煙は写真一枚でも出回っただけでアイドル生命が絶たれる。知名度が上がれば上がるほど、ほんの些細なことでも大げさに取り扱われ、悪しきように扱われる。どこで写真を撮られるのか分かったものではない。
それが分っているからこそ、二人は慎重な対応をしてくれる。いい先輩だ。
一通りの注文を終えた後で、優希の相棒である藤原望が卓上の皿と、食べ盛りの後輩たちを見まわしてぼそりと呟いた。
「一人でよう払わんからって俺の事も呼んだじゃろ」
「ごめんて、望。俺ら二人で飯行く言うたら仲良すぎてきもいって言われるんじゃもん」
「言わせとけばええんよ、そんなもん」
優希と望は出身地が同じだ。出身地だけではなく、誕生日、年齢、血液型も同じ。そして、事務所に来てほしいと声をかけられた日も同じで、出会った頃は容姿すら似ているとさえ言われていた。まるで双子のようだと言われ続けていたアイドルデュオ。
アイドルっぽくないということで、テレビ出演の際はなるべく方言を出さないようにしているものの、コンサートMCやプライベートでの空間ではこうして地元の言葉で話す。
上京したばかりの頃は環境に慣れるためというのもあり、二人で暮らしていた時期もあった。それに対して散々邪推するような事を言われ続けた経験から、彼らは後輩のスキャンダルに対しても慎重だ。
「仲悪いよりいいと思うんですけどね。俺は二人に憧れてオーディション受けたし、不仲じゃなくて凄く安心しました」
苅安恭弥がそう言って首を傾げた。彼は元々桜乱舞のファンで、一緒に仕事をしたいからとそれまで経験のなかったダンスと歌を頑張りデビューまで果たした。底抜けに明るく、裏表のない――そして、悪いことはあまり引きずらない性格。思ったことがそのまま口に出てしまうが嫌味なところがない、先輩たちに可愛がられやすいタイプだ。
「今さら大喧嘩するなんてこともないわ」
「じゃな。もう十年以上も一緒におるし。そりゃ一緒に住んどる時は喧嘩もあったけど、今さら派手に喧嘩したりとかせんって。それ言ったら茜音と叶羽は幼馴染で付き合いも長いし、さすがに喧嘩する気もおきんくならん? それと同じよ」
ふん、と鼻を鳴らした望に、優希が茜音と高橋叶羽に視線を送った。茜音と叶羽が幼馴染なのは周知されているが、年齢は一つ違う。茜音は一人っ子であり、叶羽には兄と妹がいる。茜音と同学年だったのは叶羽の妹だ。
「喧嘩した覚えはないですね。茜音は弟みたいな感じでしたし」
叶羽は一瞬考えるような仕草を見せたが、そう答える。
親同士の仲もよく、家が隣ということもあり幼い頃から共に過ごす時間が多かった。
叶羽からすれば幼馴染というよりは弟のようだ、というのが正しいらしい。
「年子の弟? その方が喧嘩しそうじゃがん」
望が言った。彼には三つ上に兄がいる。年子ではないが、それなりに喧嘩が多いと言うが。
「そうですかね? 俺、兄貴とも喧嘩したことないんでそんなもんだと思ってました」
「ああ! 確かに」
叶羽が首を傾げる。確かに、叶羽が兄や妹と喧嘩したところを見たことがない、と茜音も言った。
「そんなもんなんかな?」
「そういえば叶羽は落ち込むことはあっても、怒ることはないかも……」
首を傾げた優希に、茜音が返す。
「確かに、一番穏やかなのは叶羽だと思いますね」
「感情的にならないからね。大人なんだよ」
橡木七星が隣の叶羽を見て言う。それに、結音も同意した。メンバーは誰一人として叶羽の怒ったところを見たことがない。感情的になって声を荒げたことも、一度もないという。
「極限まで我慢するタイプなんかな? たまには我慢せんと言いたいことは言いんちゃいよ」
「ほんまに、ろくなことにならんからな」
優希の言葉に望も頷く。
望はその『ろくなことにならなかった』を思い出したようで、盛大にため息をついた。
そして、『あ』と声を出して、叶羽をまじまじと見る。
「叶羽、痩せた? なんか前会った時より骨ばっとる感じするんじゃけど」
(――確かに。叶羽、最近また痩せたな)
望の言葉に、茜音も内心頷いた。元々太る体質ではなく、油断をするとすぐ痩せてしまう。それを本人も理解している。
叶羽は困ったように笑って、
「食べてますよ。太らないんです、俺」
「メンバーで一番食べるんですよ、叶羽」
叶羽の返しに、恭弥も頷く。
実際に叶羽の食欲が落ちている様子はない。みんなと食事をすれば一番食べるし、遠慮する様子もない。今回のように先輩と食事する時も『これが食べたいです』と主張もしている。
それなのに、痩せた気がする。
背が伸びたせいだろうか。身長だけが伸びて、体重が変わらないせいだろうか。
げっそりとしたように感じるのは、茜音が叶羽の事を気にしすぎているせいだろうか。
気のせいならば、それでいいとも思う。
「いや、カロリーが足らんのじゃろ。追加するか」
「優希くん、叶羽ばっか構わないでくださいよ――! 俺はシャトーブリアン食べたいですっ」
「あ、俺も食べたいです」
「希少部位全部頼んでいいですか?」
「お前らほんまに遠慮せんな! ええけど! よっしゃ、人数分追加すんで」
「望、酒飲んでないのに酔っとるみたいになっとるな」
「さすが先輩! 太っ腹!」
追加で頼めと叶羽にメニューを渡す優希に恭弥が割って入り、結音、七星も便乗する。
望は考えることを諦めて、優希が笑い、茜音が囃し立てる。横目で叶羽を見ながら。
やはり身長が伸びたことを差し引いても、叶羽は痩せたと思う。元々目立つことが得意ではない。リズム感がなく、歌もダンスも不得意だ。
本来であれば芸能界とは縁遠い道で人生を歩むはずだった。
そんな叶羽をアイドルの道に引きずり込んだのは茜音だ。
彼がこの世界に向いていないことを承知で手を引いた。
今さら掴んだ手を放すことなど、絶対したくない。
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