第4話


「――はい、時間となりました。練習は終わりです」」


 告げられた時間ぴったりにストップの声がかかった。練習風景をずっと見ていた十人程のスタッフのうち一人――三十代ぐらいだろうか――唯一スーツ姿にぴしっとネクタイを締めた女性が、ぐるりと視線を巡らせた。


「これから番号を呼んだ人はこちらへ来てください」


 ざわりと少年たちがざわめいた。

 別室へ移動して歌とダンスを披露する――のだろう、とは思ったが、彼女の表情が厳しかったからだ。


「十一番から十五番、三十六番から四十番、五十六番から六十番、八十一番から八十五番。呼ばれた二十名、こちらへ」


 びくっと少年の身体が揺れた。彼女が告げた番号には自分も入っていたからだ。

 恐る恐る彼女の前まで来た二十人。番号の区切りは五人ずつ組まされたメンバーだ。


「あなたたちはこちらです。残った方は、こちらで待機していて下さい」


(――――!)


 ざわ、と再びどよめきが起きる。

 別室に通される――きっとスタッフは全体の練習風景をしっかり見ていた。


 きっとその練習風景を見て、ダンスを評価してくれたのだろう――と希望を抱いた少年は、――『少年』だった。

 別室とはいったが、少年たちが連れて行かれたのは審査員がいる部屋ではなかった。二十畳ほどの広さの会議室だ。

 机は設置しておらず、パイプ椅子だけがホワイトボードと向き合う形で置かれており、ぱっと見ると会議室というよりは教室のように見えなくもない。

 座るように促した彼女は、彼らが全員腰かけたのを確認してホワイトボードの前に立った。その姿は教鞭を振るう教師のようだった。

「さて――、一時間ダンスと歌を練習して頂きましたが、あなたたちは不合格となります」

「――――え!?」

 女性の言葉に声を上げたのは何人いたか。『は?』『え?』『なんでだよ!』と、怒号まで混じるが、彼女の表情は動かない。

「この中にはダンスの実績があり、実際に練習を見ていてもプロに通じるほど上手い人が居ました。その方はあえて、立ち位置を端にしていたんです。そして、あえて実績のない方をセンターとして配置しました」

 少年たちの不満や怒りが飛び交うなかでも、女性は言葉を切ることなく続ける。


 要約すれば、実績のない人間をセンターに置いたのはチームワークを見るため。事務所入りをし、デビューをするとなれば年齢も価値観も違う人間と付き合っていくことになる。許可なく勝手に立ち位置を変更するなどしたため、不合格とした。

 ――と、いうことだった。

「――とはいえ、不合格も『今回は、不合格』と受け取ってください。本日はお疲れ様でした。既に保護者の方にはお伝えしておりますが、オーディション内容などは全て他言無用となっておりますので、合否以外の情報は内密にお願いいたします」

 綺麗にお辞儀をした女性に、少年は茫然とした。

(不合格――)

 その言葉が重い。不合格の原因がまさか――そんなことだなんて。


 会議室を出た後に、立ち位置変更を言い出した少年らは責められた。巻き込まれた――お前のせいだ、という声も聞こえる。けれど、結局のところ、言い出した少年ら以外も『そういう気質』だった故に不合格だったのだ。



 ばらばらと少年たちは帰路につく。保護者と共に来た者は保護者と。一人で来た者は一人で。事務所を出る際、封書を渡された。オーディション内容に関する情報の保護に関する書類だった。


 一時間練習をした。

 けれど、練習したものを発揮することが出来なかった。


 悔しかった。


 悔しくて、少年は泣いた。


 あんな提案するんじゃなかったという後悔と、そんなに悪いことだったのかという怒りも混在する。


 ――また挑戦したらいいじゃない――そう母は言ったが、少年の心は驚くほどあっさり折れてしまった。あれほど追っていたColorS*も見たくないと言うほど、深く挫折した。

 ダンススクールも辞め、芸能界を夢見ることもやめてしまった。

 ダンスも歌も人より秀でていたというのに。

努力した自負がある。そして、誰よりも上に立てていた。報われていたため、挫折を知らなかった。そのため、一度の失敗で人生を否定された気になったのだ。

それでも捨てることは出来なかったColorS*の作品は全て段ボールに詰め、母に預けた。人生を否定されても嫌いにはなりきれず、未練があったからだ。茜音のことは変わらず好きだったため、またその箱を開く日が来るかもしれないと思い。




 ――その二年後。

本屋に立ち寄った時、雑誌の表紙に見覚えのある人物がいるのを見つけた。

 少年が無才だと切り捨てた、あの美しい少年だ。


 彼は茜音の隣で笑っていた。


そこには、ドラマで兄弟役として出演するのだと書かれていて。

 ――少年はその日、段ボールごと忘れきれなかった夢を全て捨て去った。

 


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