第3話
三月最後の日曜日。受付をした際に渡されたナンバープレートを胸の見える位置につけるようにと言われた。
そして、『息子さんはまだ十歳ですので、オーディション終了までお母様は別室で待機をお願いします。終わり次第ご連絡いたします』と受付の女性に言われ、会場まで一緒に来た母は別室へ通された。オーディションを受ける少年が中学生以下の場合は保護者も会場で待機をするようだった。
(……十五番。受付順じゃないんだ……)
その会場に入れたのは十歳から十八歳の少年百人だった。先に到着していた少年のプレートは百。そして、後から来た少年のプレート番号は一だった。
観察してみれば、一のプレートを胸に付けた少年はひどく整った顔をしていた。もしかしたらプレートナンバーは受付順ではなく、書類選考を通った順番ではないのかと結論付ける。
暫くして、指定されていた時間を迎えた。
「全員揃ったかな」
扉から現れたのは、三十代半ばぐらいのただのスタッフというには華のある男性だった。
「これから君たちを五人のグループに分けます。立ち位置で覚えるダンスも違いますので注意して下さいね。まず、一番から五番のプレートを付けた方はこちらへ」
どこかで見た覚えがある人物だと思ったが、思い出す前にスタッフが話を進めていく。
五人ずつ、プレートの番号で組まされるようだ。少年は十五番。組む相手は十一番から十四番の少年だった。
「覚えて貰うのはColorS*の新曲『White/牡丹一華(ぼたんいちげ)』です。ダンスだけでなく、歌唱パートも覚えて下さい」
(新曲……!)
ColorS*の新曲はまだ発売されていない。既存の曲だと不公平になるからだろう。
だが、振り分けられたメンバーを確認して、少年は不満にぎゅうっと目を細めた。少年が覚えるようにと言い渡されたメンバーは叶羽だった。メンバーの中でも叶羽と七星は歌唱パートが少なく、ダンスも単調だ。新曲であっても立ち位置による優劣はある。茜音のパートであれば、アピールしやすいのにと嘆いたが――、気付く。
(――あれ? センターじゃないけど……今回は叶羽のパート多いな)
立ち位置は変わらず端だが、前回の曲に比べ歌割りが増えているし、見せ場もある。全員気付いたのか『いつもと違うね』『うん』という会話も聞こえてきた。スマホは持ち込み禁止だったため、調べることは出来なかったがタイトルには叶羽のイメージカラーが入っており、歌詞にはアネモネという花の名前が出てきた。叶羽をイメージした曲なのだろうか。そう思うと少し腹が立った。
(でも基本は茜音がセンターだし、パートも一番多い。ダンスの難易度だって)
はじめてみるMVに感動と複雑さがないまぜになる。歌唱パートが増えても叶羽の抑揚のなさは変わらない。
一度通しで見て、立ち位置の確認をする。茜音の立ち位置に選ばれたのはひょろりと背が高く、色白で儚さのある美しい容姿の十四歳の少年だった。
その繊細な美しさは月のようで、自らが明るく光り輝く茜音とはまるで違うけれど、不思議な魅力があった。
(……余計な事考えるな。一時間しかないんだから)
少年は首を振って、余計な感情を捨て去ろうとした。告げられた練習時間はたったの一時間しかないのだ。一人で歌って踊るのとは勝手が違う。
再生しては停止して、一つ一つの動きを確認しながら振りと歌割りの確認をする。
結音の立ち位置を担当している少年は一番年上の十八歳で歌もダンスもバランスがいい。恭弥の立ち位置担当は十三歳で、小さな身体をいっぱいに動かして邪魔にならない範囲で自分を大きく見せようとしているのが伝わる。七星の立ち位置担当は十一歳だが抜群に歌が上手い。そして、茜音の立ち位置担当は
(……こいつ、一番下手だ)
組まされた五人の中で、センターの茜音パートをする少年がダンスも歌も一番ぱっとしなかった。流れを覚えるのは一番早かった。けれど、センスがまるでない。センターに立つには分不相応だ。
「……タイミングが違うんだけど……」
何度目かの中断に、ついに言葉が漏れた。一時間は短い。歌と振り付けを覚えるだけでなく、パフォーマンスとして完成させなければならない。
だというのに、センターが立ち位置の少年が一番足を引っ張っている。
容姿はこの中で一番整っている。しかし、それ以外に目を向けたら一番足を引っ張っているのは彼だ。
「え……」
「どこが違うのかもわかんなかった?」
「えっと、……」
「茜音のパートは一番アピールしやすいのになんで」
なんでよりによって茜音のパートをこいつに――と不満が溢れる。
そもそも、アイドルを目指しているはずなのに、腹の底から声を出すことにも慣れていない。
もしかしたら、彼はオーディションを受けたかったわけではないのかもしれない。
募集要項には本人の意思を無視した応募は禁止されているが、事務所の中では誰が履歴書を送ったのかも解らないままデビューした人が何人もいる。
彼もその美しい容姿のため、身内が勝手に履歴書を送ったのかもしれない。
そう思うと、彼のダンスや歌が稚拙なことにも説明がつく。
「――ごめん、もう一回最初から――」
「ねえ」
申し訳なさに声が小さくなる彼に、少年は一つ提案をした。
きっと、その方がいいと――オーディションを通るにはこれが一番だと。
特に同じグループの中で最年長の少年だけは苦言を呈したが、結局その提案は通った。
何故ならば、五人の中で少年が歌もダンスも一番上手かったからだ。
(最初から、こうすればよかった)
立ち位置の入れ替え。スタッフに許可などとってはいないが、残り時間も十五分と迫っていた。すべてのパートが頭に入っていた少年と、手数が多すぎてまともなダンスになっていない彼。比べるまでもなかった。
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