第2話 はじめての

声がする。大好きな人の、暖かい声。

「…!…ん!………牡丹!」

「…んー?なあにうるさいなー」

「うるさいではないでしょ、牡丹」

白鶴牡丹は目覚めた。今自分が一番大切な人の声で。

「私がうるさいって言ったらうるさいの。分かってないねぇ、白檀」

「分かってないのは牡丹。その暴論に頭を悩ませてたから俺が来てやったのに」

露影白檀は言い返す。自分より年下の主の寝起きを見つめながら。

「私はそんなこと言ってない!も~、昨日までだったら侍女さん許してくれたのに!」

「その侍女から言われたんだよ、"牡丹様がなかなか起きてくれない"ってな」

「え~?なんで?」

「なんでじゃないし、さっさと着替えろ」

軽口を叩き合いに見切りをつけ、着替えを促す白檀に、いかにも不満と言い張るような目線を向けつつ、クローゼットを開けた。

「…いつまでいるの。出てけ」

「従者になんて口を…。着替えくらいいいだろ。昔は俺が着替えさせてたし」

白檀の言葉に一気に動揺したのか、牡丹が真っ赤な顔で捲し立てる。

「昔の話でしょ!?急に何を…!?っ、てか私思春期なんだよ!そういうのいいし、必要だったら侍女呼ぶもん!出てって!変態!」

「はいはい、分かったから。代わりに、マジで危なかったら呼べよ」

「分かってる!」

牡丹は白檀を扉の外まで追いやり、乱暴に閉めた。鍵もかけた。

「…ばか」

牡丹はぼそりと呟き、着替えをし始めた。




数分経って着替え終え、牡丹は勢いよく扉を開けた。

「痛った!?そんなに強くやることないだろ!?」

扉の真ん前に白檀が立っていたのだ。

「そんなこと言われたって仕方ないでしょ!アンタが立ってるなんて知らないし!」

再び機嫌が悪くなった牡丹が白檀を押し退けて歩き出す。

「牡丹」

「…」

「牡丹~?」

「…」

「何を怒っているんですか、牡丹様?」

白檀が業を煮やしたのかいつもとは違う口調で喋る。

「!?…なんでもない…!」

牡丹は照れたようにそっぽを向いた。

「…そう。牡丹、今日は出かけますよ」

「また村?嫌なんだけど」

辟易した様子で答え、牡丹は足を止めて白檀の方を向いた。

「いいえ。今日は村ではなく、市街地ですよ」

「市街地…。えっ、洋服買えるの!?」

一転、喜々として反応する牡丹を横目に白檀は補足した。

「仕事ですよ、あなたにとってとても重要な」

「仕事?村の人のことじゃないのに?」

懐疑的な目を向ける牡丹の頭を撫で、白檀は続けて言う。


「他の神様と会うこと。ほら、とても大切なお仕事でしょう?」




白鶴牡丹は付喪神に魅入られた子供だ。その身朽ち果てる時まで、神として振る舞わなければならない。初顔合わせから四年経ち、現在十五歳の牡丹と十九歳の白檀は、神の在位年数がいちばん短く、また立場も弱かった。在位年数最少の神は、その代の在位年数最多を誇る神に会うことが慣例とされている。牡丹も成長してきた今だから、あちらの神にお呼ばれされたのだ。




動くのは、二神のみではなかった。






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