第29話 守護騎士団、アルビオン②
ここは城内の兵士の詰所。ショーエイが連行されてしばらくした後、テーブルに肘をついて座り込むマナはひとりで「はあ………っ」とため息をついて頭を押さえている。
その理由は300年間も見つからなかったある意味禁忌とも言える代物、常闇の宝玉がついに発見されたこと、しかも第一発見者がよりにもよってあの男、ショーエイだったこと、そのショーエイが何にも抵抗せず特別房に入れられたこと、など上げればキリがない。
(ショーエイめ……あいつまさか最終的に脱獄する気じゃないだろうな……?)
特別房を脱獄なんて普通の人間ならしないだろうが、ただ相手は理屈も倫理観もクソもない男である。確かに彼なら力ずくで脱獄できるかも知れないがそうなるとカーマインはもはや彼を絶対に許さないだろうし、下手に刺激すれば間違いなくブチキレてこの国を滅ぼしかねない……そういう最悪なシナリオが頭に浮かんでいた――すると。
「おう、誰かと思えばマナじゃないか」
一人の男性が彼女に声をかける。背はシェナよりも少し低いがショーエイと同様に筋骨隆々の身体に銀色の鎧を着込む、如何にも野性的に男らしい顔つきで髭を生やし――土の民であるドワーフらしい出で立ちである。そして背中に自身の身の丈よりも大きい無骨な金槌を背負い、見た目からその豪快さを物語っている。
――彼はダッカ・ユバハ・ギ。守護騎士団アルビオンの一人、東側を守護するトルへン部隊隊長を務める通称、『大地の怒り』。そしてマナの旧友でもある。
「…………ダッカじゃないか!」
思わず彼女は立ち上がり、笑顔で彼の元に駆けつけた。
「久しぶりだなマナ。数ヵ月ぶりか?」
「ああそうだ。確か自分の故郷へ一時的に帰っていたはずだろ、どうしたんだ?」
「実は身内に不幸があってな――」
「あ、そうなのか……すまん」
「お前は何を謝る必要がある?葬式も何もかも全て終わらせて帰ってきたんだから気にするなガハハ!!そういえば我々に近い内に召集をかけると聞いたんだが何か起こるのか――」
マナは事情を話すと「そういうことか」と腕組みするダッカ。
「まあワシがレヴ大陸のたわけ者を一人残らずアルバーナの地の肥やしにしてやるから大船に乗った気分でいてくれよな!」
「ふふ、相変わらず頼もしいな」
彼のポジティブ思考は彼女にとっても凄く羨ましかった。
「そういえば他の3人はどうした?」
「さあな。ミルとロイスは城内にいるはずだけどレフィアだけもうずいぶん前から行方が分からないみたいなんだ、ダッカは何も知らないか?」
「あいつはいつもみたいにどこか一人で修行に行ってるんじゃないのか?心配することはないだろ」
「……だといいのだがな。」
「で、お前は今までセイヴン区域の巡察に行ってたんだろ?いつもと変わりなかったか?」
「………………」
複雑な表情で黙り込むマナに、彼は察した――。
「……どうやら何かあったようだな。もしよければワシでよければ教えくれないか?相談に乗るぞ」
彼は優しくそう言った――。
◆ ◆ ◆
一方。ここはサンダイアル城の地下牢とは反対側の地下にある特別房。クーデターを起こしかねないような危険、反乱分子やショーエイみたいな最重要機密を知る証人を一時期に収監する独房であり、脱獄という馬鹿なことをさせないために独房全体が凄まじく強固で魔法攻撃全てを遮断する漆黒の魔法金属『セラライト』で作られている。
ショーエイは衛兵達にその特別房へ連れられて押し込まれ、鎖などでは拘束されないがそのまま厚さ30センチの分厚いセラライトの扉で閉じられ完全に外界から遮断された――。
「独房にしちゃあ、やけに豪華だな」
独房の割には隅から隅まで埃一つもなくかなり清潔感が行き通っており、高価そうな絨毯が敷き詰められて机や椅子、ふかふかなベッド、なんと部屋とは風呂場はないがトイレもちゃんと別で設けられており、地下牢のような不衛生な雰囲気とは真逆でまるで一流ホテルの一室のようである。
セラライトの扉には空気穴や食事のトレイを出し入れする搬入口もつけられており、ここで過ごすのも割りと普通に選択肢に入るほどに素晴らしく充実しており快適に過ごせそうである。
「あ~~あ、なんか楽しめると思ったのによ、やっぱり何もすることねえじゃねえか」
しかしあくまでもそれらは人間が暮らすうえでの話で、そういうものに興味もなければ価値を見出ださないショーエイにとってはただの檻に入れられているのと同然である。
「おい衛兵、暇すぎてつまんねえぜ。なんか面白いことねえのかよ」
と、外にいる見張りの衛兵に話しかけるも、
「私語は慎め、お前はさっき入れられたばかりだろ!」
案の定、一蹴されてしまった。
「とりあえず聞くがいつまでこんな檻の中に入れられるんだよ?」
「知るか、陛下が許可を出さない限りずっとこの特別房に入ってもらうぞ」
まあ普通はそうであるが、彼は正直こんな場所に閉じ込められるのはかなり苦痛に感じている。
「あ~~暇だよ~~退屈すぎて死にたくなるよ~~」
「ああうるさい!少しは黙れこの罪人が!」
物凄い音痴で歌うように愚痴を吐いていると衛兵がついに堪忍袋の緒が切れて、持っている槍の刃先を食事の搬入口から小突いてきた――それに対しショーエイも。
「そんな待遇かよ!!もういい、今すぐここから出・ち・ゃ・う・ぞ☆」
「はっ、何を言って――――!!」
次の瞬間、ショーエイはその分厚い扉を力任せにぶん殴るとなんと扉が「ドオオオ!!!」と爆発したような轟音で吹き飛び、前にいた衛兵ごと前の壁に激突させた。その衛兵は壁と扉に挟まれて見るも無惨に潰れて血溜まりができている。
「ひ、ひいいいい!!!!」
城内を揺るがす破壊音に慌てて駆けつけた衛兵達はその惨状を見て仰天する。
「さあて、久しぶりに暴れてやろうか、クカカ!!」
彼は手の関節をコキコキと鳴らして、悪魔のような怖い笑みを浮かべながら堂々と特別房から姿を現した……。
《だ、脱獄だーーーー!!》
衛兵の大声が一気に城内に駆け巡り、大パニックに。マナが恐れていたことが早速と現実になってしまった瞬間だった。
◆ ◆ ◆
「そういうことがあったのか……」
詰所にて、ダッカは彼女からレーヴェでショーエイという男と出会ってからここまであった数々の出来事を話すと彼も「なんでこんなに疲れたような顔をしていたのか」を理解した。
「で、そのショーエイって男は今、特別房にいるのか」
「ああ、私はあいつが特別房から脱獄しないかどうかがものすごく不安だ……」
「脱獄だと?内装がキレイでちゃんと三食飯も必ず出て束縛もされない、あんな厚待遇な独房を抜け出すような馬鹿はいないだろ?」
「いや、あいつはそんなのは関係ない。なぜなら――」
「なぜなら、なんだ?」
「……人間、いや生き物じゃないからだ」
「…………は?何を言って――――」
その時、詰所に切羽詰まった顔の衛兵が駆け込んできた。
「マナ様、ダッカ様、大変です、あのショーエイという男が特別房から脱獄しました!!」
報告を聞いた二人はすぐに立ち上がり顔色を一気に変えて「なんだとおーー!!?」と声を張り上げた。
「しかも衛兵を数人殺害してもはや手のつけられない状況です――!!」
悪い予感が的中し一瞬で血の気が引くマナに、憤怒し、顔が真っ赤に染まる怒りのダッカ。
「ぐずぐずしていられない、今すぐそいつを止めにいくぞ!!」
「ま、待てダッカ!!」
二人は急いで衛兵と共に詰所から飛び出していった――。
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