第20話 襲撃①

仕方なくマナは村に戻り、村長宅の応接間にて彼にこの事を伝えると案の定、不安に満ちた表情を見せた。


「……そうか、恐れていたことがついに……」


「恐らくゴブリンどもに村の場所を嗅ぎ付けられていることでしょう、いつ襲われるか……。

余計な一言かもしれませんが私としては正直に言って全員、村から避難したほうが良いと思いますが……」


彼女の提案に彼は――。


「マナ、そう言ってくれるのは凄くありがたいがそれはできない。確かに清流の加護があれば外の世界で一応は生きていられる。だが我々リィーン族はこの水神様の清らかな水があってこそのものだ。それから離れるということは我々の存在意義を捨てると同じことになる」


「しかし……」


「それに村には加護を受ける年齢にまだ満たしていない子供もいる。その子らが外界ではとてもじゃなく生きていられまい、そしてその子達を見捨てるというのもまたありえないのだ」


「じゃあせめて隣村の自警団に警備を頼むのは……」


「ゴブリンの恐ろしい所はその気になれば凄まじい数の集団で村町を襲いかかることだ、自身の村の自衛もあるのにこのエニル村まで守ることは到底不可能だ」


「…………………」


「マナ、私達の命運は水神様と天に任せている、それは村の者も全員承知していることだ。『全ての生き物は栄えればいつかは必ず没落する』。そういうものだ――だからマナ、あなたは決して気にするでないぞ」


彼の言葉の重みが彼女に十分伝わり無力感が生まれてしまう。サンダイアルから警備隊を要請したいがアルドア区域は自然の保護はすれどそこで暮らす民族に関しては色々な理由で干渉しない方針であるためそれすらできないのだ。

かといって、自分もずっとここで守り続けるわけにもいかない……しかしマナは、


「……ゴブリンは夜行性の種族です。今日の夜は私が村の警備をします」


「マナ…………しかし」


「せめて……それぐらいはやらせてください!」


真剣な表情の彼女からの申し出に村長は。


「……本当にありがとう、私達はマナに助けられっぱなしで本当に情けないな」


「村長……気になさらないでください」


彼は気疲れして椅子に座り込むと「ふぅ」とため息をついた。


「……しかし、こうして賊の魔の手が近づいていることを実感するとやはりシェナのことがどうしても気になってしまう。安全な内にあの子が旅に出たい気になれば私としても喜んで送り出して上げたい。そうなればもはやこの世に悔いはないのだが……」


と、やはり彼女についての気残りが口から洩れている。


「私のことは気にせず、自分の幸せだけを願ってほしいと思うのが義理とは言え親の願いだ。

あの子は孤児でありながらこの歳まで何の愚痴や不満も一切吐かず私に、村に尽くしてくれた。シェナにはわがままを言う権利はあると私は思う――」


彼の言葉から本当にシェナを大切にしていたことがよく分かる。だからこそ彼女にはこれほどまでに村を捨ててまで生きていてほしいと願っているのであろう。

だがそれだけに正義感に熱いマナは、『自分のしてやれることに対する限界』に無力感をより一層感じてしまうのであった――。


「……………………」


応接間のドアから覗き見するシェナの顔は段々と青ざめていく――そっと閉じてバレないように踵を返すと身体を震えさせている。


(まさかこんなことになっているなんて……あたしどうしたらいいの……)


今まで水神様の加護を受けて穏やかだったこの村にも迫りつつある危機に彼女の心の中はぐちゃぐちゃだ。自身の気持ちと村長の意思に板挟みになり正常でいられなくなる。


彼女は自身の部屋に戻ると机に大事に飾ってある、形見の父親の登山用で使用していた青銅ロッドを手に取って抱え込み、一心に祈る。


(お父さん……お母さん……水神様……どうか村に危険が迫らないようにどうか見守っていてください、お願いします……!)


自分には何もできない、こうすることしかできないがせめてもの何事もなく平穏に暮らしたい、それさえ叶えられればもはや何もいらないと願うのであった――。


一方で村長は、


「ところでショーエイさんは?」


「そ、それが……」


言い渋る彼女に何かを察したのか村長は、


「マナ、あなたは明日にはもう出発してくれ。あなたを危険な目に合わせる訳にはいかない」


「しかし村長…………っ」


「もしかしたら昨日のゴブリン三匹がたまたまここに迷いこんだだけでこれからも襲われることがないかもしれない。天命に任せよう――」


……それから村長は村の全員を集めて「夜になったら朝になるまで何があっても外に出るな」と警告し、彼女は急いで隣村に警備のために一人でも多く応援が欲しいと頼みに言ったが「こちらもそのことで寧ろ人手が足りないぐらいだ」と断られたので仕方なく諦め、今夜の警備の為に早い睡眠を取り、夕方以降備えることにした。本当に何事もなければと願いつつ――。


◆ ◆ ◆


その夜、村の外の森の中を歩哨するマナは掌にまるで淡い光を放つ炎を発生させ、それを間隔を開けて宙に浮かせるようにあちこちに配置していく――。


(もしゴブリンどもが押し寄せてきた場合、あたし一人じゃ正直厳しい。下手をしたら死ぬかもしれない)


ゴブリンは個々自体は大したことはない。基本的に野獣のように突っ込んでくるのがほとんどでありハーヴェルで襲われた時のライルの部下以下である。ただ彼らの真価は数にモノを言わせる人海戦術であり下手をすればレーヴェを襲ったケルベロス以上の数かもしれない――。


(くそ……ショーエイのやつ。今あいつがいれば万が一の時でも間違いなく村を守れるのに……本当にどこに消えたんだ?)


彼がいれば一騎当千は確実である、そこは彼女も評価している。その一方で絶対に人のために動かない自己中心の権化であるのも理解している。期待するだけ無駄だと――。


「とにかく何も起きなければそれでよしに越したことはない……今はそれだけを祈ろう……」


――数時間後、深夜過ぎ。配置していた淡い炎が急にメラメラと活発に燃え出し、彼女は近くに何者かがこちらに接近していると確信する。


(ついに来てしまったか……っ)


火が更に活発に燃え上がり、こちらへすぐそこまで迫ってきているのがよく分かる。彼女は背中の背負う鞘から長剣を抜き、右手に剣、左手に火球を発生させて身構える。


「ザっ……ザっ、パキッ」と草と木の枝が足で踏み潰す音が彼女の後ろの聞こえ、「え、なんで後ろから?」とすぐに左手の火を前にかざす――そこには。


「マナさん……」


「シェナ!?」


そこには何故か彼女が大切な青銅のロッドを携えてきてマナは慌てて駆け寄った。


「バカ、なんで外に出たんだ!?」


「マナさん、あたしも何か役に立ちたいと思ってつい……」


それを聞いたマナは複雑な表情で、


「……その気持ちだけはありがたくもらっておく、だからシェナは早く村長の家に戻れ!」


「マナさん……あたし!」


「早く戻れと言っているんだっ!」


思わず声を張り上げてしまい彼女を怯ませてしまい、「はっ」と我に帰る。


「すまないシェナ、ついカッとなって。だがもしお前に万が一のことがあったらそれこそあたしは村長に顔向けができん。

役に立ちたいと思うなら今は大人しく家に戻って何事もないように祈っていてほしい、今ここでできることは何もない」


「………………」


マナはニコッと微笑み彼女を安心させようと語る。


「大丈夫、何も起きやしないよ。水神様は必ずリィーン族を守ってくれる。もし何かあってもあたしが必死こいて何とかするから――」


本人もそれを聞いてやっと納得して村へ戻っていく。


「……すいませんでした。マナさん、絶対に無事にいてください……!」


「心配するな、あたしはちっとやそっとじゃ死なないようちゃんと鍛えているからな」


と、自信げに返した――彼女が村へ帰っていくのを見届けたすぐ後、配置していた炎が一気に燃え上がらせた。


「…………今度こそ来たようだな!」


ついに恐れていた事態に覚悟を決めた彼女の目の前に無数に蠢く赤い瞳……その数は恐らく百は軽く超えている――「ギギャア……!」と呻く獣のような多数の鳴き声……ゴブリンの大群だ。


「さあ来い、死んでも村には指一本触れさせんぞ!」


長剣をグッと構えるマナに対して、「ガアア!!!!!」という金切り声を上げると同時に川の堰が全て外されたように、雪崩のように押し寄せるゴブリンの群れ――。


「うおお!」


ついに始まってしまったゴブリンの大軍団の強襲に果敢に立ち向かうマナ……果たして――。

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