第19話 不穏

――その夜。ランプの淡く暖かい光に包まれた村長宅の居間では。


「そうか………」


マナは村長に自身の考えとシェナの今の心境を話すと、少し残念そうでありつつも軽く頷き納得はしているようであった。


「ただ、もしかしたらまた気持ちが変わるかもしれません。私達が出発した後でも手紙をまた寄越してください、その時はこちらも準備をして彼女を迎えにいきましょう」


「本当にありがとう、マナは若い女性ながらしっかりしていて素晴らしい。シェナがあなたに懐くのも尊敬するのも分かる――」


すると彼女は「いいえ、そんな……」と否定しつつも照れている。


「私もなんかシェナが自分と重なってなんか放っておけないんです。あたしも元々、捨て子ですから――」


「………………」


……そう呟き、静寂な気まずい空気になってしまう。


「…………ところでショーエイさんは?昼間からずっと見てないが」


「暇だから村の外を探索してくるって出ていきましたが……」


「…………大丈夫なのか?魔物や賊が出没しているんだぞ」


「その点に関しては心配はないです。逆にやりすぎないかがちょっと心配で――」


「……彼はそんなに強いのか?」


「それどころか……恐らくそんじょそこらの魔物では全く歯が立たないでしょうね」


「うむ……外の世界の人は色々凄いなあ」


村長に「彼が別の世界から来た」と伝えたらどう反応するだろうか――。


「それだけの実力者ならこの村を守ってもらいたいな――まあ村の者は絶対に許さないだろうが」


「お言葉ですがそれだけはやめたほうがいいです」


と、きっぱりと断言するマナであった。


◆ ◆ ◆


ちょうどその頃、エニル村前の森には何者かが3人、野猿のように飛び回り素早く徘徊している。それらは背は子供ぐらいでそれぞれこん棒、骨を削って作ったナイフを携えており腰巻きのみ着けたほとんど裸のような状態で如何にも野蛮人と言わんばかりの出で立ちである。


「―――――」


なにか聞き取れない言語で仲間に何か伝えて村の中へ行くよう指を指す。まるで猿のように軽いフットワークで小刻みに蛇行しながら村へ近づいていく――清流の加護の内でも動けるということは魔物ではなさそうだが。


「ケケッ」と下卑た笑い声を洩らし、村の中へ入ろうとした時、


「なんだおめえらは」


突然、ショーエイが目の前に現れて右拳を全力で振り下ろし、謎の生物に直撃。そのまま地面に押し潰されてまるでプレス機に挟まれたかのようにグシャグシャになり血飛沫が飛散した。


「ギッ!!?」


近くにいた仲間がこん棒を振り上げて突撃するがショーエイに顔を右手に掴まれてしまい、するとズゥの時と同じように彼の右掌中央に発射口が開き――。


【エミル・エズダ、セット――発射!】


プラズマ超高熱による1万度熱波を至近距離から浴びせられて断末魔すら上げることなく一瞬で灰と化して風で飛ばされていった。


「ギィーー!!」と残りの一匹が慌てて彼から逃げようとするが、


「おっと逃がさねえぜ」


その超人的なスピードに森から逃げようとする謎の生物に韋駄天の如く一瞬で追いつき、首根っこを掴まえ――。


「てめえら何者だ?」


威圧的に問い詰めるも「ギギィー―!」と言葉にならない鳴き声ばかりで全く分からず。


「そうか、なら死ねや」


握力を気に強めると「グゲゲゲ」と白目と舌をベロンと出し、苦しそうな呻き声を上げていき――最終的にはグチャっと首を捻り切ってしまった。

ショーエイは生物の生首をホイっと上に軽く浮かせるとタイミングを合わせてサッカーボールのように全力で右足を蹴り上げて甲にジャストミート。凄まじい威力が生首に伝わり風船のように破裂、細かくなった骨と血と脳髄のかけらが辺りに飛散した――。


「ナイスゴールだ、ワハハハハ!」


明らかに力の差が天と地であるのは一目瞭然なのは仕方ないが、とりあえず彼の暇潰しにはなったようだ――。


◆ ◆ ◆


朝になり、村長が用意した客室のベッドに寝ていたマナは起きてベッドから立ち上がる――。


「もう朝か。ショーエイの奴……結局戻って来なかったな」


彼女は朝日が差し込む窓へ向かい、開けようとすると――。


「どわあ!」


いきなりショーエイが外から飛び出すように顔を見せて彼女は思わず「ぎゃあ!」とらしくない叫びを上げた。


「キサマァ……子供みたいないたずらやめろよな!」


からかい高笑いする彼は確かにその外見とは思えない幼稚さを感じさせられるのである。


「で、今までどこにいたんだ?」


「山中を探検してた」


「よく帰ってこれたな……」


「当たりめえよ。俺の身体も脳も超高性能なんでね」


ショーエイは窓から飛び込むように部屋に入り込む。


「で、いつ出発するんだ?」


「早くて明日だ」


「けっ、まあた暇を潰さねえといけねえのかよ」


戦略兵器ゆえに高性能な身体だが、それゆえ食事、睡眠などの人間らしい機能が全て排除されているのはある意味不幸である。


「ところでよ。昨日の夜、村に入り込もうとした謎の生物が三匹いたぞ。俺が全員ぶっ殺したがな」


「え……………?」


ショーエイからの報告を聞くと、村長のあの話に出てきた「魔物や山賊」が頭に浮かび上がった。


「どんな奴らだった?」


「ガキみてえな身体にこん棒とかナイフを持っていて腰みの以外何もつけてなかったな。あと「ギギっ……」て鳴き声を発していたっけな」


生物の特徴を聞いてマナは何かを思い当たる。


「ショーエイ、そいつらは耳が尖ってなかったか?」


「確か尖ってたな。お前、何か知ってるのか?」


「恐らくそいつらは『ゴブリン』だ」


「ゴブリン?なんじゃそりゃ?」


ゴブリンは魔物ではなく種族の名であり、元々は『イミテイト』と呼ばれる原始人のような種族であったが知性があまり高くなく盗み癖、虚言癖、とにかく乱暴であり、伝説によれば神々と邪神の戦いにおいて神々を裏切って邪神側についたために怒りを買い、更に知能を低くされた挙げ句に小鬼のような醜い姿とに変えられたという。個々より徒党を組んで行動することを好む習性がある。

アルバーナ大陸にいる山賊にはやはりこのゴブリンも含まれており、それらの点から大陸の人々から忌み嫌われている種族である――。


「となり村に現れたらしい山賊もゴブリンの可能性が高いな。ゴブリンは魔物のようで魔物じゃないから清流の加護による結界が利かないのか」


「山を探索していたけどあの三匹以外は全く見かけなかったぞ、生体反応もソナーには他の奴らのも沢山混ざっててさすがの俺も分からなかったわ」


「あいつらは隠れるのは得意だからな――とにかくそいつらと出会った場所に案内してくれ」


「えーーどうしようかな~~~~?」


「……………………おいっ」


「クカカカカカっ!」


まるで天邪鬼のようなショーエイに対し、ドスの利いた低い声で物凄く目付きで睨み付けるマナは「ある意味でこいつもゴブリンだな、凄まじく強い分タチの悪い」と感じるのであった。


ショーエイに渋々案内されてたどり着いた森の場所に行くと辺りは彼によって虐殺された生物の血と肉片、内臓が飛散した凄惨な場所と化しており、やはり蝿や虫がいっぱい集っている。


「お前なあ……これじゃあ調べるにも難儀だぞ」


「知るかよ、どう殺すか俺の勝手だろ」


とりあえず彼女は少しでも形が残っている個体を一部など調べられる箇所を綿密に調べる間、ショーエイは鼻をほじりながら暇そうにしている。


しばらくしてマナは頷き立ち上がるとショーエイの元に向かう。


「調べたがやはりゴブリンの特徴と一致していた、奴らで間違いないだろう」


「で、これからどうするんだ?」


「村長にこの事を報告してくる。ショーエイはとりあえずもう一度周辺を探索しにいってくれ、何か発見するかもしれないからな」


「………………」


しかしショーエイは何故か凄く不機嫌になっているのをうっすら感じるマナ。


「おい、いつもいつも俺にああだこうだ指図しがやって。俺が誰かに指図されるのは死ぬほど嫌いだって知ってるだろ」


「お前…………っ」


「これまでは暇だったから仕方なく聞いてやってたがそろそろ我慢の限界にきてるぞ」


……確かに彼はからかいつつもなんだかんだ従っていたのでそういう性分だったのを忘れていた。


「ショーエイ、今はわがまま言っている状況じゃないのは分からないか?村が危ないんだぞ!」


「けっ、俺があいつらがくたばろうが知ったこっちゃねえ、それで滅びるならそこまでだったってだけよ」


「キサマァ…………!!」


聞き捨てならない言葉に彼女もついに怒りを彼に睨みつけるも次の瞬間、ショーエイに胸ぐら掴まれて睨み付けられてしまう。


「おい、今はフルパワーになってないから大人しくしているがいつでもてめえを捻り殺せることを忘れんじゃねえぞ」


「………………」


「調子に乗んなよクソアマがっ」


彼女を強く突き放すとショーエイは背を向けて離れていく。


「お前、どこに行くんだ!?」


しかし彼は何も言わず彼女の元から去っていった――。

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