第18話 本音

一方、村長の家の居間にて。


「…………………」


村長との話が終わり、一人だけとなったマナは椅子に座りながら頭を手で押さえて悩ませている。その理由とは――。


「え、シェナをあたしに預けたい……?」


村長のその頼みごとを聞かされて、全くそんなことを考えてなかったことに驚く彼女――。


「突然そう言われて困惑するのはワシにも分かる、だがこれは心からの頼みなんだ――」


「けどどうして……」


「マナ、あの子は孤児なのは知っているだろう」


「……………」


「14年前、あの子の両親は森の中でぐったりと倒れていて懸命に治療を施したが毒と思われる液体を大量に浴びていてすでに手遅れだった、犯人は未だに分からないが金品の類いは全て取られていた。それよりも「まだ小さいシェナを誰が育てるか」となったがワシが進んで引き取った。

リィーン族ゆえに子供が全く出来ず、若くして妻を亡くし……そういうこともあってせめてもの彼女の親になれればという身勝手な思いもあってな……」


「しかしそれなら……なおさらなぜシェナをあたしなんかに……」


「……あの子は我々リィーン族では珍しく外の世界に凄く興味があることを、旅をしてみたいという強い気持ちがあるのは昔から知っている。あの子が世界を見たいというのならそれをどうにか叶えてあげたいと思うのが義親からのしてやれることだ――」


「村長…………」


「それにシェナはリィーン族の中でも水の魔法使いとしてかなりの才能があると見込んでおってな。だからこの村でずっと埋もれさせるのは可哀想なのもある。だから修行の一環としてマナに師事させて才能を開花させてあげたい」


……すると村長は顔を落とし、不安げにこう話す。


「……実は最近、不吉な予感がするんだ。このアルドア山やその麓には魔物や山賊が年々多くなっている。最近でもとなり村の近くに山賊が現れたという情報があった。

我々リィーン族は水神様の加護を受ける代わりに残念ながら「誰に対しても慈しむ心を忘れないように」と武力を持つことやそれで解決することは固く禁じられている。

水神様の血脈と言うべきこの村の清らかな水によって魔物は一切入ってこれないが山賊は関係ない――我々はそうならないことを祈ることしかできないが、もし奴らが村に直々に侵入することがあれば……」


「………………」


「そうなれば少なくともワシはその運命を受け入れる、だがせめてあの子には無事でいてほしいのだ。

でなければシェナの両親に死んでも顔向けできない。それは村長として、そして彼女のいち親としてだ――しかし、ワシがそんなことを言うとは村長失格だな」


彼は思い詰めた表情で再度、


「マナ、あなたには本当に申し訳ないと思っている。だが外の人間で唯一、そして一番信頼できるあなたにだからこそ言える頼みだ……!」


頭を深々と下げる村長に彼女も凄く複雑な表情だ。


「し、しかし村長。リィーン族はこの村から出ても大丈夫なんですか?ここの清らかな水がなければ生きられないんじゃ……」


「我々リィーン族は満10歳になった時、深い滝壺の底に潜ることで清流の加護を受けられる。その加護の内にいれば外の世界でも無事生きていけるのだ。

その加護の媒体になるのは本人の一番大切なもの、例えばワシはこの妻の形見であるこの指輪、シェナなら父親の形見である青銅のロッド――」


「つまり……シェナはそのロッドと離れない限りは外の世界でも大丈夫ってことですか?」


「その通り。だからマナは心配することはない。私もただ手ぶらで送るようなことはしない、できる限りのことは支援する」


「……そもそも、シェナにそのことをちゃんと話したんですか?」


「そこなんだが……実はまだしてなくてな。ただ頃合いを見て旅に出たいかどうかの話はしようと思っていた。

シェナももう16歳、大人だからこれから自分のしたいことをやらせるべきだと思い、あなたに例の手紙を出した」


それで彼女は勘づいた。


「……あたしがシェナにどうしたいか聞いてほしいってことですか」


「本当にすまない、あの子もマナに凄く懐いている。だから素直に答えてくれると思ってな――ただ、聞くのを忘れていたがマナ、あなた自身はどう思っている?」


「あたしは………………」


「マナが無理というなら強制はしない。これは三人の合意があってこそのものだ。その事だけは安心してほしい」


彼女に悩みに悩み、こう答える。


「一度、シェナと三人で話をしましょう。あたしが先に聞いてみます、そのあとあの子で返答次第で次のステップに進みましょう」


「……ありがとう、余りにも身勝手なことを言うためにわざわざ呼び寄せて、こんなことに付き合わせて本当にすまなかったな――」


◆ ◆ ◆


――という村長の頼みごとであり、彼女はとりあえず今は家にいないシェナが帰ってくるまでにどうするか悩んでいた。


(シェナをあたしにか……確かにあの子は外の世界の話をしたら本当に嬉しがってしつこいぐらい聞きにきてたから確かにそういう気があっても何らおかしくない。しかし問題は――)


リィーン族というかなりデリケートな種族に加えて外界の空気は色んな意味でここよりワケが違うし、必ず理想と現実のギャップを思い知ることになる。果たして彼女は耐えられるのか。


(別にあの娘を預かることがは嫌じゃない、寧ろそう思ってくれていたことだけでも凄く嬉しいしこれからも親身に接してやりたいのだが……)


それに義理とはいえ村長の娘には変わりなく預かるということは相当な重大責任を背負うことになる。正直、居候先は自身の家でも構わないが自分は多忙であり正直構ってやれる時間もあまりない。

それに今はレヴ大陸から侵攻される可能性も物凄く高まっている、もし戦火が彼女の身にまで降りかかったら……そして最後。


(ショーエイのこともあるしなあ………)


そのことが彼女を悩ませる要因である。


――そんな中、家のドアが乱暴に開き、そこには息を切らして青ざめたシェナが立っていた。


「マナさん……!」


彼女はすぐにマナの元に駆け込み胸に飛び込む。


「シェナ!?な、何があった?」


「ショーエイさんが……っ」


「何?まさかあいつ、何かやらかしたのか!?」


落ち着いてシェナから事情を聞くと、


「……………」


先ほどの二人の会話を聞かされて「やはりそうなったか」とため息をつく。


「すまないシェナ。色々と面倒ごとが起きると思い、とっさにショーエイをボディガードだと嘘をついてしまった。あいつを連れているのは監視するためだ」


「監視ですか……?」


「はっきり言ってショーエイは人間じゃない、それどころか道徳や倫理が全くない破壊神みたいな奴だ。それゆえ何をしでかすか分からないからこうやって見張ってる」


「ショーエイさんのいた世界の話を聞いて、物凄く変わった人だなとは何となく思ってましたけど……」


「シェナ、ショーエイには本当に気を付けろ。あいつは本当に世界を破壊しかねない強大な強さを持っている、下手に刺激したら間違いなく殺されるぞ――」


「………………」


念入りに釘を刺すマナだが、正直彼に対して関わってほしくない、もらいたくないと思うのが本心である――。


「まあ、特に危害を加えたりせず大人しくしているのならそれでいい」


するとシェナは、


「……マナさんて、なんかショーエイさんに対して凄く感情的になったり気にかけますね」


「冗談じゃない、あいつには本当に気の張りっぱなしで休まらないし、一刻も早くこの世界から何もせずいなくなってほしいよ!」


と、まさに悲痛な本音を漏らす。


「しかしまあ、ショーエイは食事とかそういう生き物らしいことは一切しないからそういう分には連れていくのは食費などの費用がかからないのは凄く助かるな」


「えっ……あの人、食べ物を食べるとかしないんですか?」


「全くない。何も食べないし風呂にも全く入らないけど全然臭くない、それどころか基本的に綺麗だし、あと目は瞑るけど寝なくても大丈夫みたいだ」


「……………ショーエイさんって一体何者なんですかね……?」


「間違いなく生き物ではないのは確かだな。本人曰く『兵器』だそうだ」


「兵器……………」


「けどあの見た目でガキっぽいところも多々あるし、おバカであることには違いないがな」


「ふふ……っ」


二人は互いに微笑し合う。


「そうだ、聞きたいことがあるんだが――」


「聞きたいこと……ですか?」


「シェナ、村を出て旅をしたいか?」


「え…………っ」


彼女に例の件について全て話すとやはり複雑な表情をしている。


「………………」


「ただこれは強制じゃないことは安心してほしい。村長はもし外の世界を旅したいのなら喜んで送り出すと言っているし私も覚悟を決めてお前を責任を持って預かる」


「マナさん……あたし」


「まあおそらく今日、明日では決められないとは思うがシェナ、本心と向き合いどうするか決めてほしい」


思ってもみなかったことに対する喜び、本当に大丈夫なのかという不安げ、外の世界に対する好奇心や恐怖……それらがぐちゃぐちゃに混ざったような表情だ。


「一応、村長から数日間、泊まっていいとは言われているが私達も早く出発しなければならないから――」


――すると。


「……確かに私は凄く外の世界に興味はありますし旅に出たい気持ちでいっぱいです。寧ろ村長さんやマナさんがそう言ってくれたのは物凄く嬉しいですし感謝します……ですが――」


「……………」


「村長さんは孤児だった私を引き取り、ここまで立派に育ててくれた。私はそんな村長さんを一人にすることは絶対にできません……」


それがシェナの本心だった――。


「…………そうか」


「……………」


「まあとりあえず今はそういう気持ちなのがよく分かった、ありがとう」


マナは彼女に優しく微笑む。


「ただ、また気持ちが変わったら遠慮せずあたしに相談してくれ。あたしはシェナの味方だからな」


「マナさん……ありがとうございます」


……そんな穏やかなな雰囲気の中、何やら外が騒がしい。二人は窓から覗くとそこで見たのは……。


「「……………………」」


村中をビークル形態でドリフトかましながら走り回るショーエイに驚愕して逃げ惑い、隠れる大人達に興味津々でひたすらついていく子供達……。


「何やってんだあいつは……?!」


急いで家から飛び出して彼を叱りにいくマナ。一方、シェナはそんなショーエイ達を窓越しから「クスっ」と笑みがこぼれていた――。

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