リィーン族の村編

第16話 再開

――数日後。初日の夜以降は特に大きな事件は起こらず、無事ハーヴェルでの仕事が終わり次の目的地へ向かう馬車の中で昼食を取るマナと――。


「あ~~あ、暇だぜ」


ビークル形態で馬車と並列でトコトコとゆっくり走るショーエイの姿が。



「必殺、掟やぶりのなんたらこうたら~~!!」


流石にずっと座っているのが飽きたのか、たまに猛スピードでドリフトかけながら縦横無尽に走り散らかしている。それを見ていた馬主は、


「あのうマナ様、あれは一体なんなんですか?」


「気にしないでほっといていい」


と、携行食の野球ボール大の丸いブレッドと数切れの干し肉を上品に黙々と食べる彼女はショーエイには一切目もくれず、そう伝えるだけである――。


「久々にあの村に立ち寄るな。あの娘、シェナは元気にしているかな……?」


と、もの懐かしそうに晴れた外の景色を眺めて何かを思う彼女……。


……それはショーエイを見つける前のマナがレーヴェで仕事していた時のこと。郵便配達員が保安所にいる彼女の元に訪れる。


「マナ様、あなた様宛に郵便です」


「ありがとう」


彼女は手紙をもらい、差出人を確認すると。


「……リィーン族の村長から?」


彼女は椅子に座り、丁寧に封筒を開けて中の手紙を取り出して内容を読む。


(えっと……(中略)「実はマナ、あなたにお願いしたいことがあります。空いている時で構わないので一度機会があれば我々の村に立ち寄ってもらいませんか?」……か)


と、言うことで彼女達は今、リィーン族の村へ馬車を走らせていた。遥か遠いサンダイアルへの帰路上にリィーン族の村があるということで、ちょうどいいと立ち寄ることに決めていた……。


(それにしても……あの男の言っていた「常闇の宝玉を取り返す」のが事実なら確かにこちらへ攻め込む理由にはなる。サンダイアルへ一刻も早く戻らなければ……)


一応、速達で向こうに送ることもできるがこんな重要な情報をもし何かのミスで外部に流れれば大変なことになるかもしれないしあくまでもこれは仮説の域なので、彼女自身はサンダイアルの王に申告するまでは大事にせず自身の胸の内に秘めておこうと。


かといってまた再びあの男のようにレヴ大陸からの刺客が現れるかどうかも分からない。

今回はショーエイが運良く助けにきてくれたのでよかったが、あのままだと間違いなく自分は殺されていたのは確実である――せめてもの今は早く用事を済ませて一刻も王都へ早く向かおうと決める。


そんな中、ビークル形態を解除して人間態に戻るショーエイは飛び込むように馬車に帰ってきた。


「おいマナ。これからどこに行くんだ?」


「水の民、リィーン族のいる村だ。あたし個人の用事があってな。それが終わり次第すぐに王都サンダイアルに向かう」


「リィーン族?」


「清流の加護を受けている種族だ……おい、先にみっちりと言っとくがリィーン族はリンカ族含めて他種族に対して排他的だから絶対に刺激するようなことだけやめろよ」


「さあな、俺の気分しだいだな」


「おいっ!」


と、そんなこんなで彼らの乗る馬車の位置はハーヴェルから遥か北西、アルバーナ大陸の西側のアルドア区域。

ここは自然保護区域でありレーヴェやハーヴェルのような栄えた街はなく、自然の中で生きる少数民族の村が細々と点在するのみでリィーン族もそれに該当する。


ハーヴェルから出発して約5日後。雨が降ったり途中で魔物、山賊の襲撃があったがそこはショーエイの土壇場。その凄まじい力と闘争本能が遺憾なく発揮され悉く粉砕し、殺害しまくったおかげかそれ以降は全く野生の動物すら寄り付かなくなった(本人にしてみればいいストレス解消となったわけだが、それを間近で見ていた馬主が酷く怯えるようになりマナが「せめて加減しろ!」と頭を悩ませることになった)。


その途中に差し掛かった大陸を跨ぐアルドア山間地。峠の途中、サンダイアルへの道の途中の分かれ道で何故か馬車を降りるマナ達。


「なんでここで降りるんだ?」


「村はこの道の先にあるんだが、森の中にある。馬車ではこれ以上先にはいけないんだよ。それに前に言ったが他種族はあまり歓迎しないんだ」


「で、こんな辛気くせえとこになんの用があんだ?」


「辛気臭いっていうな。用を済ませたらすぐ出発するから安心しろ」


「けっ」


馬主に近くの村の馬車小屋でまた合流しようと約束して別れていく――そしてハーヴェルから出発して約一週間後。やっと森の中にあるリィーン族の村であるエニル村に到着する。


「着いたぞ、ここがリィーン族の村だ」


アルドア本山の中腹にあり、頂上から水晶のような清んだ巨大な滝が流れて滝壺からそのまま麓まで通じている綺麗な川を中央に置いてそれを囲むように家が並ぶ小さな村である。水車の回る音が非常に心地よく空気の旨さは別格でセイヴン区域の比ではない。


「おい、何回も言うが絶っ対にリィーン族の人達に危害を加えるなよな」


「はいはい」


「本当に大丈夫か……?」と心のそこから不安になるがここまで来た以上はもう後戻りはできないので一旦、彼を信じて二人は村の門を潜る。


リィーン族は『清流の加護』と呼ばれる水神ユノールから授かった加護のもと、自然と特に清流の綺麗な水を好む亜人であり、見た目で言えばマナ達リンカ族と大差ないが皮膚は緑がかっており爬虫類のような鱗があるのが特徴で水中でも息ができるという能力がある。

争いごとは決して好まない、静かに暮らす性分であるためショーエイとはまさに対極に位置する種族である。


「あ、マナさんだ!」


外にいる村の人々が彼女達に気づいて手を振り彼女も優しい笑みで手で降り返す。一方、ショーエイに対してはひそひそ話しながらチラチラ見てくるなど凄く警戒しているように見える。


「けっ」と不機嫌そうにするショーエイにマナは「お前は初めて見るからしょうがない。あたしも初対面の時は同じく味わってるから気にするな」と小声でフォローを入れる。

しかしそう考えるとこの大陸におけるマナの信頼度はお墨付きであるということが良く分かることである。


「ん?」


するとショーエイは何かに気づく。それは視線の奥の家の前に人々が集まって何かを祝っているように見えるが。


「あそこで何やってるんだ?」


「あれは子供が生まれたから村全体で祝ってるんだよ。リィーン族の伝統さ」


彼らは遺伝子的に子宝に恵まれにくい少数民族であるため子供ができただけでも村にとっては大吉報なのである。

それに加えてその昔、他民族によって命の次に大切な水の水質を汚された事件があったこともあり他種族に対して厳しい目で見るようになった過去がある。


「ところでお前ってそういう相手いるのか?」


「相手?」


「男いないと子供作れないだろ?そういう相手だよ」


凄まじくデリカシーのないショーエイの発言に対してマナは「本当に最低なヤツだな」と怒るもまあ生まれつきモラルが備わってないのだから仕方ないとも思えてしまい、彼女は顔を赤めらせて、


「……てかあたし、婚約者いるぞ」


という暴露に衝撃的だったのか彼は珍しく驚いている。


「まじかよ……お前と一緒になるヤツ、毎日尻に敷かれそうで可哀想だな……」


失礼極まりないことを言ってしまう彼に顔を真っ赤にして「一回ド頭ぶん殴ってやろうか!?」なマナだが、流石にここでいざこざはまずいと心を鬼にして無理やり抑えこんだ――。


そして二人は村長の家に到着する。他の家と比べて少し大きいくらいで他の家と大差ないように思える。


「エニル村の村長の家だ、失礼のないように……って言ってもお前には通じないよな。せめて静かにしとけよ」


「へいへい、静かにすりゃあいいんだろ?」


「頼むぞ」


彼女はドアの横にある訪問を知らせるベルを鳴らすと数秒後、カチャリと開くと中から初老の男性が姿を現した。


「おうマナ、来てくれたか!」


「村長、お久しぶりです」


彼女の顔を見ると笑顔で迎えてくれる彼が村長のようである。


「ちなみに横の方は……」


「あ、ああ、彼はショーエイ。最近知り合ったあたしのボディガードです……!」


「そうか……まあその場ではなんだ、中で話そうか」


するとその言葉にショーエイは、


「おい、いつから俺はお前のボディガードになったんだよ?」


「うるさい……黙ってろ……!」


小声で言い合い小突く二人。家の応接間に案内されてテーブルに座るマナと村長、一方ショーエイは座らず腕組をして窓の外を眺めている。


「彼は……?」


「か、彼は気にしないでください、そういう性分なので。けど凄く根は優しいので安心してください……!」


と顔を強張らせてそう伝えるマナに対してはショーエイは横目で見ながら「けっ」と吐き捨てる。すると、


「シェナ、マナが来られたぞ」


村長が呼ぶとドアが開くと一人の少女がお茶の入ったコップの乗ったお盆を持ちながら現れる。


「マナさん……お久しぶりです……!」


革の靴に橙色のロングスカートにベスト、紺色の長袖のインナーを着ており、赤色のショートヘアーにカチューシャをつけて開いたおでこが印象的な、そばかすがまだ残る可憐でまだ穢れを知らなさそうなリィーン族の少女。歳は15歳くらいか。そんな彼女、シェナはマナに対して感激を隠しきれない表情であった。

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