第9話 誘拐
「あ~~すっきりしたわ~~!」
あれから数分後。全身血塗れとなったショーエイが路地裏から満足げに出てくる。本当に清々しさが分かる笑顔だ。
「やっぱり俺にとってのイイコトは人殺しだな、ワハハハハハ!!!」
こんなに血塗れで人々が行き交う街中に出ても大丈夫なのかと思うが実は彼のタイツ、ブーツ、手袋、アーマーはこう見えて彼の身体の一部であり絶対に脱げないようになっている。
そしてこうした汚れを一瞬で落とす強力なクリーニング機能も有しているため血塗れになろうが泥まみれになろうが綺麗さっぱりになるのである。
それは彼がスパイや暗殺者などの任務において人間社会に溶け込めるようにした開発者の意向でもある。
そして彼の意思を働かせることであれだけ浴びた全身の血糊が一瞬でさっぱりなくなり何も分からないようになっていた。
彼が路地裏から出ていってからまた数分後、様子がおかしいと感じたライルはそこに向かうと……。
「う、げぇ……まじかよ……!?」
彼はその光景に気持ち悪さで吐き気さえ催しそうである。女性、いや人間の原形を留めていない文字通りの肉塊と血溜まり、広範囲に渡って飛び散った肉片と血液……まるで獣に食い荒らされた後みたいな凄惨な現場となっていた。
かろうじて彼女の身につけていた服とアクセサリーで本人と分かる証拠として残されている。
(あの男……とんでもない異常者だな……どんなプレイしたんだよこりゃ……)
余裕ぶっていたライルすら肝を冷やしている。しかし、だからと言って引き下がるような男ではない。
(まあ、だがまだ手はいくらでもある――お楽しみはこれからだ)
彼はその場から去っていく。ちなみにこの後、この惨状の現場は異臭ですぐに発見されてその場が大パニックになったがそれがショーエイの仕業というのは最後までバレず、この事件についてマナからしつこいくらいに追求されたが彼は「知らん」の一点張りだった。
◆ ◆ ◆
その夜。街の中央にある保安所。ハーヴェルが大きいこともあり保安所もレーヴェと比べて建物も大きく立派である。マナと数人の各地区を担当する保安官が報告書を見て頭を悩ませていた。
「ふむ……やはりこうまで街が大きいと問題が多いな。今月の犯罪件数25件、殺人4件、窃盗10件、暴力沙汰が11件。魔物による被害5件、内殺害件数2件……」
「最近はスラム街の住人による窃盗や暴力沙汰が増えてきてますね。逆に浮浪者狩りも増えつつあります」
「…………」
「マナ様、どうなさいますか?」
「とりあえず現状維持だ。なるべく警備を強化するよう心がけてくれ。私も何とかしてやりたいが私一人ではどうすることもできないのが現状だ、すまない……」
「マナ様は謝ることはないですよ。私達の警備が細部まで行き届ってない不備のせいですから。それに元々マナ様は今は人手が足りないという理由でこのセイヴン区域の巡察をしているのであって本業はサンダイアルでの諜報活動じゃないですか」
「そうなんだが仕事をしている以上は結果を出さないとな――」
そう言うが彼女は複雑な顔をして街の報告書とにらめっこしている。
「マナ様……近々レヴ大陸のヤツらがアルバーナ大陸に侵攻してくるというのは本当ですか?」
「……誰から聞いた?」
「世間の噂です」
「…………」
その質問に彼女は口ごもってしまう。
「やはり……」
「いや、そんなことはない。あってはならないことだ――」
仄かす彼女の顔は毅然な態度ではあるがどこか不安げだ。
「だからみんなは心配せず、街の保安だけに集中してくれ。そういえば次はあたしが街の巡回の番だな。前の当番と交代してくる、解散してくれ」
彼女はそそくさと外に出ていった。前の当番の情報共有の申し送りを終わらせて街頭に一定間隔で設置された魔法のランプが照らされた夜道を、小声で呪文を唱え、左掌から『ポオッ』と小さな炎を発生させてランプ代わりにしながら街路を歩いていく。
(……大陸間の戦争が起こったのが約300年前で最後、また再び戦争が起こるかもと人々に知られれば大混乱になるな、一体どうしたものか……)
できるなら戦争は避けたいが自分の力ではどうにもならない、無力感と不安感で胸が割けそうになる。
(それにショーエイのこともあるしなあ……なんでこんな時に限ってあいつがこの世界にやってきたんだ……?)
そして、あの男の存在も彼女を悩ます。馬鹿ではないが明らかに性格が破綻している。味方なら間違いなくこの上ない心強い存在だが彼は自分自身のことしか全く考えていない。
今はまだ完全回復していないためか、目に届く範囲では大人しくしているが気まぐれでもあるし、言動で相手の神経を逆撫でしやすい。
それで相手が何か仕掛けてきたら間違いなく彼は殺しにかかるだろう。
……とりあえず今は仕事に集中しようと街の巡回に勤しむ。
街の巡回ルートの一つである西側区のスラム街に入ってしばらく歩いていると何故かその場で立ち止まるマナ。
「………おい、隠れているのはわかってるぞ」
人の気配を感じとっていたのか彼女が「出てこい」と声を張り上げると4人の黒ずくめの男達が飛び出して彼女を包囲する。
「なんだお前らは?」
「あんたマナさんだよな、うちのボスが少し話があるんでちいとツラ貸してもらえないか?」
「断る、話があるならそちらから来いと伝えろ」
と、彼女は臆することなく毅然とした態度で対応する。
「嫌なら無理やりにでも来てもらおうか。ボスは気が短いんでさァ」
「痛い目見たくなけりゃ素直に従いな?」
男達は手持ちの大振りのナイフ、金属棒を取り出してニヤニヤしながらにじり寄ってくる。
「はあ……私もナメられたものだ。しょうがない、あんた達にはおしおきが必要なようだな」
彼女は剣を引かず、徒手空拳の構えを取る。男達は彼女の隙を探して誰一人動かず――そして。
「いくぞ!」
彼女の後ろにいた男が我先にと金属棒を縦に振り込む。が、
「が……っ!」
彼女の素早い後ろ蹴りが先に男のみぞおちに直撃して振り切る前にその場で倒れこんだ。
「てめえ!!」
今度は二人同時にナイフで突き込んでくるが彼女は素早くハイジャンプし彼らの背後に着地する。
「おせえよ」
すかさず彼女は右前の男に渾身の回し蹴りで後ろから振り向き様の顔を捉えて直撃、顔を歪ませながら吹き飛び地面に倒れ伏せる。
「く、くそお!!」
もう一人の男がナイフをブンブンと振りかざしてくるが見切って軽くいなした後、ダッキングして彼の懐に飛び込み強烈なボディブローをかまして悶絶した。
「これでも食らえ!」
残った最後の男は右手を前に突きだし呪文を唱えるとマナのような拳大の火球を4つ形成して同時に彼女目掛けて放射する。
「私に火を向けるとは馬鹿なヤツだな」
一方、彼女は左手を前に突きだして呪文を唱えると楕円型の盾のような炎の壁を形成し、向かってくる火球二つを吸収した。
「火の扱いってのはこうやるんだよ!」
今度は彼女は空いた右手で指パッチンすると矢状の炎が三本形成されて弧を描きながら男の襲いかかる。
「ひいっ!」
炎の矢が男の頭をかすり後ろの地面に突き刺さると閃光のように消えた。たじろいだ隙を狙ってマナはすかさず男の腹に本気の蹴りをおみまいして吹きとばした。
「うう……っ」と呻きながら顔をあげるとそこには長剣を抜き、刃を向けている彼女の姿が。
「どうする、まだやるかい?」
「な、なんて女だ……!」
男4人相手に圧倒的な立ち回りを見せる彼女。
「お前達、この街の人間じゃないな?どこからきた?」
「……………」
口を割らない男に彼女は剣刃を首筋に当てる。
「話す気がないから別に構わないが正直になるまで牢屋に入ってもらうぞ、それでもいいか?」
脅しをかけるも男は喋らない。
「お前達……まさかと思うがレヴ大陸からの刺客か?」
と、その時、
「大正解♪︎」
真後ろで男の声が。すぐさま振り向くとそこにはあの男、ライルの姿が。彼の素早く放った裏拳が彼女の顔に直撃して弾き飛ばされてしまう。
「ぐう…………!」
痛そうに顔を押さえて踞るマナにライルは余裕綽々と寄っていく。
「マナ・アルカーディ。現サンダイアル王直々に仕える看板に偽りなしの大した実力者だ。だが、俺には遠く及ばないな」
「なんでそれを……?」
「あんたはレヴ大陸でも知る人ぞ知る有名人だからなあ」
彼はパンパンと手を叩くとやられたはずの男達は立ち上がり、すぐさま彼女を取り押さえる。剣を落としてしい、そして離れようと無我夢中に踠くがさすがのマナも男4人の力の前に無力で逃げ出すことはできなかった。
「ぐ……貴様、なんの魂胆があってあたしを!?」
「ここではなんだ、場所を変えてあとでじっくり話をしようじゃないか――今はちいと眠ってもらうよ」
ライルは彼女の無防備な腹部に強烈なみぞおち打ちをかますと彼女は「ぐあ……!」と呻き声を上げてそのまま人形のようにぐったりと力をなくして気絶してしまった。
「ライル様、この女をどうしますか?」
「ここから遥か西側にある古代遺跡に連れて行って色々と尋問にかける。お前達は例のこいつの連れの男の方を探して俺の元へ連れてこい」
「了解!」
「アレを使えるようにしておけよ、言うこと聞かねえならそれで殺しても構わんからな。まあどのみち二人とも殺すんだがな、クククっ」
気絶する彼女を肩に担ぐとライルはまるで消えるように素早くその場から姿を消し、男達も互いに相槌を打ってショーエイの居場所を掴みにそこから立ち去っていった。
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