第8話 ハニートラップ

特に魔物に襲われることもなく旅人のよく利用するキャンプ地で一夜を過ごし、夜遅くに近くの澄んだ行水用の水場でその美しい裸体をさらけ出して行水をするマナに「ドワアアアっ!!!」と熊のように飛び出すなどのちょっかいをかけてぶちギレられるショーエイ………そんなこんなでレーヴェの街から約2日後、やっと次の目的地であるハーヴェルに到着するショーエイ達。


ここはレーヴェから北西に位置する、セイヴン区域では唯一の繁華街である。


「おい、降りるぞショーエイ」


行水の一件で不機嫌そうな顔のマナに、さも知らんそうな何食わぬ顔のショーエイ。入り口付近の馬車小屋で降りて荷物を降ろすと馬主に賃金を払って別れを告げ、二人は街の中を歩き出す。


「分かっているだろうがトラブルだけは――」


「わあってるよやかましいな!」


どうも信用ならない。彼女は怪訝げにショーエイを見つめる。始めに宿へ行き、受付で手ぶらな空いている部屋を借りる。


「マナ様、今回は宿でお泊まりですか?」


「いや、横のツレがいるんでこいつの部屋を借りにきた」


そばにいるショーエイの姿を見た受付のウェイターは、その強面の大男に一瞬たじろいた。


「ま、まあ気にしないでくれ。良いヤツだから……」


そういうが誰がどうみても「本当かよ?」と思えてしまうほどの強張った顔をする彼女。

次の目的地へ向かうその時まで部屋にずっと引きこもってもらいたいと願うがそういうことができる彼ではないもわかっていた。


「で、今からどこに行くんだ?」


「この街の町長に到着した旨と遅れた理由を報告してくる。それから街の自治体に行って保安の仕事だ。あたしは詰所で寝泊まりするからあの部屋は一人で自由に使っていいぞ。この街は広くて数日間ぐらいかかるからそのつもりでな」


「じゃあ俺、暇だしそこらへんぶらついてきていいか?」


そういうショーエイだが、彼女はジロッと鋭い視線を向ける。


「……街の人々に何があって何もしないと約束できるか?」


「うるせえな、俺はそこまで馬鹿じゃねえよ!」


「あんただからこそ信用ならないんだよ!」


と、口論に発展するが周りをいた人々の視線が一気にこちらに向き、彼女は恥ずかしげに顔を反らす。


「はいはい、『私は何もしません、誓います』。これでいいか?」


「……………」


……この後、結局二人は分かれて別行動を開始。彼女は「はあ……」と深いタメ息をつきながら町長のいる家と向かう。


(あれで頭がマトモなら本当に頼りになるいい男なんだがなあ……っ)


なんか大人の姿をした幼児をお守りしているようでどっと疲れが出てくるマナであった。


 ◆ ◆ ◆


(けっ。本当にうるせえアマだな。俺の生みの親でもねえくせにえらそうに命令しやがってよ)


ショーエイはハーヴェルの人ごみに溢れた街路の真ん中を堂々と歩き、どんどん奥へ入っていく。


(本当に邪魔クセえやつらだぜ全く)


行き交う人々は様々だ。仕事中の人、リンカ族と亜人種が仲良く交わる友達同士、子供連れの親子、カップル……しかしショーエイからここの全員は絶好の獲物にしか過ぎない。今すぐにでもミサイルでもプラズマビームでもばら蒔いてやってもいいがどうせ殺るならもう少し機能が回復してからだ、と――。 


(今の内に束の間の平和を楽しんどきな!クカカカカカ!!)


……そんなこんなでずっと歩いているといつしか大通りから外れて街の端へ辿り着く。大通りの賑かな世界とは裏腹にやけに寂れて色んなゴミが混ざりあった不快な臭いが染み付いた小汚ない道や家、継ぎ接ぎの多い服を着る見るからに不健康そうな子供、どこか質の悪そうな大人達がひそひそとショーエイの方をチラチラ見ている。


(ほう、スラムか)


彼はわかっていた。この世には何事にも光と闇があり、この繁華街も例外ではない。

賑やかで華やか、綺麗に整備された街の中心から離れたらこういう汚れた場所があるのも珍しくない。

現に大通りの道端に座り込んで汚い食器に銭がいくらか入ったお恵みの慈悲にすがる物乞いも何人か見かけた。


「どの世界でもこんな辛気くせえとこがあるもんなんだな、知らんけど」


治安に務めるマナも何とかここの人達に救いの手を差しのべてやりたくて努力しているがスラムはここだけではないためなかなか上手く行き届かないのが現状だった。


「見つけたぜ、あいつか」


一方、ショーエイから離れた家の角から一人の人物が彼の動向を監視している。レヴ大陸の王都、バルフレアの地下にいたライルという男だ。


(すでに刺客を手配している、どんなやつか知らないがあの女と共に行動していたとなれば見逃すわけにはいかねえ。悪いが死んでもらうよ)


ショーエイにも似た不敵そうにニヤァと笑みを浮かべてすぐにそこからいなくなった。


「……………」


ショーエイは知らないふりをしているが、実は彼のセンサーとモニターがすでにライルの姿を捉えていた……。


(……なんか面白いことになってきたな、へっ)


彼も何か分からないがこれから起こることに対して高揚感が出てきていた――。


しばらく歩いていると薄暗い路上裏に入る、すると


「あら、そこのいい体格の勇ましそうなお兄さん♪︎」


「あ?」


道端でこんなスラム街には似つかわしくない艶やかな女性に声をかけられるショーエイ。そのはだけたような露出度の高く高級そうなドレスは見るからに娼婦のようであるが。


「今お暇?」


「まあ暇だ、暇で暇でしかたねえよ」


「あたしとイイコトしない?サービスするからさ~」


ショーエイを誘惑する謎の女性。愛嬌を振り撒きながら前屈みになってやけにその豊満な胸をチラチラ見せてくるが当の本人は無表情だ。


「イイコトだと?」


「あら、まさかこういうのは初めてなの?ならいいタイミングね、どお?あたしがリードしてあげるから気持ちいいことしましょうよ?」


すると、


「ほう、なら楽しませてもらおうじゃないか」


何と不敵な笑みで誘惑に乗ってしまうショーエイ。


「流石はお兄さん、話が早い!じゃああたしの宿で――」


「いや、今ここでもいいぜ」


「じゃあそこの角にいきましょ♪︎」


彼女は彼を引っ張って家と家の間の溝に誘導する。行き止まりにいくと彼女は、


「さあて、思う存分楽しみましょうか。お兄さん、背が高いから少ししゃがんでくださる?」


彼女のいう通りに少し膝を曲げて、彼女の身長ぐらいに合わせるとショーエイを優しく抱擁し、彼の太い首の筋を猫のようにペロペロ舐め出す――しかしショーエイは相変わらず何もリアクションもなく無表情のままだ……。


「フフ、お兄さん初めてなのかずいぶんと固まってるわよ♪︎安心してあたしを受け入れて――」


両腕を彼の首に腕を回して「ンフン」と艶美な顔を身体を密着させて擦りながら、彼の頬に何度も接吻をする……。


「お兄さんはどこから来たの?」


「レーヴェって街からだ。どうした?」


「レーヴェってあそこ地味なとこじゃない。観光?」


「さあな」


会話をしながら彼の股間を巧みにまさぐるがしかし何の反応もない。彼女はもしかして興奮していないのか不思議になった。


「お兄さんもしかしてこういうのは興味ない……?」


「いや?別にそういうわけじゃないがまあ続けてくれ」


言われる通りに身体を密着させて愛嫵する彼女。


(ふふ、ライル様の命により死んでもらうよ。覚悟――!)


突然、袖元に忍ばせておいた小刀を素早く逆手に持ち、それを全力で彼の頸動脈に目掛けて振り込んだ――が、


「!!?」


なんと小刀は突き刺さるどころかまるで岩か金属に当たったかのようにいとも簡単に弾かれてしまった。何度もグサグサと突き刺すも全くと効果なく寧ろ小刀の刃が酷くかけてしまった。


「……へ、残念だったな!」


すかさず彼女の両腕を握るとその怪力を持って彼女の両腕の骨を一撃で粉砕、「うぎゃああああ!!」と絶叫しその場でのたうち回った。


「そんなことだろうと思ったぜ。俺にハニートラップが利くとでも思ってたのか?」


彼は文字通り、人の皮を被った戦略兵器だからそんな性的に左右される感情も機能も持っているはずがない。もっとも彼女はそんなことは知るよしもないが。


「ところでよお、さっきから俺のことを見張っているやつがいるんだがあいつは何モンだ?仲間だろ?」


「え、あ…………あっそ、それは――」


「答えたくねえなら、こうだ!」


彼女の右脚を本気で踏みつけてまたもや骨を粉砕し、ぺしゃんこにするショーエイ……見るも痛々しいほどに無残な姿になり女性はもはや声が出せないほどに苦痛にまみれている。


「おい、どうすんだ?喋りたくねえなら別にいいぜ?次はないがな」


彼は指関節をバキバキに鳴らしてじわりじわりと追い詰めていく――すると。


「ア、アルバーナの邪教徒共め、どの道もう少しで全員皆殺しにされるんだから今の内に笑ってやがれ!!」


と、苦し紛れの啖呵を切る彼女に対し、彼はニヤっと気味の悪い笑みを浮かべ、


「そうか、だが残念だな。俺はお前らでもアルバーナの味方じゃない。俺は俺の味方だ」


そういうと両手の親指を彼女の目にグッとひし当てて――。



《俺はこの世界全てを滅ぼす側だ!!》



全力で目を押し潰すショーエイ――。


「次ぃ!!耳!鼻!口!乳!腹――――!!」


一言ずつ各部位を言いながら潰していく。その光景はまさに地獄絵図。血塗れになりながら『人』だったモノを潰し、引きちぎり、解体していく彼の姿はまさに阿修羅であった。

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