第7話 自立心
「うっ……。た、確かに、今のはちょっと言い過ぎたけど……」
でも、と妹はすぐに切り替えて距離を詰めてきた。
「だからって、お兄ちゃんが大学にいかない理由にはならないでしょ!」
「それはそうだけど」
「じゃあなんで?」
「ちょ、近いって」
妹の肩を掴み押し返そうとしたが、逆にコロコロとキャスター付きの椅子ごと俺の方が後退した。
なぜかそのことに敗北感を抱き、誤魔化すのを諦める決め手になった。
「親に極力頼りたくないんだよ」
俺は胸の内を正直に
「……お兄ちゃん、自立心が強すぎるよ」
「いい事だろ」
「何事にも程度があるよ。まだ高校生なのに、身の回りのこと全部自分でやってるし」
「全部じゃない。でも、自分のことは全部自分でやりたいとは思ってる」
料理も掃除も洗濯も、自分のテリトリーのことはできる限り自分でやっていた。
「携帯代も自分で払ってるんだよね」
「まあな」
「毎月家にお金も入れて」
「食費。大した金額でもないけど」
そのせいで、一年のころはバイト尽くしの日々だった。
掛け持ちしてテスト期間以外はほぼ毎日働いた。
春休み前に、いろいろと心境の変化があって全部やめてしまったけれど、貯えが結構あるから当分は問題ない。
もともと散財するタイプでもないし。
「もっと親を頼ってもいいと思うんだけどなぁ」
「嫌だ。借りを作りたくない」
「親に借りもなにもないでしょ」
妹は寂しそうに眉尻を下げた。
「でもまだわかんねえよ。奨学金借りて、あとはバイトしながらなんとかするかもしれないし」
「意地でも親には頼らないつもりなの?」
「ああ」
これ以上この話を続ける気がないことを、俺は態度で示した。
妹は何か言いたそうにしていたが、結局は俺の気持ちを尊重してくれた。
妹は話を戻す。
「とりあえず、大学に行くって前提で勉強してよ」
「……でもなぁ」
「お兄ちゃんって勉強嫌いだったっけ」
「勉強を強要されるのが嫌いなんだよ」
「あー、わかる。私も『勉強しなさい』って言われると『今しようとしてたところなのに!』って思うもん」
そういうことではないんだけど。
いや、そういうことなのだろうか。
自分でもよくわからなかった。
「でも私のはただのお願い。強要じゃないよ」
「物は言いようだな」
「そうだよ。知らなかったの?」
妹は悪戯っぽく笑った。
俺もつられて笑ってしまう。
勉強、というか、何かを学ぶこと自体は嫌いじゃない。
仮に大学に行かなかったとしても、だからといって高校の勉強をおろそかにする気はもともとなかった。
「……他にはさ、どんなことさせられんの?」
「んー、当面は勉強かな」
「街中でナンパさせられたりとか、ハーレム学を学ばせられたりとかは」
「しないよー。てかハーレム学ってなに?」
妹はおかしそうに笑う。
「昨日も言ったけど、私はまず『お兄ちゃんをハーレムが作れるくらい魅力的な男にする』のが第一の目標だから」
「それって、すごい長期的なプロジェクトになるんじゃねえの?」
「そうだね」
妹はこともなげに頷いた。
「さいで」
少し呆れて、けれどすぐに
つまりはそれだけ本気なのだ。
今ここで断らなければ、もう断る機会は二度と訪れないかもしれない。
今日できることが明日もできるとは限らないのだ。
そう思うのと同時に、勉強くらいならいいか、と考えている自分がいた。
ハーレムを作る気にはなれないけれど、妹に頼られるのは、正直悪い気がしない。
「……わかったよ。勉強すればいいんだな」
そこには教科書やら参考書やらが乱暴に詰め込まれていた。
ちなみに本棚はかなり大きなもので、上段に小説、中段に漫画が並んでいた。
大雑把にジャンル分けされているものの、我ながら一貫性のないラインナップだなと思う。
純文学、大衆小説、ライトノベル、少年漫画、青年漫画、少女漫画。
数は少ないけれどレディコミやら半エロ漫画(ギリ青年漫画)もあるし、なかなかカオスな状態だ。
少し迷ってから数学一の問題集を手に取った。
できれば新年度に向けて予習をしたいところだけど、あいにく二年の教科書はまだ配布されていない。
妹は部屋を出ていく際、何も言わずにそっと食器を下げてくれた。
妹のそういう気取らない気配りが俺は好きだった。
頼みを
机に向かい、目についた問題を適当に選んで解いていく。
少しずつ集中していく中で、俺は考えた。
どうせハーレムなんて作れるわけがないんだし、妹のお遊びにできる限り付き合ってやろう。
その場の空気に呑まれたわけでも、夜中のテンションに惑わされたでもなく、結局俺は昨日と同じ結論に至った。
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