第6話 高学歴のイケメン

「俺にいったい何をさせるつもりなんだ」

「まずは勉強だね」


 妹はあっさりと言った。


「勉強?」


 それはあれか、女心とかの勉強か。

 ハーレム学の必修科目の。

 妹はそんな俺の胸中を察したのか、補足するように続けた。


「別に女性に好かれるための勉強じゃないよ。私が言ってるのは、普通の学校の勉強」


 無意識のうちに身構えていた俺は、拍子抜ひょうしぬけを食らう。


「学校の勉強が、ハーレムを作るのに役に立つのか?」

「えっとね」


 妹は言葉をまとめるような間を置いた。


「お兄ちゃんは、ハーレムに一番必要なものってなんだと思う?」

「ハーレムに一番必要なもの?」


 そんなことを急に尋ねられても困る。

 こちとらハーレムについて真剣に考察したことなど一度もないのだ。

 「そりゃあ」とつぶやいてみるが、何も思い浮かばない。


 しばらく考えた末に出た結論は、


「愛?」


 という、なんともメルヘンチックなものだった。

 発言してしまってから急激に恥ずかしくなる。

 耳が熱い。

 血が沸騰して体温が二、三度上がったような気がした。


 いや、でもそう間違ってはいないはずだ。

 妹も昨日、ハーレムは純愛がどうとか言っていたし、なにより女子中学生の頭の中なんてどうせお花畑で、愛だ恋だと言っていればなんでも正当化されるお年頃のはずだ。


 そんなふうに考えていたのに、俺の恥ずかしい返答は「違う」の一言にバッサリと切り捨てられた。


「え、じゃあなんだよ」

「お金だよ」

「身も蓋もねえな」


 金目の物はちゃんと金庫に入れとけ。


「だってハーレムを作るんだよ。人ひとりが生きていくのも大変なこのご時世に」

「いやだからって」

「それにね、お金を稼ぐ男って、女の目にはすごく魅力的に映るものなの。だから、一石二鳥だし」

「……一石二鳥、ねえ」


 思わず皮肉っぽい口調になってしまう。


 もちろん、お金の大切さは重々承知している。

 そのこと自体を否定する気は毛頭ない。

 けれど、それを明言するのには抵抗があるし、誰かが口にすれば反論したくなる。


「俺は、お金に寄って来るような女は嫌だけどな」


 妹は苦笑した。


「あのね、お兄ちゃん。『お金が好き』っていうのと『お金を稼ぐ男が好き』っていうのは根本的に違うんだよ」


 出来の悪い子供を諭すような口調だった。


「宝くじで大金を当てた男性になびくような女性は、私もどうかと思うよ。でもね、自分の能力を最大限に活かしてお金を稼ぐ男性に魅力を感じるのは、別におかしなことではないし、非難されるようなことでもないよ」

「それは……」


 その通りかもしれない。

 男の俺の目にも、仕事のできる男性は格好よく映る。

『魅力的に感じる』というよりも『憧れを抱く』といったふうだけれど、通底つうていするものは同じだろう。


「だからね、とりあえずお兄ちゃんには勉強してもらって、できるだけいい大学に入ってもらおうと思って」

「……大学、か」


 妹から視線をそらし、俺はつぶやくように繰り返した。


「どうしたの?」

「いや、別になんでも」

「もしかして、進学する気がないの?」


 鋭い。

 俺が答えあぐねていると、妹は立ち上がり詰め寄ってきた。


「なんで?」

「なんでって言われても、別に大学に進学しないと死ぬってわけじゃないし」

「でも学歴があるにこしたことはないでしょ。経済的な理由でもないかぎり、大学には行くべきだよ」

「いや、でもほら、『高卒が最終学歴』も略せば『高学歴』だろ」


 俺はまたいい加減なことを言った。


「え、うん」


 妹は困惑気味に頷いた。

 それがどうしたの? と言いたげな目で俺を見る。


「それと、『イケてないメンズ』も略せば『イケメン』だ」

「……だから?」

「だから、俺は高校を卒業したら『高学歴のイケメン』を名乗って堂々と生きていくんだ」


 俺は胸を張った。

 妹がいぶかしそうに尋ねてくる。


「……『高卒が最終学歴のイケてないメンズ』?」

「ああ」

「そんなクズが生きていけるか!」

「おい待て、クズは言いすぎだろ」


 世の中にたくさんいるぞ。




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妹の妹による妹のためのハーレム計画 相上和音 @aiuewawon

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