第1話 妹の主張

「なに言ってんだこいつ、頭おかしいんじゃないのか?」

「なっ」


 やべ、思わず声に出してしまった。


「嘘つきっ! 否定しないって言ったのにっ。最低っ!」


 妹が掴みかかってくる。


「おい、馬鹿やめろっ」


 油断していた俺は、あっさりとマウントを取られてしまった。

 手首を掴んで何とか攻撃を防いだが、妹はそれでも暴れようとした。


「悪かったって。ちゃんと話を聞くから落ち着け」


 妹は顔をゆでだこみたいに真っ赤にしながら荒い呼吸を振り返す。


「……落ち着いたか?」


 頷くのを確認してから両腕の拘束を解いた。


「よし、じゃあ俺の上からすぐにおりろ。この時間帯にベッドの上で馬乗りはまずい」


 あとなんか人生相談とか始まりそうだし。

 妹はしばらくぐずってから俺の言葉に従った。


「それで、ハーレムがなんだって」


 上体を起こしながら尋ねるが、妹はそっぽを向いて答えない。

 完全に拗ねてしまっていた。


「悪かったって。でも仕方がないだろ。いきなりあんなこと言われたら」

「……って言った」

「なんだ?」

「否定しないって言った!」


 妹は急に声を張った。


「なにがあっても味方だって言った! 軽蔑しないって言った! ……それなのに」


 とうとう泣き出してしまう。


「悪かったって、あまりに予想外だったからさ。……ほら、俺、お前に告白でもされるのかなって思ってたんだよ。禁断の恋ってやつ」

「なに言ってるのお兄ちゃん、頭おかしいんじゃないの?」

「ほらそれ! 俺と同じこと言ってる! な、急に予想外のこと言われるとそうなるだろ?」

「……でも」


 納得いかなさそうだったけれど、少しは俺の言葉を聞いてくれる気になったみたいだ。

 チャンスだと見越して畳みかける。


「物事には順序ってものがあるだろ。いきなり結論を叩きつけられても、反発するのは当たり前だ。お前の説明が悪い」

「な、なんで私が」

「お前は俺にお願いをする立場だろ。なら相手に理解をしてもらうために努力をするべきだ。お前はそれをしたか? 自分の気持ちを一方的に押し付けるだけで俺のことなんて何一つ考えていなかったんじゃないのか?」

「そ、それは……」

「なんだ?」

「……ごめん」

「なんだって?」

「ごめんなさい」


 よし、形勢逆転だ。

 詭弁きべんで俺の右に出る者はいない。


「それで、ハーレムがどうしたんだ」


 再度問いかける。

 妹はまだ少し納得いかなさそうにしていたけれど、こういうときは堂々としていれば、相手が勝手に「間違っているのは自分なんだ」と勘違いしてくれる。

 妹は俺と同じで、押しに弱く流されやすい性格なのだ。

 案の定、妹はおずおずと話し始めた。


「私はハーレムが好きなの」


「ふうん」と気のない返事をしてから「……なんで?」と真剣に尋ねる。


 妹は居住まいを正した。


「可愛いって正義でしょ」

「そうなの?」

「そうだよ」

「そうなんだ」

「それで、女の子って可愛いでしょ」

「うん、まあな」


 人によるけどな、と心の中で付け足す。


「つまり、女の子は正義なわけでしょ」

「うん、まあ、うん」


 よくわからなかったけれど、とりあえず頷いておいた。


「女の子が一番輝くのって、恋をしているときでしょ」

「うん」

「ただでさえ正義な女の子が恋をして輝いたら、最強でしょ」

「うん」

「そんな最強な女の子たちがたくさん集まったら、それはもう無敵でしょ」

「うん?」

「つまり、ハーレムは正義で無敵なの。必ず勝つタイプのやつなの。アンパンマンみたいに万人に愛されてしかるべきなの」

「うーん」

「それでね、だからハーレムを作りたいなって思って、でも女の私にはそんなの不可能だから、代わりにお兄ちゃんに作ってもらおうと思って」

「なるほどね」


 見事な論理展開だ。

 意味がわからない。


「仮に俺がハーレムを作っても、お前のものにはならないだろ」


 これ以上妹の説明を聞いても混乱が増すだけだと判断し、論点を少しずらした。


「そうだけど、でもお兄ちゃんのハーレムは私にとって義理のハーレムだし」

「義理のハーレム?」

「ほら、よく実の妹よりも義理の妹の方が可愛いって言うでしょ」


 初耳だ。


「実の妹の方が可愛いと思うけどな」


 もちろん深い意味はなく、一般論として。

 妹はうっと顔を強張らせて赤面した。

 何かを言おうとするけれど言葉にならなかったみたいで、結局口をつぐみすっと視線をそらした。

 もじもじと指を組んだりほどいたりしている。


 遠くでせき込むような車の排気音。

 夜中の静謐せいひつさに、少し奥行きが生まれる。


「……おいなにか言えよ変な空気になってるだろっ」

「お、お兄ちゃんが変なこと言うからっ」


 お前にだけは言われたくねえ。

 反射的にそう言いそうになったけれど、なんとか堪えた。

 またへそを曲げられても困る。

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