第2話 選ばれなかったヒロイン
「ハーレムって、要は一夫多妻のことだよな」
「うん」
「それを俺に作れと?」
「うん」
「重婚が認められていない日本で?」
「うん」
妹の頷き方には迷いがない。
俺は頭を抱えた。
ふと思い立ち、ベッド脇の本棚に手を伸ばす。
とある漫画の一巻を掴み、「これでも読んでろよ」と妹に押し付けた。
俗に『ハーレムもの』と言われる一人の主人公に対して複数のヒロインが登場する恋愛漫画だ。
妹は表紙を一瞥すると「けっ」と喉を鳴らして顔を歪めた。
なんとも憎たらしい表情だった。
「なんだよ、面白いぞこれ」
「知ってるよ、勝手に読んだことあるし。でもそれ、最後に一人のヒロインとくっつくでしょ」
勝手に読むなや。
「うん、まあな」
内心の不満をおくびにも出さずに頷いた。
偉い。
「結婚して、みんなから祝福されて、それでお終い」
「ハッピーエンドじゃん」
「主人公からすればね」と妹は言った。「大勢の女の子から好意を寄せられて、いろいろなイベントに巻き込まれ充実した青春時代をおくって、最後は一番気の合う相手を選んでお終い。すごくいい人生だと思うよ」
「ならそれでいいだろ」
「だから、主人公からすればって言ってるでしょ」
妹は語気を強めた。
少しカチンとする。
「なにが言いたいんだよ」
妹はしばらく俺の目を見つめてから、悩まし気に視線を伏せた。
「お兄ちゃんは、選ばれなかったヒロインの気持ちをちゃんと考えたことある?」
「選ばれなかったヒロインの気持ち?」
そんなの、深く考えたことなんてない。
物語の主人公が幸せで、最後にちゃんと一人を選んでけじめをつける。
それでいいんじゃないのか?
「私はね、たくさんヒロインが登場する作品って好きだよ。おもしろいし、癒されるし、どきどきするし」
でもね、と妹は声のトーンを一つ落とした。
「でも最後に、登場したヒロインと同じ数の悲劇がそこに生まれるのなら、私はそんなものをハーレムなんて呼びたくないの」
熱の籠った声だった。
言ってることは正直ぴんとこなかったけれど、どこか
少なくとも、妹がふざけていないことだけは十二分に伝わった。
それでも、首を縦に振ることはできない。
ハーレムは創作物の中にだけ存在するものであって、現実で作れるものではないのだ。
いや、世界的に見れば一夫多妻は珍しくないのかもしれないけれど、じゃあ海外に移住しろとでもいうのか?
到底無理な話だ。
「探せばさ、ヒロイン全員と結ばれる作品もあるんじゃねえの」
「あるよ。でもそのほとんどがファンタジーだし、残りも全部ご都合主義満載のストーリーだったり」
「じゃあ自分で納得のいく話を考えるとか」
「小説書いたり漫画描いたりもしたよ。でもしょせんは作り物だから全然満足できなかった」
「まじかよ」
そう口にしたけれど、それほど驚いてはいなかった。
妹の熱量からして、それくらいしていてもおかしくないな、なんて納得してしまう。
沈黙。
「なに?」
俺のだんまりに難色の気配を感じ取ったのか、妹が詰め寄ってくる。
顔が近い。
咄嗟に仰け反り壁に後頭部をぶつけた。
「いや、やっぱりハーレムなんて無理だろ」
「なんで?」
妹は俺の太ももをぐっと押さえつけてさらに距離を詰めてきた。
顔と顔の距離が十センチとない。
今が夜中でしかもベットの上だということをわかってんのかこいつ。
妹から視線をそらして戸口を窺った。
もし両親が物音を聞きつけて起きだしてきたら、その場で即、家族会議が開かれてしまう。
どうしよう。
「妹が俺にハーレムを作れって詰め寄ってきて困ってるんだよね」と正直に言えばなんとかなるか?
いやだめだ、それはそれで家族会議だ。
「だ、だってさ、倫理的に」
俺は廊下の気配に意識を注ぎながら言った。
「なにが?」
妹は覗き込むようにして俺の目を正視する。
そのせいでさらに体が密着した。
うわ、なんだこいつ、めちゃくちゃいい匂いする。
俺と同じ安物のシャンプーとかボディソープとか使ってるはずなのに、なんでこんな甘い匂いがするんだろう。
下腹部に血液が集まる気配。
いやそれはさすがにまずい、言い逃れのしようがなくなる。
最悪の事態を想像して、さあっと血の気が引いた。
おいこらこれ以上引くなお前ら、上半身に帰ってこいっ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます