不器用な天狗

私の提案に怪訝な表情をする鈴影さん。


「……お前、何を企んでる」

「別に何も企んでなんかいないわ。私はまだ、ここに来て間もないから、あやかし好みの食べ物とか味付けってどんなものか分からないから教えてほしくて」

「だからって、なんで俺に聞く」

「なんとなくよ、なんとなく」


私の返答に鈴影さんは眉間に一層シワを寄せて、難しい顔をしている。そんな警戒しなくても、本当にただ興味本位で聞いただけなんだけど……。鈴影さんから聞き出せなかったら、白哉様にでも聞きに行ってみようかしらと思っていると──。


「……ら焼き」

「え?」


思いがけず返事が返ってきた。鈴影さんらしくない小さな声。うまく聞き取れず、私が近づいて顔を寄せると、鈴影さんはふいと視線を逸らして「どら焼き」と、今度ははっきりと答えた。まさか返事が返ってくるとは思っていなかった私は、目をぱちぱちとさせて鈴影さんを見た。すると、鈴影さんの顔がどんどん赤く染まっていく。


「……っ!答えてやったんだから、なにか返せ、このバカ女!」


「どら焼き」と返すのが、そんなに恥ずかしかったのだろうか。怒りながら、そんなことを言っているけれど、顔を赤くしながら言われても、全然怖くはなかった。私はふと頬を緩めて、素直じゃない天狗の護衛係を見つめる。


「わかったわ、じゃあ今日はご要望に応えてどら焼きを作るわね」


「答えてくれたお礼に鈴影さんには多めに作るわ」と続ければ、きらりと輝く瞳の奥。だけど、私がにこにこと見つめているのに気づいた鈴影さんは、ごほんと咳払いをして誤魔化した。


「そ、そういうことなら、もらってやる」

「腕によりをかけて作るから楽しみにしていてちょうだい」


そうと決まれば、早速準備に取り掛からなくちゃ。


「というわけで、助手は鈴影さんにお願いするわ」

「は?」


訳が分からないと眉間のシワを深くさせた鈴影さんに、「おいしいおやつを作りましょう」と、私はにこりと微笑んだ。

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