不器用な天狗
太陽が昇り、澄んだ朝の空気を味わいながら調理場へ行くと、そこには誰もいなかった。
「あれ……。梅さん、いないのかしら」
不思議に思って調理場内に足を踏み入れると、流しには水を張った大きな桶に瑞々しいトマトやレタス、きゅうりなどの野菜。机の上には小鉢や小皿も並んでいるから、朝食の準備を進めているところ、という感じはある。どこかでかけていりはのかしら……。
「梅さんなら畑ですよ」
と、そこに背後から聞こえてきた声。突然のことに驚いた私は、「きゃあ!」と思わず声を上げる。すると、ササッとどこからともなく背中に黒い羽を負った青年が現れた。
「ああ、すみません、驚かせてしまって」
青年は頬をぽりぽりと掻きながら苦笑していた。黒の短髪に、凛々しい眉と丸く大きな瞳。背が高く、なかなか爽やかな顔立ちの青年である。
「も、もしかして鈴影さんと同じく、天狗の……?」
「ええ、そうです。俺は、天狗の
「琥珀って呼んでもらえたら」と人懐っこい青年の自己紹介に、私もひとまず「初めまして、あやめと言います」と挨拶をすると、にっこり笑顔が返ってくる。
「もちろん、あやめさんのことは知っていますよ。僕も、あなたの警護係として鈴影さんと交代でずっと側についていましたから」
「ず、ずっと……⁈」
聞き捨てならないセリフに大きな声を上げる私。だって、警護のためという理由があるにせよ、見ず知らずの男の人に監視されてただなんて……!
「ああ、大丈夫ですよ。着替えとか、お風呂のときは外で待機してるだけですから」
気持ちいいくらい爽やかに微笑まれて、余計に恥ずかしくなる私。確かに、そこは気になったところだけど、面と向かってそう言われると逆にどう反応したらいいのよ、と心の中で頭を抱える。そもそも、警護係は一人いれば十分なのではないだろうか。
「でも、警護係って鈴影さんが担当してるんじゃ……」
私が首を傾げると、琥珀君は「ああ」と返したあと、「あやめさんは白哉様の花嫁殿とお聞きしているので、特別です」と、またもや爽やかな笑顔付きでそう言った。
「花嫁って……私、まだ『はい』と返事をした覚えはないのだけれど…‥!」
「でも、屋敷内では有名ですよ。白哉様が一目惚れして、花嫁にしたいって言ったって……」
「屋敷中で⁈」
私は一言も「うん」とは言っていないのに、なんだか外堀から埋められているような気がする。
「しばらくは付きっ切りの警護が続くでしょうが、そのうち僕らも元いた配置に戻る手筈になってますから。もう少し辛抱して下さい」
「は、はあ」
慣れるまでの間は、ということだろうか。まあ、その辺りは部外者の私が口出しできないから大人しく受け入れるしかないけれど。
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