居場所

「なにはともあれ、あやめはここで生きていくための『料理』という武器を手に入れているわけだから。元気になったら、またあやかしたちに手料理を振る舞ってやるといい」


白哉様はその白銀の長い髪をさらりと垂らしながら、にこりと美しく微笑んだ。その話を聞いて、少しだけホッとしている自分がいる。あやかしの中には、あの天狗男のように私に敵意丸出しで接してくるあやかしもいたから。彼らにとっては人間である私が異端で、急にぽんと屋敷にそんな部外者が入ってきたら、誰だって警戒心を持つだろうけれど。それにしても──。


「……私、本当にこの屋敷にいていいんですか」


口に出した言葉は、自分が思っている以上に震えていた。胸に募る不安。そんな私に、やっぱり目の前のこの人は、ひどく優しく微笑むのだ。


「ああ、もちろん。……言っただろう?君は、僕の花嫁になるんだよ」


まっすぐに、真正面からそう言われるものだから、私は恥ずかしくなって顔を伏せる。


「だから、なんなんですか……それ」


私は一度も頷いた覚えなどないというのに、当たり前のようにそう言われて苦笑する私。そんな私に白哉様は何も言わず、やっぱり優しく微笑んだ。


本当に変わった人……。


だけど、このときの私は、その言葉を本当の意味で深く理解していなかった。


神様の気まぐれで、たまたま私がその花嫁とやらに選ばれただけで、そこに深い意味はないと。ただ、なんとなく、そんなふうに思っていた。


そこにどれほどの深い意味があったのか、このときの私はまだ何も知らなかったのだった。

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