居場所

あれから昼食作りを終えた私は、調理場からひと足先に与えられている自室に戻ることにした。というのも病み上がりに急に体を動かしたのが悪かったのか、先ほどから調子が悪くなってきていたから。一人縁側をトボトボ歩きながら、ようやく部屋に辿り着く。


障子を開けると、そこは一人部屋にしては広い和室。室内には箪笥や化粧台も備え付けられていて、女性用に設えられた部屋だということがわかる。そういえば、この部屋の前の庭は他の場所に比べると花も多く、サクラソウやシクラメン、ツツジなど彩色豊かな花々が咲いていた。


「……前は、誰が使っていたのかしら」


そんな疑問を浮かべながらも、私は体を休めるべく、押し入れから布団を取り出して一休みすることにした。ふかふかの布団に体を沈めると、疲れがまたどっとのしかかってきたような気がする。少し張り切りすぎてしまったみたい。


「ご飯、大丈夫かな……」


野菜たっぷり、具だくさんの味噌汁は、梅さんに言われて私が味付けをしたものだ。お父様や仙は、いつも美味しいと食べていてくれたものだけれど、ここに住むのは白虎の神様とあやかしたち。彼らがどういう味付けを好むのか分からないから、あれで大丈夫だっただろうかと心配になる。


誰も知り合いのいないこの場所で、私は自分の思っている以上に不安を感じているらしい。


だって私には、もう帰る場所なんてない。


仙と暮らしたあの家に戻ることは叶わないのなら、今は与えられたこの場所で、自分の居場所を見つけるしかないのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る