居場所
居場所
『僕のことなんて放っておいてくださいっ!』
あれはお父様が道端にうずくまる仙に、声をかけたときのことだった。
もう夜が近づいているというのに、その子どもは家にも帰ろうとせず、ボロボロの端切れのような服に身を包んで怯えるような、けれどどこか縋るような目でお父様を見つめていた。
『親はどうした。腹は減ってはいないか』
お父様がそう声をかけると、少年だった仙は後ずさって首を左右に振った。当時幼かった私でもあまり食事を摂っていないのだろうと分かるくらいに、痩せ細った体。差し伸べた手を頑なに拒んでいた彼が、あのとき、どんな経緯で、どんな思いでそこにいたのかは私には分からない。
だけど、「助けて」とその目が叫んでいることだけは分かった。どこか寂しげな、苦しげな目をしていたから。本当は、この子はきっと一人でいるのが怖いんだと、そんなことを思ったことを覚えている。
『ねえ、お兄ちゃん。わたし、家の庭にある柿の木の柿を取ってみたいけど、届かないの』
『近所の悪ガキにいつもいじめられてて困ってるし、苦手な野菜をお母様がちゃんと食べなさいって怒るし、それから……』
それは幼い私なりの、精一杯の交渉術だったのだと思う。だからなんだと言いたくなる、訳のわからない話だ。現に、このときの仙はぽかんとした顔をして、私のことを見つめていた。それでも私は懸命に、この子を独りぼっちにしてはいけないと必死だった。
『だから、お兄ちゃんがいたら、わたしはすごく助かるかも。帰る場所がないんだったら、私と一緒におうちに帰ろうよ』
そう言って私が差し出した手を、仙はしばらく見つめていた。けれど、そろりと私の目を見てから、意を決したように、私の手を取ってくれた。私よりも大きく、温かな手。
あの頃から、私は仙が隣にいるのが当たり前の生活を送ってきた。
いつも優しく、側で私を見守っていてくれた仙。あなたが無事でいてくれること、私はそれだけを願っている。ただ、それだけを願っている……。
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