第3話

 キーンコーンカーンコーン


「それではケガや事故に気をつけて、楽しい夏休みを過ごしてください」


 先生の退屈な話が終わり、夏休みを告げるチャイムが鳴る。周りの子は友達と夏休みの計画を話し合って、盛り上がっている。夏休みはビッグイベントなので、そわそわする気持ちは分かる。


 だが、わたしは違う。とにかく家でダラダラしたい!効率的にRTA並みの動きを見せ、最速で帰る準備をする。そして、速攻で教室を飛び出し帰路に向かう。


 なるべく日差しを避け、影だけを的確に踏み歩いてなんとか帰宅。


「熱くて溶けるかと思った」


 帰宅するなり、早々に浴室に行き制服を脱ぎ捨てる。汗でベタつく気持ち悪い体を冷水で洗い流す。シャワーヘッドに握り、曇った鏡を流すと鏡にわたしが映った。そこには、いたって普通の女の子が映る。


「なんでわたしみたいな、モブBがチヤホヤされてるんだろう……」


 まさか、ドッキリや罰ゲームとかで接してくれてる訳じゃないよね?鏡の向こうのわたしに触れても、冷たく全く魅力を感じない。1人になると、癖で自己嫌悪に陥る。


「もっとキレイに映してくれてもいいのに」


 ため息を一つこぼす。


 風呂から上がると、普段と変わらずダラダラと過ごしあっという間に夜になっていた。ベッドで寝転びスマホを手に取ると、陽葵さんからのメッセージが目に入る。


『夏休みは3人でたくさん遊ぼうね』


 陽葵さんがグループチャットにスタンプと共にメッセージを送っていた。


『たくさん思い出を作りましょう!!』


 本音は家にずっと引きこもりたいけど、たまには遊ぶのも悪くないかな、と思い返信をする。


 転校して数週間はずっと空気みたいな存在だってけど、一気にクラス最上位の2人と友達に。あっという間に夏休みになり、自分にとって怒涛の展開すぎて疲れる。


 夏休みぐらいは平和に楽しく過ごしたいな。願いを込め眠りにつく。


 __


「よく寝た。もう10時か、寝すぎちゃったな」


 眠くて気怠い体を動かすと、違和感を覚える。毛布の中に、わたし以外になにか温かくて、柔らかいものがある気がする。毛布を恐る恐るめくる。


 「あれ唯ちゃん起きたの?おはよう」


 天使のようないい笑顔。あっ、かわいい……そんなこと思ってる場合じゃない!!


 急激に脳が覚醒し目覚め始める。飛び起きて一階にいる母のもとへとダッシュする。


「お母さん!なんか知らないうちに、ベッドに美人が寝てるんだけど!?」


「お友達の陽葵ちゃんでしょ?遊ぶ約束があるって言ってたわよ」


 あれ?そんな約束してたっけ?


 とりあえず寝ぼけた顔を引き締めるため、洗面所に向かう。冷水を何度も顔にかけてみたが混乱は解けない。


「ちょうどクッキー焼けたから、部屋に戻るときに持っていって」


「わ、わかった」


 何が何だか分からないままクッキーを持ったまま部屋の前に立つ。もしかしたら、ここは夢の世界かもしれない。扉を開けたら夢から覚めて現実に戻るかも。


 目覚めよ、わたし!!


 勢いよく扉を開ける。そこには……姿勢よくベッドに座る陽葵さんがにいた。うん、やっぱり夢じゃないわ。


「ごめんね。私のせいで起こしちゃったでしょ」


「全然大丈夫ですよ。たぶん陽葵さんがいたから心地よくて、いつもより寝すぎちゃったくらいですよ」


「そう?それなら今度は、私を意識しながらもう1回寝てみる?」


 毛布を捲り、ポンポンと叩き寝る様に促す。なぜか急に、陽葵さんからとてつもない色気を感じる。思わずゴクリと唾を飲み込む。


 友達として楽しい空気にするために、ふざけて言ってるだけだよね?それなら、わたしもそのノリに乗っからないと。いつまでも陰キャじゃありませんよ!!この数週間で成長しましたから。


「分かりました!一緒に寝ましょう」


 ドンっと寝ころび、堂々とした態度でわたしの横に誘う。


「え……」

 

「どうしたんですか?わたしは準備できましたよ」


 自身に満ちた顔で陽葵さんを見ると、恥ずかしそうにモジモジしていた。


 未だにわたしはそういうノリだと思って誘う。


「唯ちゃんが悪いんだよ……」


 ボソッと言うと赤面しながらわたしの横に寝転ぶ。


 そうそう、これでいいんだよ……ふざけ合うのも友達の証。


 陽葵さんからなにか、ツッコミがあるのかと思い様子をうかがう。しかし、陽葵さんはなにもせずわたしと一緒に、温もりを共有しているだけだった。


 あれ、なんでわたしたち普通に寝てるんだろう。そこは、「冗談に決まってるじゃん」ってなるところだよね?


 横目で見てみると、陽葵さんは目にハートを浮かべ熱い視線を向けていた。


 なんでずっと黙ってるの陽葵さん!女の子が見せちゃいけない顔してるよ!!


 状況を整理しよう。クラスの委員長を務め、見た目ゆるふわ系美少女の陽葵さんが、わたしの家にいます。しかも、陽葵さんは紅葉のように頬を真っ赤にしながら、わたしと一緒にベットで寝ています。


 理解できませんよね?わたしも理解できません。


「唯ちゃん、ぼーっとしてるけど、どうしたの?」


 いつもより距離が近いからか彼女の息遣いが耳元で感じられ、くすぐったさが胸を掻き立てる。


 近すぎて匂いも分かる。陽葵さんの匂いは、それはまるでヒマワリ畑にいるような爽やかな香りで、雲一つない晴天と夏の風を思わせる。


 こんな夏が似合う女の子なんていますか?そんな彼女がなぜか、わたしのベットで眠ってます!!


 心地よい夏のイメージに浸っていると、一気に現実に戻される。陽葵さんが、そっと足や手をわたしに絡めてくる。わたしたちの間に何が起きているのか、理解できないまま、ただ驚きと戸惑いが募っていく。


「ねぇ一緒に寝てるんだから、わたしのこと見てよ」


 そういうと体をぐいっと密着させる。


 や、柔らかい。温かくていろいろと柔らかい!!


「一緒に寝ると気持ちいいでしょ」


「は、はい気持ちいいです!!」


「そう……じゃあこの先のこともしてみる?」


 この先ってなに?いまから何が始まるの?一緒にベットで寝て、この先に起きることって……もしかして、もしかして!?小さな頭をフル回転させ答えを導き出す。


「一応聞きますが、この先ってなんですか?」

 

「もう、唯ちゃん分かっているくせに」


 耳元でささやくと、小悪魔風に笑いかける。一気に体に熱がこもる。心臓がハチ切れそう。


 そういうことだよね?心の準備ができてないよ!?


 ガッチガチに固まったわたしの体に、彼女が手をそっと添える。


「じゃあ、始めるね」


 今からわたし、大人の階段を踏むんだ。緊張がピークに達し、意識が吹っ飛ぶ。


 ◇◇◇


 あれ、何してたっけ?なんだが体がポカポカ温まるのを感じる。


 腰や太ももに違和感を覚え、少しずつ意識が目覚める。瞼を上げると視界は真っ暗。たぶん、タオルか何かが覆い被さっている。


 どういう状況なのか考えていると、腰や太ももに程よい刺激を感じる。わたしはそれが快感だと気づく。


「はっ……、ん、ぁっ!そ、そこっ……、きもち、い」


 自然と声が漏れてしまう。


「って、なにをしているんですか!!」


 体を起こして、陽葵さんに視線を送る。


 あれ?そこに映し出された光景は、ただ普通にマッサージをする陽葵さんの姿だった。


「なにってマッサージですよー」


「で、でも気持ちいことって……」


「どんなマッサージを想像してたの?もしかして、えっちなやつを考えてたんじゃない?」


 わたしの顔が燃え上がるように熱くなる。なんかわたしが、ちょっと期待しているみたいじゃないですか!!


 陽葵さんの顔を見ることが出来ず、ずっとうつむいていると「えっち」と耳元で囁いてきた。


「唯ちゃんが、こんなえっちな女の子とは思わなかったなあ。唯ちゃんが実は変態だって周りの人が知ったらどう思うかな?」


 散々言葉責めにあい、恥ずかしさを覚える。


「今日はもう帰ってください!!」


 恥ずかしさに耐えられなくなったわたしは、クッキーを袋に詰めて渡し、陽葵さんを部屋から無理やり追い出す。


 扉の向こうから「また来るねー」と返事が聞こえてきた。


 人をからかって遊んで!陽葵さんは酷い人です。わたしも雰囲気に流されて、えっちなこと考えちゃったよ。


 モヤモヤしていると、メッセージが届く。確認すると、『もし、本当にそういうことがしたかったら、いつでも言ってね』と書いてあった。


 「もう!また、わたしをからかって」


『冗談はやめてください』


 即座に返信をし、ベッドに顔を埋める。……陽葵さんって頼めばえっちしてくれるんだ……冗談だよね?どんなことするんだろう。


 この日は、陽葵さんを脳内で汚してしまい罪悪感であまり寝れなかった。

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