第2.5話

「……はっ!ここはどこ、わたしは誰?」


 思わず口に出してしまった、ありきたりなセリフ。気がつくと、教室は静まり返っていて、窓から差し込む夕日が机の上をオレンジ色に染めている。どうやら、放課後になっていたらしい。


 ぼんやりとした頭が、少しずつ覚醒していく。なんだか夢を見ていたような気分。とりあえず帰る準備をしないと。鞄に荷物を詰め込んでいると、ふと、どこからか視線を感じた。


 「おはよう、唯ちゃん」


 もしかして南さん?背後から柔らかな声が聞こえ、反射的に振り返る。


「だ、だれですかー!!」


 全く別系統の美少女が机に腰掛けこちらを見ていた。動揺しながらも、その人の顔をよく見てみる。


「どうしたんですか?怖がらなくても大丈夫ですよ」


 この優しさの塊のような顔は……


「あー!委員長の立花陽葵たちばなひまりさん!!」


 ふわふわな雰囲気で、艶やかな唇。そして優しい目。こんなかわいい子を忘れるなんて、わたしのバカ!ポンコツな脳みそをポコポコと叩いて叱る。


「そんなに私って影薄いかな?」


 陽葵さんは、人差し指どうしをくっつけ少し落ち込む様子を見せる。


「そ、そんなことないですよ!ちょっと、なんだか変な夢を見てしまったみたいで。パニックになってただけです」


「どんな夢ですか~?」


 陽葵さんは首を傾げ指を口に当てる。なに?そのあざとかわいい仕草。


「まるでラノベような展開で、クラス1の美少女と仲良くなって、一緒に手を繋いで登校するって夢を見ました」


「琴梨ちゃんズルいよ……」

 

「何か言いましたか?」


 ちょっとだけ怒ってるように見えたけど、気のせいだよね?


「ほかに何かされませんでしたか?」


 もしかして陽葵さんも、南さんのファンガールなのかな?てことは今は尋問中ってこと?下手に変なこと言ったら、委員長権限でこの世から抹消される……


「どうして、怯えてるの?」


「そんなことないですよ!そう見えますか?」


 本当は緊張と恐怖で、心臓がメタル系バンド並みに激しく動いてるよ。


「唯ちゃんは自分がどんな存在か分かってる?」


 この空気間に圧倒され、ただ首を横に振ることしかできなかった。陽葵さんは微笑んで、わたしの肩を軽く叩く。


「大丈夫、そんなに緊張しなくてもいいよ。私たちは友達だからね」


 なぜだろう、友達と言われて恐怖感を覚えてしまうのは。


「唯ちゃんはね、本人が思っているより可愛いんだよ」


「へ?」


 意味不明なことを言われ、思わずまぬけな声が漏れ出てしまった。


「唯ちゃんって、小動物みたいで可愛いでしょ。背後からギューっと抱き締めたくなる可愛さ。特におどおどしてるところとか、見た目の可愛いさと相まって、庇護欲を掻き立てられるの。そういうところが心に刺さったの」


 なにそれ?うまく脳に情報が入っていかない。可愛いと言われてるハズなのに、あまり褒められてるようには聞こえない。


「ピンときてないと思うけど、とにかく可愛いの」


 なるほど、そういうことか。なるほどじゃないよ!!


「まあ、唯ちゃんはその辺は気にしなくてもいいよ。唯ちゃんが自分らしくいればそれでいいんだから」


 この情報を聞いて、明日から普通に暮らすなんて無理だよ。


「今日はいろいろあって疲れたでしょ。わたしが家まで送るよ」


「陽葵さん大丈夫ですよ、一人でも帰れますから」


「いいよ、いいよ。こんな時間まで付き合わせちゃったし」


 陽葵さんはわたしの腕を引っ張り、教室を後にする。玄関に向かうと、誰かを待つかのようにじっと動かない人影が見えた。その影はわたしたちに気づくと、駆け寄ってきた。


「唯!!待ってたよ……あれなんで陽葵と唯が一緒にいるの?」


 飛び出してきたのは、南さん。だけど、いつもの優しい雰囲気とは違う。まるで、浮気現場を目撃したような表情をしていた。


「陽葵?どういうこと」

 

 わたしを見つけ笑顔で近づいてきたが、もう1人の存在に気づき一瞬で真顔に切り替わる。修羅場の雰囲気を感じさせる。


「なんでって?それは一緒に帰る約束したからですよ、ねっ唯ちゃん」


 陽葵さんはわたしに「話を合わせて」と視線で訴える。


「あっ、はいそうです」


 南さんは陽葵さんとわたしを交互に見つめたまま、静かに考え込んでいるようだった。その沈黙が不穏な空気を漂わせる。

 

「ふーん、そんな風に見えないけど。目が泳いでるよ、まさか嘘ついてないよね?唯」


 南さんの声が低く鋭くなった気がする。その圧力に耐えられず、わたしはすぐに白旗をあげた。


「すみません……嘘です」


「唯ちゃん!?」


 陽葵さんの驚いた声が耳に入るけど、わたしにはもう限界。嘘を突き通すなんて器用なことはできない。だって、このままだと絶対ボロでるし。

 

 観念したのか陽葵さんは開き直り堂々と胸を張る。


「でも、仕方ないよね。だって先に約束破って、唯ちゃんを独り占めしたのは琴梨ちゃんのほうだもん」


「仕方ないでしょ。唯を目の前にして、欲望を抑えるなんて人類には無理なこと」


 一触即発の危機に直面する。そもそも「独り占め」ってどういうこと?わたしを独占しても、2人にどんなメリットがあるのか全然分からない。

 

 焦りとパニックでぐるぐると考えを巡らせながらも、何とかこの状況を切り抜けるため、必死で言葉をひねり出す。


「そ、そうだ!南さんも一緒に帰りませんか?わたしと南さんと陽葵さんの3人で。その方が絶対楽しいですよ!!」


 提案に2人は驚いたような表情を浮かべたが、少しずつその顔が和らぎ笑顔に変わっていく。


「唯の言う通りだね。楽しい雰囲気にしないと」


「琴梨ちゃんごめんね。ついムキになっちゃった」


「私こそ冷静じゃなかった」


 どうやら、無事に仲直りはできたみたい。よかった。最終的に穏便に済んだのは、奇跡に近いかもしれない。希望的観測だけど、このまま平和が続けばいいな。なんて思いながら帰路に向かう。


 他愛のない会話(相づちするだけ)をしていると、南さんがさり気なくわたしに手を絡めてくる。


 突然の接触にわたしは緊張で固まる。怯えたウサギのように目で「無理だよ」と必死に訴えかけるが、南さんは「しー」と指を唇に当てウインクで封じる。


 うっ……可愛い。その可愛さに負けて、自らの意思で手を握る。その様子を陽葵さんは、蛇のように鋭い視線で見つめていた。


「あーっ!また2人とも手を繋いでる。ズルいよ」


「いや、これは唯から握ってきたんだよ」


 2人がまた言い争いしているが、今はそれどころじゃない。美少女2人にサンドイッチされ、しかも手を繋いでる。美少女サンドイッチに、わたしという異物が混入してもいいのか?意識が飛びそう。


「あの、すみません。心臓が限界を迎えて止まりそうです」


 そう言うと、陽葵さんが驚いた顔で慌てて手を引っ張った。


「大丈夫?ほらこっちきて」


 言われるがままに彼女のほうに体を向けると、陽葵さんはわたしの鼓動を確かめるように胸に顔を埋めてくる。


「柔らかい、じゃなくて……たぶん鼓動は正常値で大丈夫だと思うよ」


「いま絶対柔らかいって言ったよね?でも、残念だけど私も唯の胸の柔らかさは知っているからね」


「それ、どういうこと!?説明してほしいな」


 またしても修羅場の雰囲気が漂い始めたけど、何とか駅にたどり着いた。


「そういえば、もうすぐ夏休みだね。夏休みはもっと楽しくて濃厚な1日にしようね」


 帰り際に陽葵さんがそう言って、わたしと別れた。そのあと南さんも「また明日ね」と軽く手を振りながら帰っていく。


 楽しくて濃厚な1日……ってなんだろう?どこか遊びに行くとか?それともシャンパン片手にクラブで踊り明かすとか?いや、未成年には無理か。


 考えてもよく分からないけど、楽しみで仕方ない。早く来ないかなあ夏休み。




2話が長かったので分割しました。

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