第24話
「長らくの献身、誠にご苦労だった。結界は解除してもよい。ただし、また魔王の復活の兆しがあれば再度復帰の声が上がるだろう事は覚悟して欲しい」
「は、承知いたしました」
跪いて目線を下げた。
ここは謁見の間で、目の前には国王が玉座に座って見下ろしている。
その横には王妃と王子二人が並び立って、微笑んでいた。
広い縦長の部屋で玉座に向かって赤い絨毯が敷かれて、俺はその上で玉座に向かって片膝をついている、左右には宰相様はじめ主要な役職の者や上位貴族達が並び、そこにリンガルの姿もある。
なんと、俺の拉致監禁事件を発端に結界を解除する方向に一気に動いたらしく、今日正式に発令された。
フレア国の王女と副団長の婚姻も決まり、その発表後お祝いムードの中で国民にも周知する予定だそうだ。
「やあソニアス、今日も麗しいね」
謁見が終わり退場したところで後ろから声をかけられた。
いつもと変わらず軽い口調のアズレイト殿下だ。
「お茶の席を用意した、来てくれるよね」
殿下には言わなくてはならない事がある、頷いてついて行こうとしたソニアスの腕を掴む者があった。
「アズレイト王子殿下、私もご一緒しても?」
「リンガル騎士団長、君は誘ってない。まあいいよ、好きにすれば。君のお茶はないけどね」
いつもと違い今日は殿下の部屋に通された。
美味しそうなケーキや菓子といい香りの紅茶がテーブルに用意されている。
「さて、ソニアス。そろそろ気持ちは固まったかな。返事を聞かせてもらえるかい?」
気持ちは決まっている、もう自分に嘘をつく必要も無くなった今、正直に言うしかない。
「申し訳ありません、お気持ちに答えることはできません」
「断るんだね、他に誰か好きな人でもいるのかい」
断ったのに、殿下の声は優しく楽しそうだ。
「はい、愛している人がいます」
すぐ後ろで息を呑む音が聞こえた、ついてきたリンガルは護衛の如くソニアスの後ろに控えていたのだ。
本人にもまだ言ってない言葉だった、リンガルも驚いたのだろう。
「わかった、私は諦めよう」
その声はやはり軽くやけにあっさりとしていて、肩透かしを食らいソニアスはポカンとしてしまった。
「ははっ、ソニアスもそんな可愛い顔をするんだね。私は常に君の幸せを願っているんだ、好きな人がいるならその人と幸せになって欲しいと思っている。もちろん私であれば尚嬉しいけれどね、君は私の初恋だから」
「殿下……、その割にリンガルが王女と結婚すると嘘をつきましたね」
「あわよくばと思ったんだよ、誰かに聞けばすぐバレる嘘だしね。それより今、幸せかい?」
何だか憎めない方だ。幸せかと聞かれ、思わず振り返ると赤茶色の瞳が見つめていた。束の間視線を交え、お互い目で笑い合う。
「はい」
「そうか。そうだ、これは餞別だ、持って帰るといい。手がかりを見つけたと聞いたけれど、まだ必要かもしれない」
渡されたのは古びた書物、初代魔導師長の手記だ。
確かに手がかりのマークの在処はわかったが、それをどうするかはまだだ。
ありがたく頂戴する事にして部屋を後にした。
二人並んで回廊を渡り魔術師塔へ向かう途中、急にリンガルが手を握ってきて立ち止まった。
「な、何だ」
こんなところで手を握るなんて、誰かに見られたら……、困る……ことはもうないのか?
「駄目か?」
駄目じゃない……。。
返事の代わりにぎゅっと握り返して、引っ張るように足を踏み出した。
心地よい沈黙の中、頬が上がりそうになるのを我慢した。
塔へ近づくと入り口の前にラベラント様が立っているのが見え、慌てて手を振り払うように離した。
「ラベラント様!あ」
駆け寄ると細い腕で抱き締められた。
「ソニアスっ、無事でよかった。私だけ安全なところに逃げてすまなかった」
心配をかけてしまった、こんな風に抱き締められるのは子供の頃以来かもしれない。
魔法がうまくできて褒める時にこうやってくれていた、この腕の中が大好きだった。
「ラベラント様も無事で何よりです」
「もうすぐ自由になると聞いた、本当に良かった、自分の人生を謳歌しなさい。私は今でも息子のように思っている、いつでも連絡を待っているよ」
「ありがとうございます。俺もずっと貴方のことは父のように思ってました、嬉しいです」
もう一度ぎゅっと抱き締めてから、また来ると言って帰って行った。
顔を見るだけという約束で許可を貰って来たらしい、少し離れた所に年若い青年が立っていたので一緒に避難していた宰相様の子息だろう。大事にされているようで安心した。
塔に入り、作り直した魔術陣を踏んでまだ何もない書斎へ移動すると、リンガルが真面目な顔で跪いた。
「もう俺だけの時間だよな、これ以上は待てない。どうか返事を」
ソニアスの左手を掬い上げ額に掲げた。
「貴方は私が守る、この命ある限り生涯の忠誠と愛を誓う。結婚してくれ」
熱量を伴う視線がソニアスに突き刺さり、心臓が早鐘を打つ。
真摯に告げられたその乞いに、すぐにでも返事をしてしまいたい気持ちをグッと堪えた。
ずっと聞きたかった事がある。
「……俺は罪を二つ背負ってる」
リンガルの目が僅かに反応する。
「ひとつは聖女召喚を行ったこと。異世界から誘拐したようなものだ、俺は死ぬまでリナが望むなら何でもするつもりだ」
「そうか」
ここでお前のせいじゃないと言わないところが好ましい。
「もうひとつは、お前も聞いただろう。本当のソニアスの魂を追い出し殺したこと」
リンガルは穏やかなまま、ただ聞いてくれている。
「それでも……俺を望むのか」
「ああ、望む。お前が欲しい」
「もし目の前で、お前とリナが崖から落ちそうになっていたら……俺はリナを助ける。それでもか」
「大丈夫だ、俺が聖女殿ごと崖を登って、ついでにお前も守る」
指先に口づけされたのを感じたが、ソニアスの瞳には涙が溢れ見ることができなかった。
「ソニアス、返事を」
「ゆっ……許します。俺もっ……お前がっ」
いいのだろうか、こんなに幸せで。
嗚咽でまともに喋れなかったが、リンガルには通じたようで、逞しい腕と胸で包んでくれた。
感情のコントロールが出来ず、涙が止まらない。一生分の涙が流れたのではないかと思うくらい泣いた。
子供のように泣き疲れて眠ってしまったのは許して欲しい。温かい大きな手がずっと頭を撫でていたのだ、眠くもなるだろう。
目覚めたら寝台でリンガルの腕の中だった。
今度はちゃんと服を着ていてホッとした。
熟睡しているのか規則正しい寝息をたてて胸を上下させている。
起きたらちゃんと愛していると言おう、そしてあの夜のやり直しをしたい。
もう少し眠ることにして額をすり寄せ瞼を閉じた。
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