第25話
「気分はどうだ」
「ああ、とても信じられない気持ちだ」
晴れて結界を解除する日を迎えた。
手がかりのマークを見つけたものの、それをどうするのかわからず、ずっと調べていた。
手で触れただけでは何も起こらず、手記を何度も何度もめくるうちに、白紙のページがやや黄ばんで波打っているのに気づいた。
古いものだからと見逃していたが、ふと閃いて火で炙ってみたら見事に文字が浮かんできたのだ。
柑橘類の汁で文字を書き乾かして作る炙り出しだった。
それには「魔力でなぞれ」と、書いてあって、恐らく手記の右下に描かれたパラパラ漫画の通りいになぞるのだと思う。
そして、魔力は指定がないので誰でも大丈夫だろう、魔術陣は背中に現れるようになっているので本人の魔力ではないはずだ。
少なくとも背中を見せられるくらい信頼出来る相手なら問題ないだろう。
いよいよそれを実行する時がやってきた。
ソニアスの背中を晒すので、儀式や式典ではなく魔導師塔でひっそり行うことになった。
そして誰の魔力でなぞるか協議の結果、聖女リナにお願いすることにした。
リンガルがやりたがったが、魔力の多さと安定さを考えると聖女が適任だったのだ。
付き添いはリンガルとラベラント様で、いつ解除してもいいと国王の許可もあり、今日魔導師塔の書斎に全員揃っていた。
ソニアスはシャツにトラウザーズ姿で椅子に座っていた。
「炙り出しだなんて、日本人ぽいですね」
背後に立ったリナがふふっと笑いながら言った、俺も同感だ。
「そうだな。リナ今回は引き受けてくれてありがとう」
「とんでもないです、こんな契約で縛っていたなんて信じられない。さっさと解除してしまいましょう」
「ああ、やってくれ」
シャツを脱ぎ魔術陣が広がる白い背中を差し出した。
「では、聖女様。よろしくお願いします」
「聖女殿、頼む」
「はい!」
リナが人差し指に魔力を集中させると輝きだした、躊躇いなくスタート地点に触れると終点まで一気になぞり描く。蒼く光り点滅した後にマークが消えた。
パンッとソニアスの中で何かが弾け、身体中を絡め取っていたものが一瞬で消え、体も心も軽くなったのがわかった。
ああ、結界が消えた。
「よかったわ、魔術陣が消えた。成功ね」
窓の外を見やると青空だけが輝いていて、結界の気配は欠片も残っていなかった。
外では数人のざわつきが聞こえてきたが、すぐ静かになった。元々魔力が多い者の目にしか映らない結界が消えていく様を見た者は少ないだろう。
こんな日が本当に来るとは、夢にも思わなかった。
結界だけが己の存在意義で、自分の生など無いのだと、考えてはいけないものだと思っていた。
それが今、解き放たれた。
「ソニアス、大丈夫か」
「ああ、世界が輝いて見える」
そっとシャツがかけられ、肩に置かれた手に自分のそれを重ねた。
リナとラベラント様はそれぞれ迎えが来て帰って行き、リンガルと二人きりになった。
プロポーズを受け入れたあの日、結局舞踏会の夜のやり直しはできなかった。
リンガルが、全てが解決してからやり直したいと言ったからだ。
ソニアスはやや緊張気味に口を開く。
「あの夜のやり直しを……今日したいんだが」
すぐに耳に熱い息がかかり返事があった。
「ああ、俺もそのつもりだ」
エスコートするように手を出され、ソニアスも手を重ねた。
そのまま寝室に行くのかと思ったら塔を出て城門に向かったので首を傾げた。
「このまま城門をくぐるのか?」
どんどん城壁に近づき、とうとう木造の大きな門の前まで来た。
もう大丈夫だとわかっているが、ここを超えるには少し勇気が必要かもしれない。
ソニアスは緊張していた。
やおら手を離し、リンガルが無言のまま門の向こう側へ行き振り返ってこちらにまっすぐ掌を向けて腕を伸ばした。
「お前の新しい人生の始まりだな」
ひとり歩いて来いと言っているのか、こいつわざとここまで引っ張って来たんだな。
確かに俺がこの先生きていくために必要な儀式かもな。自分の意思で行きたい所に行く、普通のことだが、それが普通でなかった己への決別だ。
迷いなく足を踏み出し、まっすぐリンガルに向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます