第23話

 寝台に倒れ込んだのが正午過ぎで、目覚めた時には夕焼けのオレンジが窓から見えていた。


 コンコンとノックの音が聞こえ、扉越しにリンガルが来訪したと言われ起き上がった。

「お休み中に申し訳ありません、騎士団長が到着されましたので一緒に行っていただけますか」

「わかった」


 書斎の前を通ると荒れていた部屋がすっかり片付いていた。

「もう片付けてくれたのか、すっかり任せてしまってすまない。助かったよ、ありがとう」

「壊れていた物を運び出しただけです。それより壊れた調度品は同じ物を注文なさいますか?」


 家具などは城からの支給品で、以前買った物は控えから同じ物を注文できるだろうが。

「いや、少し変えようと思う。見本帳があれば貸して欲しい」

「ではそのように手配しておきます」


 あのソファはもう不要だし、気分転換に変えるのもいいだろう。本棚以外何も無くなった部屋を見渡し、肝心なものが破損しているのに気付いた。

「転移の魔法陣が欠けてしまっている、階段で降りてもらうがいいか?」

「もちろんです」


 階段を一段一段降りながら、リンガルとどんな顔して会えばいいのか考えた。

 昨夜はあれで最後と思ってかなり大胆に行動してしまった。

 助けに来てくれた時はそれどころでなかったので平気だったが……。

 しかし、今日が本当に最後かもしれない。


 足取りが重く感じる。

 想いを伝えたい……、だが……。

 扉を開けると、いつもの騎士服姿のリンガルが厳しい顔で立っていた。


 どんな意味のその顔だろう、どう声をかけたらいいのかわからない。

 いつの間にかローブの男は消えていた。

 やはり気配が薄いやつだ。


「入ってもいいか?」

「あ、ああ。魔術陣が壊れていたから階段で上がってくれ」

 そうだ、上りも階段か。運動不足の自覚があるソニアスは階段を見上げ小さく息を吐いた。


「じっとしてろ」

「え」

 背中と腿裏に何か当たったと思ったら、足が浮き上がり、横抱きにされていた。

「あっ、おい。おろせ」


 細身ではあるがしっかりと男性の重みはあるのだが、リンガルの腕は安定していて、ゆっくり階段を上がっていく。

 正直助かった、先ほどまで眠っていたものの、尻の奥はいまだにジンジンしているし腰も痛かった。


「昨夜は無理をさせた、体は大丈夫か?」

「昨夜?何の事だ」

 どうせ忘れなければならない、酔っ払って何も覚えていないことにした。その方がお互いにとっていいはずだ。


 リンガルの足が止まり、目線を合わせてきた。

「覚えてないのか?」

 直視できず目を逸らしてしまった。

 またリンガルの足が動き出す。


「バルコニーに出たあたりから記憶がない、何か迷惑をかけたか?」

「……いや」

 沈黙が続いたが止まることなく進み、書斎を通り越して寝室に入ると、寝台の縁に座るように下ろされる。


 そしてリンガルはそのまま跪き、頭を下げた。

「リンガル?」

「まずは謝罪させてくれ。お前の目の前でガニュード子爵を殴り倒した。あんな男でも父親だ、目の前で殴るなんて配慮が欠けていた。すまなかった」


 なんて律儀な男だろう、実はボロボロになっていく姿を見ても何とも思わなかった。むしろ清々したくらいだ。

「謝るな。謝られると何とも思わなかった自分が冷たい人間みたいじゃないか。逆に感謝しているくらいだ、気にするな」

「そうか」


「ガニュード家はどうなる?」

 子爵は牢に入れられているらしい。

 宰相様がガニュード子爵家とドミネス伯爵家に密偵を送ったところ、召喚術を何度も行っていたことがわかった。律儀に記録を残していたそうだ、それもドミネス家と協同で交互にそれぞれの家の赤子に召喚した魂を封じ込めていた。


 それに加え、歴代の魔導師長の血と髪の毛が保管されていた。塔の入り口はその血に反応して開けることができたそうだ。

 王の許可なく召喚術を行うだけで謀反の罪なのだが、それに加え現魔導師長の俺に服従の首輪をつけようとしたのは一生牢から出られない位の重罪らしい。

 ドミネス伯爵家も当主が拘束されたそうで、最終的な量刑はまだこれからだとリンガルが教えてくれた。


「俺はどうなる?」

「お前は被害者だ。礎としてこれ以上ない位国に貢献していると、王も言っていた。心配するな」

「そうか、わかった。ありがとう」


 もう戻れと言う前に、すっと掌が差し出され、そこにはあの黒蝶の髪飾りがあった。

「それは……」

「忘れ物だ」

 そっとソニアスの左手に乗せられる。


 手にすることはないと諦めていた髪飾りが俺の手に。思わず右手で愛しいものを撫でるように優しく触れた。

「これは俺の?」

 知っているが、あえて聞いてみる。


「昨日頭につけただろ」

「見てなかったんだ」

 贈り物なら手渡しするのが普通だ、こいつが不精したせいで勘違いした。

「すまん、面と向かって渡しても受け取ってもらえないかもしれんと思ってな」


 確かに……、嬉しくとも文句は言ったかも。ちゃんと渡して貰えなかったのは自業自得なのか?

「けど、そんな顔で受け取ってもらえるならちゃんと手渡しすればよかった」

 リンガルがまっすぐ見つめて微笑んだ。

「え」


 俺、今どんな顔してた?もしかして嬉しそうにしてしまったか。

 しまった顔が熱い。

「なあ、本当は昨夜のこと覚えてるんじゃないか?」

「お、覚えてない」


「そうか、自分で言うのもあれだが、俺のは大きい。記憶がなくても何があったかわかるくらいにはな。後ろ痛いんじゃないのか、座り方おかしいぞ」

「えっ」

 図星を指され驚いて体が硬直した瞬間、腰に激痛が走った。

「うっ」


「やっぱり。……無かったことにしたいか?」

 ため息を吐き出すように呟いた。

 無かった事にしようとした俺に怒ってるんだ。


「どうして忘れたふりなんかしたんだ?後悔しているのか?」

「後悔だとかそんなんじゃ。無かったことにした方がお前には都合がいいんじゃないのか」

「何だと。どういう意味だ」

「王女との婚姻話が進んでるんだろう!俺が何も知らないとでも思ってたのか」


 言ってしまった、俺の阿呆。

 だが、気まずい顔をすると思ったリンガルは本気で訳がわからないという表情をしていた。

「はあ?王女との婚姻話なんてないぞ」

「え?」


「正確に言えば縁談話はあったが断った、王も承知だ」

「じゃあ、なんで王女は来たんだ。話を進めるためじゃないのか」

「まったく、誰に聞いたんだ。昨夜の舞踏会は集団見合いのようなものだ。魔物討伐に出向いた時に俺に興味を持ったらしいが、断ったら他に縁談先はないかと言ってきてな、だったら舞踏会で独身の貴族達と会わせてみようとなった」


 俺の早とちり、いや第一王子が騙したんだ。

 そうか、結婚しないのか。それを知っていたら昨日あんな事には……。

 ソニアスは後ろに倒れ込んで、両手で顔を隠した。

 猛烈に恥ずかしくて仕方ない。


「騎士団にも公爵家の独身副団長がいたから王女に紹介した。そこで話がまとまりそうだと聞いたぞ」

 ああ、王女の元へ行ったのはそれが理由か。

 つくづく己の滑稽さに嫌気がさす。


 あの第一王子の言うことを鵜呑みにして、勝手に悲劇にヒロイン並みに自虐になって愚かな行動をとってしまった。

 寝転んだ寝台が沈んだ気がして横を見ると、リンガルが寄り添うように寝そべっていた。


「なあ、プロポーズの返事聞かせてくれねえか」

 少し甘えるような声色で囁かれ、心臓が跳ねた。今聞くのか!ちょっと待ってくれ、頭の中をもう少し整理したい。


「……何故」


「今ならいい返事が聞けそうだしな」

 リンガルはニヤニヤしながら催促してくる。

 昨夜の痴態で俺の気持ちは見透かされてる。

「……いや、まだ手がかりのマークも見つかってないし、結界の解除方法を見つけるのが先だ」


「あっっ!」

 突然リンガルが大声を出して、しまったという顔をして片手を顔に当てた。


「……あったぞ、マーク」


「なにっ、あうっ……」

 驚いて起き上がり、また痛みに倒れる。


「おっ、お前、どう言う事だ。マークを見つけたのか!」

 あれだけ探して見つからなかったのに!

 一体どこに。


「ああ……。あー、お前の背中にあったぞ」

 俺の背中には結界契約の魔術陣が刻まれている、それをこの男が昨夜の……最中に見てその中に隠されたマークを見つけたらしい。


 それを聞かされた俺は、言いようのない居た堪れなさに頭から布団を被って閉じこもった。

 くくッと笑い声を布団越しに聞きながら、王女との婚姻話が間違いだった事に心底安堵していた。

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