第22話
魔術師塔の最上階、ソニアスの書斎にその姿はあった。
ソファに座らされた状態でソファごと縄で拘束されている。
意識がないのかぐったりとしていた。
窓からは日差しが差し込み、すっかり日が昇ったことを表していた
「まだ目覚めんのか」
「はい、薬がよく効いているようです」
ソニアスの側にいた黒いローブの男が答える。
問うたのはガニュード子爵だ。
「起きろ!お前に聞きたいことがある」
子爵は乱暴にソファの足を蹴った。
「……うっ」
その衝撃で目覚めたソニアスはゆっくり頭を上げると目を見開いた。
「父上……?」
「無様だ、魔導師長という地位はやはり飾りだな」
言い返せない、あの眠気はおそらく薬を使われたのだろう。普通に襲って来たなら対応が出来たのだが、知らず睡眠薬を飲まされたのならどうしようもないのだ。
回復魔法でも毒消しの魔法も睡眠薬には反応しない。
だが、どこで?口にしたのは水だけだ。客間の水差しに入っていたのか?リンガルが飲んでなければいいが。
「答えろ、宰相と第一王子が結界を解除するなどと言い出した。あいつらは何を企んでいる?」
不遜な態度は、まるで捕虜に詰問しているように見える。
「私は何も」
「では何を知っている?結界を消すには契約者が死ぬ以外にないはずだ。だがあいつらはお前を解放しようとしている、契約解除の方法はあるのか?」
首を振った。嘘ではない、まだ見つからないのだから。手記は宰相様経由でアズレイト殿下に返却してある、書庫にあれば奪われることはない。
子爵は息子を見ているとは思えない程冷たく見下ろしている。
「ふん、まあいい。お前も結界は必要だと進言しろ。そして何を企んでいるか探って知らせろ。もうすぐガニュード家は伯爵位になれる、こんな時に結界を消すなどさせてたまるか」
苛立っているのか最後は早口で吐き捨てた。
宰相様の言った通りだった、この人は権力を欲しているのだ。結界が継続すれば伯爵になれると信じている。やはり何か秘密があるのか?
「伯爵になる事と結界にどんな関係があるのですか」
「お前には関係ない事だ、知る必要はない。私の言う事を聞いていればいいのだ。ああ、だがノルヴァインの嫡男を誑かしたことは褒めてやる。せいぜい妾にでもなって侯爵家に取り入るがいい。結界以外にも私の役に立てる事があるとはな」
嘲笑する子爵を睨みつけた。
まともに会話した事がなかったが、こんな人だったなんて。
「なんだその目は、逆らう気か。ならばこれを使うだけだ」
ポケットから出したのは古びた鉄製の首輪だった、だが普通の首輪ではない。最初からそのつもりだったのか。
「まさか、服従の首輪。禁じられて処分されたはずでは」
文字通り服従させてしまう首輪だ、その昔国王に取り付けようとした者が出た為、全て処分するよう命令が出たと聞いていた。
ソニアスの動揺に子爵がニヤリと笑う。
「奥の手とは簡単に手放さないものだ。私の代で伯爵位を手に入れ、魔導師長を作り続ければ、ガニュード家はもっと認められ、もっと大きくなれる」
「は」
魔導師長を作る?耳を疑う言葉が聞こえた。
「父上、今のはどういう意味ですか」
ギロッと睨んでくる子爵は興奮しているのか目が血走っている。
「父と呼ぶな、お前など息子ではない」
ソニアスは目を見開いた。
息子ではない?意味がわからない。
「余計な事を言ったか。だが首輪をつければ何とでもなる、教えてやろう。確かに体は私の息子のもの、だがお前の魂は異世界から召喚したものだ」
息を呑んだ。
……何だって?
「結界を維持できる程の魔力保持者など、そうそう出てくるものではない。異世界人の魔力の多さは証明されていたからな、先祖たちも最初は普通に召喚を行なっていた。だが、嫌がったり逃げたり、召喚する方の魔力の消費も大きすぎて効率が悪かった。ある時、魂だけ召喚してしまい、たまたまそこにいた者に定着させる事に成功した。その者はそれまでの人格を失ったが魔力は十分にある上、記憶がない。扱うには都合が良かった」
それは、元の魂を追い出したということか。
信じられない、人を人とも思わない所業。
逃げ出せた召喚者も、何もわからないこの世界でどうなったことだろう。胸が痛い。
「ですが、私には幼少の頃からの記憶があります」
魂だけだと記憶喪失になると言うなら、俺はいったい。
「ふん、当たり前だ。産まれたばかりの赤子に定着させたのだからな」
「な……」
ソニアスの顔色がだんだん悪くなっていく。
「あなたは自分の息子を何だと思っているんですか」
「後継と予備で二人もいれば十分だ、お前の母が三人目を産んだのでそちらに回したにすぎない」
その口調からは何か思惑は感じられず、本当に材料が余ったから使っただけなのだろう。
ソニアスは心底がっかりした。
この人には愛情というものがかけらもない、家族すら野望を叶えるための手段なのだ。
ようやく母のよそよそしい態度の理由がわかった。
体は間違いなく己が産んだ息子なのに、魂が別人になった者を確かに息子と呼べるだろうか。それでも様子を見に来てくれていたのは割り切れなかったせいだ。
俺の魂が入ったこの体の元の魂はどこへ行ったのか。俺じゃなければ、本来の魂なら母も普通に可愛がってくれたのだろうか。
すまない、本物のソニアスの魂。
やはり召喚というのは
人生で初めて強い怒りを覚えた。
俺にある前世の記憶の謎が解けた。
魂の定着後は記憶を失くすが、きっかけがあれば思い出すのかもしれない。
俺とラベラント様のように。ドミネス家もきっとそうやって魔導師長候補を出していたのだろう。
止めなければ、俺の代でこのおかしなシステムを終わらせなければならない。
この男は父である事を拒否した、実際俺にとっても父ではなかった。
「ガニュード子爵、その企みはいずれ明るみにされる。もうやめてくれ」
攻撃しようとしたが魔法が発動しない。
くそ、やはりダメか。
「その縄には魔法を阻止する術をかけています、おとなしくして下さい」
黒いローブの男が忠告してきて驚いた。
やたら気配が薄く、そこにいるのを忘れていた。
子爵がゆっくり近づいて来る。
「無駄な抵抗はやめろ。そう言えばノルヴァインの息子と昨夜は楽しんだそうだな。女なら孕めたのに残念なことだ。だがこれからも寵愛されるように地味なローブではなく着飾らせてやるし、髪飾りも昨日の黒蝶などよりもっと派手な物を用意してやるぞ。ふははっ」
言い方がイラつくが、今髪飾りがどうだと言った?
「黒蝶の髪飾り?」
「もしかしてあの男の贈り物か?闇色の髪飾りとはずいぶん趣味が悪い」
あの髪飾りが寝台の横に置いてあったのは俺の頭から外したから?
俺の……?
あれは俺への贈り物だったのか。
よりによって黒蝶を王女への贈り物にするなんてと嫉妬してしまったが、黒蝶にしたのは俺の事を思って考えたからなのか。だとしたら最高に趣味がいいじゃないか。
目の前で子爵が立ち止まった。
「せいぜい私の役に立つんだな」
首輪を持った手がソニアスの首に近づいてきた。
「くっ」
俺の魔力なら首輪くらい壊せるか?
この縄さえ解ければ。悔しさで歯を食いしばった時、いきなりドオンッと爆破されたのかと思うくらいの音が近くで響いた。
「そいつに触るな!」
低音の聞き慣れた声の怒鳴り声が響いた。
蝶番の外れた扉の横にリンガルが威殺しそうな鋭い目をして立っていたのだ。
「お前っ、何故ここに入れた!」
子爵も驚き声を荒げる。
塔の入り口は外からはソニアスでなければ開けられない、どうしてリンガルは入って来れたんだ?
と、急に体の束縛が緩み自由になった。
何故と横にいた黒いローブの男を見るとウインクを返された。
「ガニュード子爵。謀反の罪で拘束する」
リンガルの凛々しい声が宣言し、子爵に向かって行く。
「謀反だと?何の事だ、私は知らない!」
子爵が魔法を発動しようとするのに気付き、ソニアスもすぐに魔力を放つ。
すると、子爵が放ったものがすぐ目の前で何かに弾かれ子爵に襲いかかった。
「何!、ぐあッ」
焦った子爵はリンガルの脇を抜けようと走り出すが、それも弾かれ尻餅をつく。
「な、何故!」
何があるのか確かめようと手を伸ばすと見えない壁に触れ、横に滑らせてもどこまでも壁が子爵を囲んでいる。壊そうとしても魔力はソニアスの方が上、まともに戦えば子爵に勝ち目はない程力の差は大きい。
風魔法の応用で空気の檻を作ったのだ。
困惑する子爵の視界に縄から逃れ立ち上がっているソニアスの姿が入り激怒しているが、声を張り上げて罵倒する姿は負け犬の遠吠えのようだ。
滑稽だ、父だと思っていた男の言う事を聞いて必死に修行をして、いつか褒めてもらえるのではと小さな希望を胸に礎になった。
だが、さらに疎遠になり温かい関係は諦めた。
不可抗力とはいえ本当の息子の魂は消え、この体を乗っ取った異邦者の俺に、家族など最初からいなかったんだ。
己の存在意義を根底から覆された。
「ソニアス、術を解け。俺が捕縛する」
はっと視線を上げると、優しく赤茶色の瞳が任せろと言っていた。
頷いて壁を消すと同時にリンガルが素早く右の拳で殴りつけた。吹っ飛んだ子爵を捕まえ抵抗する間を与えずに何度も殴る。
「魂がどうであれ、息子は息子だろうが!お前がそうしたんだ、だったら愛してやるのが筋だろう!」
「あっ」
リンガルはあれを聞いてしまったのか。
そして怒っている。
お前が、もう俺が諦めてしまったそれを言ってくれるのなら、もういい。
目頭が熱く視界が霞んでゆらめき、頬に溢れ落ちた。
この男が好きだ。
今、この言葉を言えないことがもどかしい。
「リンガル、その辺でやめておきなさい。やりすぎは処罰の対象になるのだから」
リンガルと一緒にいたのだろうか、頃合いを見て宰相様が入ってきた。
子爵は顔が判別できないくらい腫れ上がってぐったりとしている。
やりすぎを止めるのならもっと早くても良かったのではと思う。
リンガルはまだ殴り足りないのかフーフーと肩で息をして子爵を睨んでいる。
「殺しては裁くこともできないよ、連れて行って話が出来るくらいに治療を受けさせなさい」
宰相様がそう言うと、子爵を乱暴に担ぎ上げリンガルは出て行った。
残ったのは宰相とソニアス、それに黒いローブの男。
「君もご苦労だったね、もう少し彼についていてくれると助かるのだが」
「承知しました」
ローブの男は軽く会釈をし、ソニアスに向き合った。
「私は第六騎士隊の者です。ガニュード子爵家を探る為に潜入しておりました。手荒な事をして申し訳ありませんでした。もうしばらくお側にいることをお許し下さい」
ソニアスにも一礼をする。
第六騎士隊だったのか、どうりで気配がないと思った。隠密行動が得意なわけだ。
「縄を解いたのは君だろう?助かったよ、こちらこそ頼む」
「そのうちリンガルが戻るはずだから、それまで頼みましたよ」
ゆっくり休みなさいと言って宰相様も出て行った。
静かになった書斎を見渡すと自然と深いため息が出た。
机や調度品が壊れバラバラに散っている。リンガルが派手に暴れたせいなのだが、自分を助ける為だ責める事は出来ない。しかし、これからそれらを片付けるのかと思うと気が滅入る。色々ありすぎて疲れ切っていた。
「ソニアス様、
騎士隊の所属にしては物腰は城の侍従のように洗練されていて、ソニアスは感心した。
魔術陣が描かれた物だけ回収し、あとはローブの男に任せることにした。名前を聞いたが、そもそも第六騎士隊であることも言わないのが普通だと名乗らなかった。
ソニアスは簡単に風呂を済ませ寝台に倒れ込むと、昨夜の名残りもあり瞬く間に眠りに落ちた。
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