第21話

「ん……」

 目覚めると周囲はうす暗く、寝台に寝ているようだがやたら寝具が重い。どかそうと体を動かすとがっちりと何かが巻き付いているのに気が付いた。


「ん?」

 よくよく見ると立派な胸筋が目の前にあり、瞬時にどういう状態が理解した。

 自分はリンガルの腕の中にいる。

 そうだった、俺はこいつと。


 恐らくドロドロであっただろう体は清拭されてサラッとしている。拭いてくれたのか。

 その時リンガルが小さく身じろぎ、ソニアスを抱え直した。

 すぐに眠りを誘う魔法を使い男が目覚めないようにした。


 騎士であるこの男なら俺が動けば起きてしまう、出来れば眠っている間に塔に帰りたい。

 そしてもう会わない方がいいかもしれない。

 酔ってはいたが記憶はある、自分から誘ったことも覚えている。


 ふと、己の痴態を思い出し赤面する。

 一度イかされて、終わろうとしたこいつを引き留め、はしたなく煽った。

 酔ってはいたが、腰を打ちつけられて痛みから快感に変わり、あられもない声をあげたところまでは覚えていた。


 抱かれたら、いい思い出にできると思っていたのは間違いだった。

 あの体の熱をまた求めてしまいそうだ。

 だから、もう会わない。この男には婚姻が待っているのだから。


 腕の中から抜け出ようと身じろぐと腰に激痛が走り呻き声を上げそうになる、体のあちこちも痛い。

 不得手な回復魔法を使うが効果は薄く、マシになったくらいだ。それでもようやく寝台から足を下ろすことに成功し、衣服を探す為に魔法で小さな光を飛ばし少しだけ明かりを灯す。


 すぐ近くに水差しが見えたので先に喉を潤そうと手を伸ばし、はっとした。

 水差しの横に髪飾りが置かれていたのである。

「これは、あの小箱の」


 塔の部屋で見つけた、黒蝶にリンガルの瞳色の石をあしらった髪飾りだ。

 何故ここに……王女に受け取って貰えなかったのか?

 女性に黒い装飾品というのは難しいのかもしれないな、俺なら喜んで受け取るのに。


 ソニアスはそれが己とは関係ないものとして、手に取ることもしなかった。

 水差しを持ちカップに注ぐと飲み干してひと息つく。

 着替えはどこかにあるはずだが、時間を惜しみ昨日剥ぎ取られた衣装をよろよろと拾いながら身に着け、扉をそっと開き客間を後にした。


 異変を感じたのは長い回廊を抜け、塔への道に差し掛かったところだった。

 やたら眠いのは疲れのせいだろうか。

 瞼が重く、意識が今にも途切れそうなのだ。


 とにかく体がだるい、性交のダメージかと思ったが、この眠気は変だ。

 まだ空は薄暗く夜明け前で、人影もなく何故か巡回の騎士も見当たらない。

 塔に行くまでは木々も多く、ここで倒れたら見つけてもらえるまでに時間もかかるだろう。


「とにかく塔へ……」

 足を進めようとするが力が入らず、とうとう膝を地面についてしまった。

 そのまま伏してしまわないようグッと耐えていると、足音が聞こえ誰かが近づいて来るのがわかった。


 助けを求めようと振り向こうとしたが、その前に口を布で塞がれ視界も奪われ、抵抗もできず意識は落ちた。


 

 

 リンガルが目覚めたのはカーテンの隙間から朝日が差し込んでからだった。

「ソニアス?」

 隣にいるはずの姿がなく、起き上がって見渡しても気配すら感じられなかった。


 すぐ横に寝ていた者が扉から出ていくまで俺が気付かないなどあり得ない。

 何かあったかと疑ったが、ソニアスの衣服が全てなくなっていると気付き否定した。

 きちんと着て出て行ったなら、顔を合わすのが照れるとか風呂に入りたかったという理由かもしれない。少なくとも自分の意志で出て行ったということだ。


 あいつ俺が目覚めないような魔法でもかけたんじゃ。

 初めての朝は、もっと世話を焼いてやりたかったんだがな。

 体は大丈夫だっただろうか。


 俺も塔へ行くか。

 伝えなきゃいけない事がある。


 衣服を拾い身なりを整えると、髪飾りを置いていたことを思い出し手に取った。

 寝台に寝かす時に外した物だ。

「あいつ、髪飾り忘れてる」

 キラキラしたあいつの銀髪に黒蝶がよく似合っていた。


 それはソニアスが飛ばす伝言蝶を模した物だった。本人が知らないだけで、この髪飾りはソニアスの物だったのだ。

 知らないのは面と向かって渡さなかったリンガルのせいである。

 髪飾りをポケットに入れ、足取り軽く客間を出たリンガルは塔に向かうことにした。


 歩きながら昨夜の出来事を思い返す。

 酔っ払っているとわかっていたが、ソニアスから口づけをされて、さらに抱いてくれと言われて止まれる程枯れてはいない。


 それに俺のを……無理だろう、怪我をさせないようにするので精一杯だった。

 あいつの綺麗な裸体が脳裏から離れない。

 そして背中の模様。

 

 滑らかな背中には一面に刺青のような魔術陣があった、あれが結界契約だろう。

 そしてその中に隠すようにそれはうまくデザインされていた、探していたあのマークが見えたのだ。


 どこを探しても見つからないはずだ、本人の背中にあるなど誰も考えつかない。

 最中に見つけてしまい、その場は欲を優先してしまったが、とにかく早く伝えてやりたい。

 歩みを早めたリンガルだったが、その足を止める者がいた。


「あなたは……」

「厄介な事になりました。同行していただけますか」

 ヘーゼルナッツ色の髪に新緑色の瞳、すらりとした体躯のその貴族は、レイニード・ドゥーべ。ドゥーべ辺境伯の嫡男であり騎士団第六騎士隊隊長、つまり諜報隊の隊長である。


 感情の読めない顔で現れ、連れて行ったのは宰相の部屋だった。

 出迎えた宰相は挨拶もそこそこに告げた。


「ソニアスが攫われた」


「は?」

 開口一番にそう言われ絶句する。

 まさか、あの客間に侵入者があったのか?

 だが、あいつがそう簡単に不覚を取るだろうか。


「ソニアス殿は客間を出た後、体に異変を起こし動けなくなったところを何者かに拉致されました。とはいえ今は魔術師塔に監禁されていると思われます」

 レイニードが補足した。


「魔術師塔だと?やけに詳しいじゃねえか、第六隊は攫われるのを見ていただけか」

 それは、何者かに囚われ塔に入っていくまでを見ていたという事だ。

「第六は騎士ではありますが、ほとんどの者の戦闘力は中の下。今回は相手に勝てないと判断し、奪還するより監視に切り替えただけです」


 そう言うレイニードも剣を持つようには見えない程痩身だ。

 それが真っ当な判断だとわかるが、やはりやりきれない。

「くそ、すぐに塔へ行く」

 リンガルは今にも塔へ駆け出しそうになっていた。


「待ちなさい、もう少し聞いてから行くといい」

 宰相が引き留め、レイニードを見やった。

「ソニアス殿が運ばれた後に、ガニュード子爵が塔に入っていくのを確認しました。攫ったのはガニュードの手の者でしょう」


「聞いての通りだ、犯人がガニュードなら命を取るのが目的ではない。作戦を立てよう、材料はほとんど揃っているのだ一掃しようではないか」

 渋々飛び出して行くのを諦めた。

 くそ、待ってろソニアス。


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