第18話
その日から、リンガルはやはり塔に泊まるようになり、ほとんどの時間を一緒に行動するようになった、どうしても行かなければならない時だけ交代の騎士が来る。
もちろんガニュード家、ドミネス家と関わりがない者を選んでくれている。
王女の警護体制については、おおまかに指示を出し、あとは副団長に任せたそうだ。
縁談相手のことなのにそれでいいのだろうか。
聞いてみたいが、俺が口を出す権利はないので聞けていない。
ガニュード家の監視も第六騎士隊が動いてくれているのか気配すらなく、肝心の探し物が見つからない以外は平和な日々だ。
宰相様からの呼び出しもないので特に進展もないのだろう。
何だか気が抜けてしまい、緑茶をすすりながらぼんやりと窓の外の青空を眺めていた。肌寒い季節になってきたが、お昼を過ぎ日差しが窓に差し込んでぽかぽかしている。
「フレア国の王女が来る日程が決まったようだ。十日後に到着、五日間の滞在予定で翌日に舞踏会、残りはお茶会と文化交流だと」
仕事中なのでリンガルは書斎の入り口に立ったままそう伝えてきた。
とうとう来るんだな。
気にならないと言えば嘘になるが、前ほど心はざわつかない。
「そうか、それでその間お前は王女の警備につくのか」
当然そうなると思い口に出したが、リンガルの反応は違った。
「はあ?何言ってる。今の俺はお前の専属護衛騎士だ、王女につくはずないだろう」
え、そうなのか。
もう縁談が固まっている場合はそうなるのか?いや、別で時間を作るのかもしれない。
「そういや、舞踏会だが。宰相からお前も連れ出せと言われたんだ、確かにここよりか人目のある城にいた方がいいと俺も思う。だから、お前参加しろよ」
そうか、舞踏会だ。
宰相様が護衛と一緒にと言っていたのは、舞踏会で王女とリンガルを会わせるつもりだったんだな。
俺が参加しなくてもその日は城に泊まることになっている。護衛を誰かに交代すれば舞踏会へ参加できるが、俺が参加した方が手間が省けるし気を使うこともないだろう。
「わかった」
「えっっ」
参加しろと言ったリンガルが驚いている。
「わかったと言った。そうして欲しいんだろう」
「いや、そうなんだが。お前舞踏会とか苦手なんじゃないのか」
「参加すると言ってる、文句あるのか」
「そうじゃなくて、嫌がると思ったんだ。本当にいいのか」
「いいと言っている、くどいな」
ぱっと表情を明るくしたリンガルは、それなら服を用意させてくれと言った。
「一応持っている。一般的なのと魔導師は正装用のローブもあるからな」
「それもいいが、この際に新調しないか。実はもうほとんど出来上がっているものがあるんだが、それを着て欲しい」
確かに俺の服と言えば、三年前に作ったもので、古臭いと言われかねないが。
王女の前でダサい格好をするなということか。しかし、もう手配しているなんて。
「採寸した覚えはないが」
「仕立て屋に型紙が残っていた、体型はほとんど変わってないだろ。俺のを作るついでにソニアスのも発注しておいたんだ」
ずいぶん気を使わせてしまったようだ。
「そうなのか、では請求は俺に送ってくれ」
「そうじゃなくて。これは俺からの贈り物として受け取ってくれ」
ソニアスは首をかしげた。
贈り物など俺にはもう必要ないだろうに。
以前、贈り物を用意してからプロポーズしたかったと言っていたが、それの代わりか?
それこそ要らない物だ、もしかしたら謝罪に近いのかもしれないな。そうなら受け取ってやった方がいいのかもしれない。それでこいつの気が済むのなら。
「まあ、お前がそう言うなら。ありがたく着させてもらおう」
頬を緩ませて嬉しそうに笑うリンガルを見ていると複雑な心境になる。
きっとこうやって過ごせるのもあと少しだ。
護衛騎士五十人程に囲まれた品のあるレリーフの大きな馬車が門をくぐって入ってきた。
城の正面入口は塔から見えないので、降り立つ姿は見えない。
あれから十日何事もなく、今日フレア国の王女が到着した。
リンガルは出迎えに並ばなくてはいけないとあちらに行っている。
今俺の護衛は何度か来てくれている第二騎士隊のイグニスだ。エリート集団の隊所属とあって魔力量もそれなりに多く、鍛えられた体に剣も強そうだ。ちなみに顔もかなり整っている。この第二騎士隊は狭き門らしく今は五人しかいないらしい。
かなり厳しい条件で護衛の人選をしたそうだが、そんな貴重な人材を回してもらってもいいのだろうか。
「本当なら王女の出迎えに並ぶはずだっただろう。こんなむさ苦しいところですまない」
そう言うと、イグニスはとんでもないと首を振り。
「麗しい魔導師長殿の護衛ができて光栄ですよ、お近づきになりたくて私は自分で手を上げました。それにここがむさ苦しいのであれば、騎士団などゴミ溜めのようですよ」
なるほど、出来る男は口も上手いな。
ふふっと笑うとイグニスも微笑む。
「花も霞む美貌の君の笑顔が見れただけでも役得です、帰ったら自慢させてください」
何だ、その変な異名は。
「イグニスはお世辞が上手だな」
「まさか、私の本心ですよ」
出来る男はたらしでもあるんだな。きっとモテることだろう。
「それにしても団長は王女との縁談どうするおつもりなんでしょうね、魔導師長殿も心休まりませんでしょう」
「もう婚姻は決まりだろう?何も困ることはない」
「なんと、そこまで話は決まっていたとは。残念です、私の入る隙は無さそうですね。おめでとうございます」
若干わざとらしく右手を腹部に添え笑顔で頭を軽く下げた。
友人の俺に言うのは変じゃないか?
「何故私に祝いの言葉を言うんだ?」
「え?」
「え」
イグニスはとても驚いて目を見開いて、口を手で覆い心なしか顔色も悪い。
どうしたんだ、体調が悪いのを我慢していたのか。
「イグニス、体調が悪いなら無理することはない」
「いえっ、体調は問題ありませんよ。それより魔導師長殿、先程婚姻が決まったと言ったのは……」
「王女とリンガルの婚姻だろう?」
今度は頭を抱えて前屈みで震え出したぞ。やはり具合が悪いのではないか。
ソファに座るよう言おうとしたところで来訪者のベルが鳴った。
「団長が戻ったようですね」
一瞬で顔と姿勢を正し、何もなかったように振る舞っている、さすが第二騎士隊のエリートだな。
イグニスを連れリンガルを迎えに出る。
「異常ありませんでした」
「後は通常勤務に戻ってくれ」
「は」
敬礼をして背中を向けたイグニスが、一度だけ振り返って肩を揺らしながら去って行った。
大丈夫だろうか、どこかで休んでくれればいいが。
「ソニアス、宰相から伝言だ」
ガニュード家の動きが心配だから今から城に来るようにとのことだ。
必要な物は揃っているからと手ぶらで用意された客間にやって来た。
通された客間は舞踏会の会場から一番離れていて、やはり囮にされたのではと疑いたくなる。
とはいえ、部屋は賓客クラスだ、広い応接にはテーブルを囲むように大きなソファーが並び、隣の寝室には天蓋付きの寝台、塔とは大違いの大きな風呂場。調度品も高級な物ばかりだ。小旅行に来たと思って満喫してやろう。
目を輝かせながらキョロキョロとするソニアスを温かな目で見る男が何故か今日は遠くに立っていた。
何でそんなに離れてるんだ、と言いかけて恥ずかしくなった。あいつはいつも通り扉の定位置にいる、部屋が広いせいで遠くに感じるだけだ。
「で、俺はどうすればいいんだ」
「今日はこの部屋から出ないでくれ、必要な物があれば手配する。食事もここに運んで貰う、食べたいものがあるなら言ってくれ」
少し考えて、食事は何でもいいと返事した。
皿に盛られた菓子はテーブルに置いてあるし、ティーセットもチェストの中にあった。
「せっかくだから広い風呂でも楽しもう、その後ティータイムだ」
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