第17話
数日経ってから宰相様から呼び出しがあり、執務室に案内された。
隣国の王女の警護について意見を聞きたいとのことだ。
部屋には机に向かう宰相様のみで補佐官などは不在だった。
「よく来てくれた、座って待っていてくれ」
忙しいのだろう、机には書類が大量に積み上がっている。
シャシャとサインをする音が途切れ、カチャカチャと食器の音が聞こえたので視線を移すとお茶の用意をしていた。
ソニアスは慌てて立ち上がった。
「宰相様、私がいたしましょう」
「大丈夫だ。今日は補佐官が出払っていてね、おもてなしは私の仕事だ」
器用にお茶を入れテーブルに菓子と一緒に並べる。
「さて」
ソニアスの向かいに座ると左手を振り払った。
「もう喋って大丈夫だ」
「隠蔽魔法ですか、見事です」
「黒い蝶が突然ここに現れた時は驚いたよ」
「申し訳ありません、城の侍従達を渡り歩くように飛ばしたので」
宰相ジルヴェスタはふっと笑った。
「ああ、構わないよ。そうする必要があったということだね」
「はい」
ガニュード子爵の接触と塔への侵入について話をした上で、ラベラント様の様子を聞くと深刻な顔をした。
「そうか、ガニュードも動いたか。ドミネスがラベラントを返せと言ってきてな、強引に連れて帰ろうとしたので彼には私の息子と避難してもらっている」
「やはりそうですか。守ってくださってありがとうございます。安全な場所にいるなら安心です」
「ラベラントは私が守るよ、必ず。どうやら両家にとって、礎を解放することは都合が悪いようだ」
「どういうことですか」
「魔導師長候補を出すと謝礼として国から給付金が出ることは知っているか?」
給付金?金が出るのか!
「いえ、初めて聞きました」
「やはり本人には知らせていないか、ラベラントも知らなかった。実は養育費としてそれなりの金額をそれぞれの家に払っている。過去の支払い歴を確認したら、全てドミネスかガニュードだった」
「まさか、他にも魔導師の家系はあるのでは」
「全てだ。さらにドミネスは途中で子爵から伯爵へ爵位が上がっている。そしてドミネスは以前から、ガニュードを国に貢献しているからと伯爵位への
ドミネス伯爵家とガニュード子爵家は繋がっているということか。
「そのふたつの家からしか候補が出ていないのは不思議ではないか?」
「結界を維持するには一定以上の魔力が必要です、他の家系からはそれを満たす魔力の者が現れなかったのでしょうか」
「もしくは作ったか」
「まさか……」
故意に大量の魔力を持った子供を産むなど可能なのか?魔力の属性は遺伝するが、魔力量は必ずしもそうではないはず。
仮に俺に子供がいたとしても俺と同じ魔力量を保持しているとは限らない。
「では何故、君とラベラントのように転生者が多いのか。私はこれが答えだと思っている」
「答え?」
「魔導師の家系としても、国への貢献者としてもこの両家は今、貴族の支持者を増やし力を持とうとしている」
「権力を得るためには礎の存在が必要ということですか」
「そうだ。そして候補者を確実に出すために召喚術を行っているのではないかと疑っている、もしそうなら処罰の対象だ。もちろん君達自身については考慮されるだろう。生家のことだ、どう思う?」
宰相様の話には衝撃を受けた。
召喚は王命のもと行われるものだ、それ以外で行ったとすれば重罪。が、実家がどうなろうとどうでもいい。巻き添えはごめんだが。
「ガニュード家は私にとって家族ではありませんでした。今更何か思うことなどありません。それより、私とラベラント様が召喚者だと言うのですか?」
この体は間違いなくこの世界の人間のものだ、髪も瞳も前世ではありえない。それにここで生まれ育った記憶もある。
召喚術は異世界からその人物そのものを召喚する、仮に赤子を召喚したとしても、見た目は元の世界のまま成長するはず。
召喚ではなく転生させる術など聞いたこともない。
「召喚者であれば魔力量に問題はない、そう考えるとしっくりくると言う話だ。この度議会で結界解除を提案し、丁度そこに隣国から王女の縁談話が届いた。隣国と同盟を結べば有事の際に有利になる。今の騎士団であれば十分な強さもあるし、ましてや聖女様もおられる今であればと王も理解を示された。議会では両家を支持する貴族達は反対しているがね」
縁談と言われて胸に痛みが走ったが、今はそこに気を取られてはいけない。
「だから焦っていると言う事ですか」
「先に解除方法を探して取り込むか潰してしまおうとしているのではないかと思う」
ゾッとする、良かった手記を取られなくて。
「やはり両家でもその方法を把握していないということか。ですが、許可が出てしまえば結局俺が死ぬ事で結界は無くなるのでは」
最悪、俺はこのままでも仕方ない、候補者に引き継がなければいいことだ。
「そうだね、でも無理やり継承させてしまえば殺してまで解除をすることを王は許さないだろう。そうやっているうちに意見を覆せばいいと思っているのではないだろうか」
宰相様の言う通りだ、だとしたら早く解除方法を見つけて守らなければいけないが。
しかし……。
「お聞きになっていると思いますが、手がかりがどこを探しても見つからないのです。それに、ガニュード家の魔導師がどこで見ているかわかりませんし、俺は動けません。いっそ解除方法など見つからない方が良いのでは。俺が最後の礎として終われば良いことです」
途端に宰相様は呆れ顔を見せた。
「ラベラントの言った通りだな」
「え」
「ソニアスならそう言うだろうと言っていたのだよ。私に考えがある、ソニアスには手がかりを探して貰いたい。ただ、ラベラントは手を引かせる、申し訳ない」
「いえ、それは当然です。ラベラント様は俺より危険なはず」
俺なら監禁されても殺されることはないだろうが、ラベラント様はもう礎として役目を終えられた、邪魔になれば何をされるかわからない。
「すまない、その代わりガニュードの監視の目は第六騎士隊に追い払わせる。確かそこにはガニュードやドミネスの家の者はいなかったはず」
「第六……?」
第六騎士隊だって?
噂でしか聞いたことがないが、諜報特化の隠密隊だ。本当にあったのか。
「おや、会ったことは無かったか」
「はい」
「まあ、あそこは訳ありの者も多い。会わない方がいいだろう。正式に護衛もつけよう。アズレイト殿下には何も知らせず書庫に籠っていただく、危険に晒すわけにはいかないからね」
「わかっています。十分です」
退室のため立とうとすると、手で制される。
「それとついでに。フレア国王女の歓迎舞踏会を開く予定だ、ソニアスも出席して欲しい」
「は」
ポカンとする俺の顔を見て、宰相様はふっと笑った。
「ラベラントが可愛がるのもわかる気がする。無理にとは言わないが、護衛が一緒なら大丈夫だろう」
普段からそういう場に行かないのを知っているだろうに。
「私はそういった場所はあまり」
「舞踏会の間は人はそちらに取られる、塔にいて何かあってはいけない。人目がある方がいいのだ。部屋を用意する、その日は城に泊まりなさい」
親切なのか餌にしようとしているのか、この人の腹は読めないが塔にいるよりいいのかもしれない。
「はい、ありがとうございます」
満足そうに微笑んだ宰相様に退室の挨拶をして部屋を後にした。
「なんでお前がいる」
夕方、塔に来訪者があった。
宰相様の言っていた護衛騎士がやってきたのだろうと扉を開けると、朝追い出したはずの男がそこにいた。
いつもの騎士服で腰に剣を下げ堂々とそこに立っている。
「つれない事言うな、泊まりはしない。様子を見に来ただけだ」
何のために帰らせたと思ってるんだ。
俺には護衛騎士が……。
「宰相様から俺に護衛騎士がつくと聞いているが、いつ来るんだ」
辺りをキョロキョロと見渡しても他に騎士はいない、少し離れた植木の間にチラリと見えたがあれは巡回騎士だろう。
まさか、リンガルが?
ソニアスは綺麗に整った眉を歪ませながらリンガルを睨んだ。
「……俺だ」
右手人差し指で頭をかきながらぼそっと言う。
瞬間に扉を握っていた手に再度力を込め引っ張った。扉が閉まる直前、ガッと音をたて何かが挟まる。下を見るとリンガルが靴先を突っ込んでいた。
それに怯んでいる間に今度は大きな手が扉を掴み、壊れるのではと思う勢いで開く。
「うっ」
手を離しそこねたソニアスはその勢いのまま外に放られ、どこかに着地したと思ったら太い両腕ががっちり巻きつき、すぐさま逃げられないようにぎゅうっと抱き締められていた。
あっという間の出来事でソニアスはぽかんとしてしまった。両腕ごと拘束されてしまったので腕力では逃げられそうにない。
「騎士相手に逃げられると思うなよ」
いつもより低い声で告げると、そのまま持ち上げ塔の中に連れて入った。
扉を閉めるために片腕を外されたが、初めて見るその様子に抗うのをやめ、リンガルを見上げる。
扉が閉まる音がしたと思ったら、外されていた腕が戻り、またぎゅうっとされる。
長い付き合いだが、俺の前で怒りを露わにしたことは一度も無い。
だが今、全身から怒りを感じる。
「リンガル?」
「俺が護衛するのはそんなに嫌か?そんなに信用できないのか?」
苦しそうな顔でそう吐き出した。
嫌なわけない、信用もしている。ただ、お前の邪魔だけはしたくない。。
「嫌とか信用してないとか、そんな事じゃない」
「じゃあ、何で俺に言わないんだ!宰相から聞いたぞ」
ビクッと肩が勝手に揺れる。
宰相様、全部喋ったのか。
「それは……」
「何だ、言い訳なら聞いてやるから話してくれ。お前に一番近いのは俺だと思っていたのに、宰相から事を聞かされた俺は情けなくなった。俺は頼りにならないか?」
最後は弱々しく思わず漏れたというような呟きだった。
いつも強くて自身に満ちた赤茶色の瞳が、今は揺らいでいた。
今まで散々甘えておいて、肝心な時に他を頼るなんて、今までの関係を無視した行為だった。
しまった、俺はリンガルを傷つけたんだ。
やり方を間違えた。
「なあ、俺はそんなに弱いか?」
そんな事ない、俺が弱かっただけだ。
今離れなければ、もっと辛くなるとわかったから、俺がお前から逃げたかったんだ。
「ごめん」
かろうじて動く肘を曲げ掌をリンガルの背中に沿わせ、額を擦り付ける。
覆っていた怒りが鎮まり、俺の頭も冷静になってくる
成り行きに任せようか。
王女との婚姻までは友人として側にいよう。笑って祝って、離れるのはその後でもきっと大丈夫だ。
「ガニュード家の狙いがわからなかったから、距離を置いた方がいいと思ったんだ、宰相様に話したのはラベラント様のことがあったからで。リンガルが正式に護衛してくれるなら、これからはお前に頼ってもいいか?」
さらにぎゅっと抱き締められ息が詰まりそうになった。
「おいっ、苦しい」
「もちろんそうしてくれ。だいたいソニアスは俺の誓いを軽く考えているだろう、騎士の誓いは重いんだ。そのうち分からせてやるからな」
何やら不穏な文言が聞こえたが、まあいい、とりあえず落ち着いてきたか。
「わかったから、そろそろ離してくれ。苦しいんだ」
背中をポンポンと叩くとそっと腕を緩められた。
「お前の口からも聞きたい、話してくれるか」
「ああ、全部話すよ。お茶を淹れよう」
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