第13話

「リンガル、お前っ」


「落ち着け、俺が騎士団長になった時に説明を受けたんだ。口外を禁じられているから誰にも言ってない、今まで必要がなかったからお前にも言わなかった」

 そうなのか?そこまで知っているのは王と王子、宰相くらいかと思ってた。騎士団も知らないと困ることもあるのか。


「もしかして、俺に護衛がついてるのか?」

「護衛というのではないが。塔の周辺だけ多めに配置している、それらの騎士はただの見回りと思っているだろうが」

 そんなの気付かなかった。


 ふと、ラベラント様の言葉を思い出した。

 巻き込めばいい、頼ってみなさい。と。

 このことを知っていたのかもしれない。

 いいのだろうか。


「なあ、俺は今でも護衛だ、お前を守る権利がある。だから俺を頼ってくれ」

 守る権利って何だ。

 リンガルの赤茶色の瞳が真剣だと語っている。

「いいのか、王への反逆だと取られかねないぞ」


 リンガルはにっと口角を上げて、片膝を床につき右手で立ったままのソニアスの左手をそっと掬い上げた。


「貴方は私が守る、この命ある限り生涯の忠誠と愛を誓う」


 チュッと左手の甲に口づけが落とされた。

 それは、この国の主に騎士が行う正式なプロポーズの言葉だった。

 跪き愛と忠誠を宣誓し、了承の言葉は「許す」だ。

 騎士がふざけて口に出せる言葉でないことはソニアスでもわかる。こいつは本気だ。


 ここまでするとは、もう呆れるしかない。

「お前……」

「俺の忠誠はソニアスのものだ。もう諦めろ」

 この男がここまで強引だったことは今までない、俺が何を言ったところで引くことはしないだろう、と一気に力が抜けた。


 そうだな、少しくらい頼ってもいいのかもしれない。

 一度深呼吸をして懐から一冊の古ぼけた書物を取り出した。

「座れ、とりあえずこれを読んでみてくれ」


 ソファに座り、置きっ放しの酒をひと口呷る。

 言わなくてはいけないことが多すぎて、俺には頭の中を整理する時間が必要だ。

 今日は色々ありすぎて疲れた。

 まずは手記を読んで貰って、その間に頭の中を整理しよう。


「これは?」

 リンガルは受け取った後、題名のない表紙を見てからひっくり返して眺めている。

「先に言うが、持って帰らずにここで読んでくれ。これは初代魔導師長の手記だ」

「そんな物があったのか」

 ぱっと驚いた顔を向けてきた。


「これが第一王子殿下から預かったものだ、王族の書庫で探し出してくれたそうだ」

「くそ、あの王子。やけに自信ありげだったのはこれか」

 やはり、先程何か言われたんだな。

 小さく舌打ちまで聞こえたが、聞いてないことにしておこう。


「とにかく読んでくれ、でないと説明が難しいんだ」

「わかった、が。そうすると今夜はここに泊まることになるが。いいのか」

 やけに言いづらそうにするな、いつも酒盛りの後は泊まっていく癖に。


「ああ、俺は今から湯を浴びてくるから適当にしていてくれ」

「え、おい」

 呆気に取られているリンガルを残し、さっさと風呂場へ向かった。

「あいつ、さっき俺に襲われたこと忘れたのか。それともさほど意識もされていないのか」

 リンガルは頭を抱えた。

 

 


 魔導師塔の風呂場は両腕を広げられる位の部屋に四角い湯船が置いてあるだけだった。

 この国の湯船は楕円形だ、初めて見た時は何故四角いのか不思議だったが、転生者と聞いてなるほどと思う。日本の一般家庭の風呂は概ね四角だったはず。


 お湯は魔道具に魔力を流すと、湯船の上の天井から湯が降ってくるようになっている。

 ソニアスはお湯を降らせると、湯船の中に膝を抱えて座った。肩まで浸かれるほどの深さがあり、いつも目一杯溜めてから入っていたが、今日はお湯に打たれながら項垂れた。


 ぬるめのお湯が銀色の髪を滑り落ち湯船に溜まっていく。

 ほんっとうに疲れた。

 電源マークも探さなきゃいけないし、リンガルに手記について説明しなきゃ、やっぱり転生者についても言うしかないよな。宰相様も動いて下さっていることも。


 そしてプロポーズの返事、殿下へは即決できたのにリンガルへの返事は迷うなんて。

 迷う?断るのを迷うのか?

 違うな、愛している、と言われた瞬間嬉しいと思った自分がいた。

 キスだって嫌じゃなかった、むしろ気持ちよかったし。


 リンガルの熱い舌に口の中を縦横無尽に舐められた感触を思い出し、体が熱くなった。

 降り注ぐ体を伝う湯にさえ、おかしな反応をしそうになる。

 くそ、あいつなんか慣れてなかったか。


 ソニアスはよく言えば箱入り育ちだ、他者との交流はほとんどなく、学園生活においても授業が終わると塔に通い、休日も同じで友人とお茶を飲むことさえしてこなかった。それは貴族としての繋がりを必要とせず、むしろ変な繋がりが魔導師長になった時に不都合が起きるのを防ぐためだ。


 そんな状況で恋愛できるはずもなく、恋バナすらしたことのないソニアスは恋愛面では幼児以下で、性欲もあまり感じたことがなかった。

 つまりまっさらなのだ。


 誰にも触られたことのない快感を知らない体はリンガルの口づけひとつに翻弄されても仕方ない。

 確か前世でも童貞のままだったはずだ。

 だから、仕方ない。本人の意思とは関係なく兆したとしても仕方ないのだ。

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