第10話
今夜行く。
朝になり、珍しく来訪の予告の手紙が届いた。
寝不足でぼんやりしたまま読み、誰からの手紙か理解するのに間を要した。
慣れない事するからだ、手紙ならちゃんと書け、何だこのひと言メモは。貴族の教育はちゃんと受けただろうに、すぐにわからなかっただろうが。
署名があったのでリンガルからと気付いたが、昨日のラベラント様の言葉を思い出してちょっと構えてしまったじゃないか。
狼狽えたことに少し恥ずかしくなって責任転嫁してしまい、それに気付き肩を落とした。
「もう、何をやっているんだ俺は。らしくない」
俺の魔力はこの国で一番多い、結界に魔力を取られていても大体の魔法は使える。
属性も限られない。ここではひとりで何でもしなければならない為、学園時よりこの塔に通って魔法を修行してきたのだ。何かあったとしても自分で対処できるはずだ。
「よし、気を取り直してご飯でも炊こう。そうだ、焼きおにぎりでも出してやるか。塩だけでも十分美味しいだろう、おかずは魚がいいだろうか。夜が楽しみだ」
ご飯が炊けるまで塔の中を調べることにした。書斎と寝室の壁や家具の下、ラグの下も見たがマークはなかった。
ご飯が炊けたので全ておにぎりにして、ひとつは朝食として食べ、残りは保存魔法の陣がある棚に入れておく。
「さて、続きをするか」
この塔には、料理場の他に風呂場、書庫や魔道具倉庫、小さいが一応侍従用の部屋もある。昔は使用人も一緒に住んでいたのかもしれない。
でも、皆が転生者なら自炊できたのではないだろうか、食事は城の厨房に言えばいいので料理場はお茶を淹れるくらいしか使わない。なのに調理器具なんかは案外充実しているのだ。
料理場も壁や床に何かないか探したが、見当たらない。その他の部屋もやっぱり何も見つからなかった。
ボタンのようなものを想像していたから壁のどこかかと思ったけど、違うのか?
もう一度書斎から見ていくか。
最上階へ戻り、今度は調度品や装飾品、ペンなどの備品まで見ていったが、やはり見つからない。
この塔に必ずあるとは限らないが、何か見落としているのだろうか。
代々引き継がれているような物はこの塔だけだし、手記をもう一度読んでみてもいいのかもしれない。
ふと気付くと外はすっかり暗くなっていた。
「ああ、もうこんな時間。厨房に魚と酒を貰いに行かないと」
リンガルが来る前にと城の方に走ろうと飛び出すと、近づいて来る人影が見えた。
向こうもこちらに気付いたのか腕を振り上げる。
「おーい、どこに行くんだ。今夜行くって手紙出しただろうが」
もう来てしまった、間に合わなかったか。
辺りは薄暗くよく見えないが、いつもの騎士服ではなく、シャツとジレを着ているようだ。
「もっと後だと思ったんだよ、時間なんか書いてなかったじゃないか」
「うっ、そりゃそうだが。すまん、都合悪かったか?」
月光の中、頭をかきながら気まずそうにしゅんとするのがシルエットでわかる、犬がクーンと鳴いている姿を想像してしまった。
これじゃあ、こっちが悪いみたいじゃないか、納得いかないな。
「チッ。魚を貰いに行くだけだ、ちょっと待っててくれ」
「おま、舌打ちはやめろ。厨房に行くなら一緒に行く」
「は、何でだよ。すぐ戻るから」
構わず行こうとするソニアスの腕をリンガルが掴んだ。
振り解こうにも体格も腕力も違いすぎる逞しい男の手は離れない。
普段のこいつなら、わかったと言って待つのに。今日は妙に食い下がるな。
「何だよ、離してくれ」
低く言うと、ビクリとして手を緩ませた。
「すまん。たまには一緒に歩こうぜ、というか俺が一緒に行きたいんだ。いいだろ?」
首を捻るようなことを言われたが、厨房に人が残っているうちに行きたいので了承すると、腕を掴んでいた手を離し、そのままずらして今度は手を握ってきた。ゴツゴツしたでかい手だ。
「おい」
「昔は夜が怖いと言ってお前の方から握ってきたじゃねえか」
「いつの頃の話だ、もう子供じゃない」
学園時代にラベラント様のところに通うようになって、礎のことを教えられた頃のことだ。やはり怖くなり夜寝られなくなった日があった、寮では同室だったこいつの寝台に入り込んだことがあった。けどそれ一回だけだったぞ。
ニヤニヤしている男を睨みつける。
言いたいことはまだあったが、今は時間が惜しいので足を進めることにした。
結果的に俺がリンガルの手を繋いで引っ張っているような図になってしまった。
厨房で酒と魚を受け取るとリンガルが全て持ってくれる。ソニアスでは両手が塞がるそれも屈強な体では片手でも余裕らしい。空いた手を差し出してきたが無視した。
塔に戻りさっそく魚を塩焼きにする。この国の魚料理は煮たり濃い味付けだったりでソニアスは少し苦手だった。せっかく料理場があるのだからと自分で塩焼きをしている。自分だけなら箸で食べるのだが、今日はフォークでも食べやすいようにほぐしておいた。
朝作ったおにぎりも以前見つけた白胡麻を振って焼いて一緒に出してやるとリンガルは次々に頬張った。
「うまい、この酒もいい」
厨房で貰ってきたのは透明の醸造酒。整酒と呼ばれ主に魚料理の料理酒として厨房で普通に使われていたのをたまたま見かけ、味見をさせてもらったら美味しかったので、今日はそれを貰った。味は日本酒だ。
その事情は侯爵子息のこいつには黙っていよう。
「美味しいだろう、貴重な酒だ。心して飲んでくれ」
「ああ、あ、そうだ。今日は菓子を持ってきたんだ」
トラウザーズのポケットに手を入れ、白いハンカチに包まれた何かを取りソニアスに差し出した。
「菓子?珍しいな、リンガルがつまみ以外を持ってくるなんて」
「少ししか持ってこれなかったんだが、隣国のお菓子だ」
受け取りハンカチを開くと、冷んやりとした花の形をしたチョコレートが三個入っていた。
「チョコだ」
「中に干した果物が入っているらしい、甘いもの好きだろ。一応氷魔法が使えるやつに溶けないようハンカチに魔法をかけてもらった」
この男のこういうところを可愛いというのかもしれない。これはきっと宴会で出された菓子を俺のためにこっそりハンカチに包み持って帰ってきたってことだろう。
お土産ならもっとちゃんとした物をと世のご令嬢なら怒るかもしれないが、お土産など用意する時間はなかったはずだ。やけに帰城が早かったからな。
それでもご馳走が並ぶ卓上にお菓子を見つけ、俺が好きそうだと思い出し大きな体でコソコソとハンカチで包む姿を想像すると、貴族としてはどうかと思うが何ともおかしくて、胸のあたりがほっこりして頬が勝手に上がっていく。
「うん、好きだ」
チョコは大好物だ。
いつもの意識した笑顔でなく、素の感情のままに出た笑顔だった。
開花したばかりの花のように輝く笑みは、リンガルの視界を奪い理性という砦を越
えてさせてしまう程の魅力を発揮していた。
「んっ、んううっ!」
気付けばリンガルの厚い唇にソニアスのそれが塞がれていた。
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