第8話

 ぬかるみに足を取られながら鬱蒼うっそうと茂る森を進んでいた。

 隣国フレアに到着した討伐隊は、一度フレアの王城であちらの騎士団と改めて討伐隊を再編し、すぐに出発した。


 聖女が同行していたことを喜ばれ、まずは歓迎の宴をと言われたが、時間が惜しいとヴァイツェン王子を説得しリンガルが断ったのだ。

 三つの隊を編成し、魔物が大量発生した森を三方向から囲い、順調に討伐しながら進んでいた。


 安全のため聖女と王太子は同じ隊に、もうひとつにリンガル騎士団長、残るひとつをフレアの騎士団長に任せ隊員を割り振った。

「何だか思ったより弱い魔物ばかりですね、数は多いですけど」


 祓いの魔法を打ちまくっている聖女リナがポツリと呟いた。

「そのようだな。リナは少し休んでいてくれ、ずっと歩いて疲れただろう」

 氷魔法で辺りを氷漬けにしているヴァイツェン王子がリナに休憩を促した。


 その様子を見ていたフレア国の騎士達は小型魔物を討伐しながらも、羨望の眼差しを向けていた。

「なあ、ピルスナの聖女様と王子殿下すごくないか?」

「ああ、魔王を倒したって話は嘘じゃなかったんだな」

「本当にな、このままいけば追い込み地点へはもうすぐ着くんじゃないか」

 三方向から隊を横に広げ囲い込み、魔物を一ヶ所に集め一気に殲滅する計画だったが、気付けばその地点付近まで来ていた。


「俺たちがこんなに早く到着してしまったら、他の隊が間に合わなくなってうまく追い込めないんじゃ」

「そんな、どうすれば」

 フレアの騎士達の心配をよそに、魔物をどんどん薙ぎ払っていくピルスナの討伐隊だった。


 リナが手に持った地図を広げ、辺りを見渡した。

「殿下、この辺が落ち合う予定の場所だと思うのですが」

 目標の大きな岩が目前に見えていた。

 

 リンガルは魔法が得意ではなく、剣で団長までのし上がった男だ。

 火属性魔法を少し使えるが、生活に役立つくらいだ。だがそれを凌駕する肉体で小型魔物や魔獣がどんなに多くとも負けるわけはなかった。

 最初から力技でどんどん進めていた。


「数だけは多いが、雑魚ばかりだな」

 ひと振りで目の前の魔物たちが吹っ飛んでいく。

「つ、強い」

「うちの団長も強いけど、ピルスナの騎士団長もすげえな」


「なんだあれ、魔法じゃないよな。小物ばかりだけどなんであんなに飛ぶんだ」

 リンガルの迫力にフレアの騎士達が感嘆を漏れらした。

 リンガルは彼らをギッと睨んだ。

「口より手を動かせ、小物だと油断しねえで全力を尽くせ!」

「「「はい!」」」


 くそ、俺はこんなこと早く終わらせて帰りてえんだよ!

 あんのくそ第一王子、余計なことしてねえだろうな。ソニアスのやつ案外真面目だからな、王族から言い寄られたら拒絶できない可能性がある。そういう権力からずっと守ってきたのは俺なんだ、今さら横入りはさせない。

 これからも俺が守っていきてえんだよ。


「チッ、どんどん湧いてきやがる。おい、追い込み地点まであとどの位だ」

 近くにいた騎士がもうすぐですと答えた。

 魔物が大量発生した森を三方向から囲み、一ヶ所に追い込んで一気に殲滅する計画を立てた。追い込み地点には大きな岩があると聞いているがまだ見えてはいない。


「よし、気を抜くな。目標はあの茂みの奥だ、全力前進!」

 野太い喚声があがったのを聞いて口角を上げた。

 よし、さっさと終わらせる。

 順調に足を進め、茂みを抜けると目標の岩が目に入った。


 魔物達の向こうに聖女と王子がいる。どうやら先に到着していたようだ。もうひとつの隊は、と見渡していたら魔物の叫びと共にフレイの騎士団長の隊が茂みから現れた。

「よし、揃った。全員で隙間なく囲んで殲滅だ!」


 聖女の浄化の魔法が白く光り、それから逃げようとする魔物を騎士達が取りこぼすことなく倒していくと、みるみるうちに魔物の死骸の山が出来上がっていった。

 それも聖女の白い光りを浴びると霧となって消えていく、不思議な光景だった。

「終わったか」


 もうその場に魔物はいなかった。

 フレイの騎士団長が近づいて頭を下げた。

「ご助力感謝申し上げる」

「いや、無事に終わって何より。帰りましょう」


 大した怪我人もなく魔物討伐は終了し、王城へ戻ると宴の用意がされていた。

 その夜は泊まり、翌朝には帰国すべく出立した。

 聖女殿にはちと厳しい旅程だったか、と思ったが平気そうだな。

 馬車の中で王太子殿下と楽しそうに会話をしている、そういや治癒魔法も使えたか。


 リンガルは馬上からよく晴れた空を見上げ、ひと息ついた。

 やっと帰れる、ソニアスは待っててくれているだろうか。




  窓際に置いていた手記が風によってパラパラと捲れていた。

「お、乾いたか……ん?ページの隅に何かある」


 昨日、お茶をこぼし濡らしてしまった初代魔導師長の手記を窓際で乾かしていた。

 一晩ですっかり乾いたようで、外からの風で数ページ捲れたのだが、視界の端に何か見えた気がした。

 手に取りよく見てみると、昨日は気づかなかったが、ページの右下に汚れとも思える黒い点があった。


 ただの汚れか?……いや、違う。

 捲っていくとペンで突いたような黒い点が数ページに渡って同じような場所にあるのだ。それも一ページ置きに、いわゆるパラパラ漫画の要領で。

「何だ?」

 黒い点ばかりで完成図のようなものは無いか、だが、何か意図を感じる。ただの落書きってことはないだろう。


 初代魔導師長の手記に、日本人特有の調味料を探している内容があったってことは、俺と同じ日本人の転生者の可能性がある。

 だとしたらこれはパラパラ漫画。


 本来のそれは人物像などを動画のように見て楽しむものだ。けど、これはその発想がなければただの汚れに見える。つまり隠さなければならないが、特定の誰かに残したもの。


「もしかして……」

 紙の古さに恐る恐るパラパラしてみる。

 ソニアスの濃い紫の瞳が大きく開き、揺らめいた。

 そこに見えたのは残像だった。


 夜中に光の玉を動かした時のように、何かをなぞる残像が見えた。まるで文字をなぞるような感じで。

「文字か?」


 もう一度捲ってみた、この国の文字ではないようだ。だが、どこかで見たことのあるような形だ。

 何だっけ、どこでこの形を見たんだ。

「ダメだ、思い出せない」

 ふらふらと歩きソファに沈み込んだ。


 その時、急に外から歓声が聞こえて騒がしくなった。

 何かあったのか。

 力なく立ち上がり窓辺へ寄ると強い風が吹き銀色の髪が舞う、歓声はまだ聞こえている。


 城壁の門のところに騎士団の行列があった。

「あれは」

 そして無意識に探して、見つけた。ひとりだけ鎧の色が違う騎士を。

「帰ってきたのか」


 隣国へ魔物討伐支援に行っていた討伐隊が帰ってきたのだ。

「お疲れ様、お帰りなさい」

 見送りの時と同様に、出迎えもここから見守ることにして、やっぱり届かないけれど言ってしまった。


 今回も無事だった、良かった。

 遠くて傷があるかまではわからないが、体の動きにおかしなところはなさそうだ。

 馬車から降りたリナも元気そうだ、よかった。


 リンガルは馬を降りて騎士達に何か指示を出しているようだ、しばらくそんな様子をじっと見ていたが、不意にリンガルがまたこちらに振り返った。

「え」

 何でこっちを見たんだ。

 出立の時は偶然かと思ったが、もしかして気付いているのか。


「う、わ。手を振ってきやがった」

 明らかにこちらを見ながら手を振ったのだ。

 慌ててしゃがみ込み、身を隠した。

「あの馬鹿、俺が何のためにあそこに行くのをやめたと思ってんだ」

 文句を言いつつも、いつもは白い頬に赤みがさし口元が緩んだその顔は嬉しそうである。


「仕方ない、馬鹿のためにまた酒でも仕入れておくか」

 そのうち訪ねてくるであろう男を歓迎する用意をしておこうと思った。あの男は急に来るからな、前日にでも言ってくれればつまみも用意するのに、と今度言ってやろう。

 しかし無事なのは良かったが、案外帰ってくるのは早かったな。隣国までの往復と討伐の日数を入れてもまだまだかかると思っていたのだが、と首を傾げた。

 


 

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