第6話

 結局リンガルには会えないまま討伐隊の出立日がきてしまった。


 アズレイト殿下のこと相談してみたかったのだけどな。仕方ない戻ってきてからでもいいか。

 魔術師塔の最上階から出発する様をぼんやりと見つめていた。


 騎士団長の鎧は皆と色が違うからすぐ見つけられる。

 見送りに行けばいいものをこんな所から見ているのは、姿を見せればリンガルは俺を気にかけるからだ。自惚れではなく、過去においてもそうだったから。


 見送ってくれと言われて律儀に行っていたら、毎回馬を降りて駆け寄って来る。

 言葉は少なめで必ずハグしていくから何事かと注目を浴びるし、侯爵子息は美貌の魔術師に傾倒しているやら、騎士団長をたらし込んだ男娼やら好き勝手言う奴らがいる。


 最悪なのは騎士団長は男にうつつを抜かして騎士団を疎かにしているなんて言う奴がいたことだ。

 ハグをやめろと言っても聞かないし、避けようとしても、毎回近寄ってくるなと言ってもやめなかった。


 くだらない噂だが、俺はともかくリンガルが悪く言われるのは我慢ならなかったから、行くのをやめた。

 第一王子との噂を放置しているのもこちらの噂を消すためだった。俺は何を言われようと社交には出ないし、何も困らない。

 だが、あいつは将来侯爵家を継ぐ身だ。変な噂は無い方がいい。

 俺はここから見送るだけで十分だ。


「今回も無事に帰ってきてくれ」

 届きはしないが言いたかった言葉を呟いた。

 と同時に遠くに見えるリンガルが馬上から振り返った。


「え」


 遠すぎてよく見えないが、こっちを見てないか?いや、まさか。

 あちらからもよく見えないはず、それに俺が見ているなんて思ってもないはずだ。

 目が合った気がしてパッと視線を逸らせてしまった。

 次に見た時にはもう前を向いて進んでいた。


 聖女と王太子殿下が乗っているであろう馬車に寄り添うように馬で駆けている。

「気のせいか。紛らわしいな、一体何を見てたんだか。リナを頼むよ騎士団長殿」

 そのまま完全に見えなくなるまで、ソニアスはそこから動かなかった。

 


 

 振り返ると魔術師塔の一番上の窓にやはりソニアスはいた。

「何だってあんな所から見てるんだ。どうせなら近くで見送ってくれよ」

 リンガルはソニアスが塔から見送っているのを気付いていた。遠目に見える窓は小さいが、銀色に光るものが揺れているからだ。


 こんなに離れているのに、きらきらした銀髪が存在を知らせてくれる。

 見送りはしないと言っていたのに、こっそり見ているなんていじらしいじゃねえか。

 やっぱり脈あるのか?

「くそ、何でこんな時に討伐に出なきゃいけないんだ。帰ってきたら覚えておけよ、第一王子より俺の方がいいって言わせてやる」


 第一王子の前では余裕ぶってみたが、本当に結界契約の解除方法を王子が見つけたら、と内心焦っていた。

 解除方法は俺の手で見つけてやりたいんだよ。

「魔王のいない魔物討伐など速攻で終わらせて、早く帰ってきてやる!」

 その気迫に騎士達も煽られやる気を漲らせた。




 城のすみに装飾もない木製のドアがひっそりとあった。

 そのドアには鍵穴は無く、ドアノブもない。

 王の直系の魔力で開く仕掛けになっているそのドアが久々に開けられた。


「これは……、手記か?」


 アズレイト第一王子は埃舞う王族専用書庫の一番奥、禁書が並ぶところで古い書物を手に取っていた。埃をかぶったそれに題名はなく署名は消されているようだった。

 パラパラと捲ると日記のようだ。

「こんな所にあるくらいだ、重要なもののはず。しかし、誰が書いたものだろう」

 食べ物のことばかりだな、関係ないかと閉じようとした時、ダイズという言葉を見つけ手を止めた。


「ダイズ?ソニアスの探していた豆のことか?ふむ、一応持っていこう」

 先日の豆はどうやら違っていたようだし、手かがりがあるならじっくり読んでみる価値があるだろう。

「他にめぼしい物は見当たらないし、今回はここまでにしておこう」

 袖についていた埃を払い書庫を出た。


 そして自室にて数時間後、アズレイトは呆けたようにその手記を眺めていた。

「やはり私はついている、肝心なことは書いてないがこれは手がかりになるかもしれない」


 礎の解放、それはアズレイトが子供の頃に結界について父王から聞かされた時から考えていたことだった。

 何人もの魔導師の犠牲によってこの城が守られていたなんてショックだった。

 王族は臣民を第一に考え守るものだと教えられていたのに、それを踏みにじっていたなんて、父上にそう言うと困った顔をした。

「今は仕方ないのだ、たくさんの民がそれで助かっている」

 そう言うだけだった。


 礎から解放されるには命尽きるか、魔力が維持できない程弱るしかないと聞いて怖くなった。

 前魔導師長のラベラントに怖くないのかと聞いたことがある。

「魔導師長候補となる者は、そうなるべく育てられます。その道しか示されません。怖くないと言ったら嘘になるかもしれませんが、契約を継承される時には皆受け入れるのです」

「では、交代期間を早めてはいけないのか」

「殿下……、魔導師長になるには膨大な魔力が必要なのです。そう頻繁にそんな魔力を持った候補者は現れません」


 後に候補者を輩出する筆頭がラベラントのドミネス伯爵家とソニアスのガニュード子爵家だと聞いた。

 両家とも魔導師の家系でほとんど交互に候補者を出しているらしい。

 自分がいずれ結界が無くてもいいように変えてみせると言うと、ラベラントはブロンズ色の長い髪を揺らし優しく微笑んだ。


「ご立派です殿下。そんなことを言ってくださる王族の方は初めてです。私も私の代で最後になることを願います」

 そんなラベラントも体を壊し、ソニアスが後を継いだ。

 私はもう子供ではない。王太子というしがらみは捨てたが、王子という地位は有効に使える。権力も財力も揃っている、これを使わない手はない。


 己に酔いしれているとノックが聞こえ、侍従が来客を知らせてきた。

「宰相様がお越しです」

「いいよ、入って」


 扉から現れたのは壮年の貴公子。長身に綺麗に撫でつけられた蜂蜜色の髪に透明感のある鮮やかな緑色の瞳が知的さを際立たせている。引き締まった口元は自信の表れと言えるだろう。

 柔らかな雰囲気だが見た目に騙されてはいけない、宰相までのし上がった男だ、何を腹に隠しているかわかったものではない。


「やあ、ジルヴェスタ」

「アズレイト殿下、ご機嫌麗しく」


 うやうやしく頭を下げる様も上位貴族然として隙がない。

「珍しいね、ジルヴェスタが私のところに来るなんて」

「少々お時間をいただけますか」

「いいよ、実は私も少し話があったんだ。座ってくれ」


 ジルヴェスタはソファへ座ると、左手をさっと払った。

「隠蔽魔法か」

「ご無礼をお許しください、どこに耳があるかわかりませんので、この部屋の声が漏れないようにいたしました」

「ふふ、まるでこの部屋の音は聞かれていると言っているようだね」

「いえ、念のためでございます」

「まあいい。それで話とは何?」


「単刀直入にお聞きします。結界契約の解除方法を探しておられますね」

 ジルヴェスタは観察するように凝視している。

 やはり敵にまわしたくない男だな、いつから見ていたのか。しかし、目的は同じではないだろうか。

 体調の悪いラベラントをドミネス家へ渡さず、大事そうに連れ帰ったのだから。


「そういうお前も探しているのではないのか?ああ、いや。こういう腹の探り合いは面倒だ、私は解除方法を見つけるつもりだよ、君の目的を言ってくれないか」

 ジルヴェスタは再度頭を下げた。


「殿下の仰る通り、探しております。ラベラント殿の望みでもあり、私も助力したいのです。アズレイト殿下、私と手を結んでいただけませんか」

「ジルヴェスタ程の能力があれば私の力を必要としないのではないか?」

「いいえ、鍵は王族が持っているのではと考えています。殿下のお力が必要なのです。何よりラベラント殿が殿下に希望を抱いています」


 はっとした。あんな子供の言ったことを忘れずに覚えていたのか。いつまで経っても儚げだった姿を思い出す。

「ラベラントの具合はどうなんだ?」

「はい、落ち着いてきました。魔力は不安定ですが、魔道具を使えば魔法も少しは使えるかと」


「そうか、よかった。私がぐずぐずしてしまったせいでラベラントを救うことができなかった。ジルヴェスタ、私はソニアスに自由を返したい。本当はこちらから協力を願うつもりだった、私こそよろしく頼む」

「は、つきましては殿下には王族の書庫を探っていただきたく」

「ああ、それならば」


 アズレイトは立ち上がり、執務机に置いてある古い書物を手にソファに戻った。

「殿下、それは」

「本当にいいところに来たものだね、恐らくこれは初代魔導師長の手記だ」


 ジルヴェスタは珍しく目を見開いた。

「なんと、それには何が書かれているのでしょうか」

「ただの日記だった。だがソニアスとラベラントにも読ませたい、私では見えていないものがあるかもしれない」


 ジルヴェスタは口角を上げた。

「殿下、宜しければラベラント殿の見舞いにお越しください。彼も喜びます」

「そうだね、私も彼の様子が気になっていた。明日にでも行かせてもらうよ」

「お待ちしております」

「それともうひとつ、結界解除を王に認めさせたい。まずは議会を通さなければならないがいい方法はあるか?」

 ジルヴェスタは少し考えて頷いた。


「筆頭貴族が認めればあるいは、ただドミネス伯爵家とガニュード子爵家は良しとしないでしょう。まずは議題として挙げて反応を見ます、その間にその二家を探ってみましょう。それに王都の民の意識を変える必要もあるかと」

「わかった、諜報隊の力も借りる必要があるか。私の手持ちの隊員に指示を出しておこう」

「ありがとうございます」

 宰相は頭を下げた後、隠蔽魔法を解いて退室した。


「まずは一歩だな。大丈夫、私ならやれる」

 アズレイトはグッと拳を握り改めて決意した。

 私は本気で君の自由と君が欲しいと思っているんだ、それを見せるよ。

 

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