第4話

「ソニアス、お願いだ。今は聞いて欲しい」


 その真剣な懇願を振り払うことは出来ず、腰を戻した。

「ありがとう。あ、子孫が残せないって言っても男の機能のことじゃ無いから安心して」


 俺は何も言ってないし、心配もしていない。

 無言の抵抗をしてみるが無駄のようだ。

 アズレイトは笑顔で続きを語り出した。


「私は、女性を愛することができない、性愛の対象は男性なんだ。父王はそれでもいいとおしゃって下さった、添い遂げたい相手ができたら、正妃は無理でも側室にはで

きると。けれど子供を望む声は無くならないだろう、ヴァイツェンの為にも無駄に争いの種は残しておきたくなくて、王位継承権は完全に手放したかったんだ」


 ソニアスは気が遠くなりそうだった。

 突然カミングアウトされても、どう返せばいいのかわからないし、何故自分にそんな事を話すのかわからない。

 同性を伴侶にする貴族もいると聞くし、驚きはしたがだからどうということはない。ただ権力争いのようなものには巻き込まれたくない。


「ア、アズレイト殿下」

「うん、何。こういう私は受け入れられないかな」

「いえ、それはありません。何故私にそれを仰ったのでしょうか、殿下」

「敬称はいらないアズレイトだ、もしくはレイと呼んで欲しい」

「それは、恐れ多くてできません」


 どういうつもりだ、アズレイト殿下は権力を笠に着るような振る舞いをしない、普段はこちらが断ればさっと引く方だが、今日はやはりおかしい。

「呼んでくれるまで帰さないよ、ほら」


「殿下……」

「アズレイト」

「ア、アズレイト」

「うん、何だい」


「他の者がいる時は殿下とお呼びしますよ」

 アズレイトは満足そうに微笑んだ。

「私のわがままでソニアスが咎められるのは本意でないからかまわないよ、では二人きりの時はそう呼んでくれるね」


 どうやっても呼ばせたいようだ。頑なに拒否するのは難しい相手だ、不本意だが仕方ない。

「わかりました」

「その口調も砕けてくれると嬉しいのだけどね、まあいずれ。さて、本題に入ろうか」


 もう嫌な予感しかしないが、席を立つことは許さないと殿下の目が語っている。

「私は自由になった、これで堂々と伴侶を迎えられるんだよ」

 予期しなかった言葉に耳を疑った。


「伴侶、ですか。お相手がもうおられるのですか」

「これから口説きたい相手がいる」


 まさか恋バナが出てくるとは思わなかった、容姿も知性も揃った王子にはそういった噂すら不思議と無かったのだ。

 同性愛者だったと聞いた今ならわからなくもないが、王子という身分でスキャンダルの一つもないのは余程気をつけていたからだろう、もしくは潰したか。


 そんなアズレイト殿下に想う相手がいるなんて、それは気になる話だ。

 もしや、これは協力して欲しいという話なのだろうか、そういう事なら協力するのもやぶさかではない。


 しかし、相手は一体誰だろう。どこか貴族の子息だろうが、もしかして平民という可能性もあるのか、だから今まで噂にもならなかったのかも。

「その顔は、自分はその相手とは思ってないようだね」

 アズレイトは呆れたように言った。


 ソニアスは己の美貌をよく知っているし、実は魅せ方も理解している。しかし城に縛られている自分が誰かの伴侶になるなど露ほども考えていない。

 殿下からもそういう視線を感じたことは今までないし、相手は俺じゃないだろう。


「私はそういう相手に相応しくありませんから」

「まったく、君は。そういうソニアスに私はとても相応しいと思うぞ」

「え?」

「城内に居を構えることが出来て、身分的にもソニアスを守ることが出来る私は伴侶として優良だと自負しているが、どう思う?」


 どう思うと言われても、殿下のお相手の話だったのに何故こんな話に。

「でん、あ、アズレイト、今は貴方のお相手の話なのでは」

 呼びにくいな、出来るだけ名前を呼ばなくていいように話をしよう。


「そうだね。ソニアスは自分の魅力を自覚するべきだな、君を望む者は意外といるが、まあ本気なのは私とリンガル騎士団長くらいだろうか」

 急にリンガルの名前が出て困惑する、言っている意味がわからない。

「ふっ、困っているね。意外と鈍感だったか、騎士団長は可哀想だが私にとっては朗報だ」


 にこりと笑って、そっとテーブルの上に置かれていたソニアスの右手を両手で取り優しく包む。

「相手は君だよ、ソニアス。私の想いびとは君だ。好きだ、私の伴侶になって欲しい」


 思いもよらぬ告白に、心臓が痛くなる。咄嗟に断らなくては、と口を開こうとした。

「返事は急がない、じっくり考えてくれないか。君を大事にするからリンガル騎士団長じゃなく私を選んで欲しい」


 だからどうしてそこにリンガルが出てくるんだ。あいつはそういう相手じゃない。どうしてそんな誤解を、ちゃんと否定しなければ、あいつに迷惑がかかるのは嫌だ。

「恐れながら、あいつは、リンガル騎士団長とはそういう仲ではありません。勘違いです」

 それを聞いたアズレイトは前のめりに顔を近づけてきた。


「ソニアスは騎士団長のことをどう思っているの?」

 どう思ってるだって?大切に決まってる。でも恋愛というよりか俺にとっては実の家族よりも家族だった。


「どうと言われても、あいつは学園の時からずっと一緒で、親友というか兄弟というか、そういう大事な存在ですよ」

「ふうん、兄弟で大事な存在ね。では、私を選んでもいいんじゃないか?」

 いつになく強引なアズレイトに戸惑う。

「っ……」


 答えられずにいると、すっと体を引いた。

「意地悪を言ったようだ、悪かった」

「いえ」

「今すぐ答えなくてもいいと言ったのは私だ、お詫びに君の願いを叶えるために協力しようと思う」


 俺の願い?

「どういう事ですか?」


「礎からの解放だよ。君たち礎はずっと探しているのではないか?城には王族しか入れない書庫がある、結界契約の解除方法についての書物がないか探してみよう」


 ソニアスは目を瞠り、何を考えているのかわからない男の顔を凝視した。

 王子でもここまで把握しているものなのか?


 歴代の魔導師長の中にも模索した者はいたが、今だに見つかっていない解除方法。 

 通常契約魔法は解除方法と対で作られる。同じ作成者の魔力で作られてないと効力がないからだ。前魔導師長のラベラント様も探っていたが、何も見つからなかった。


いや、今まで王族が協力者となったことは無かったのかもしれない。

 そもそも礎について知る者は限られるはず。

 ましてや解除方法を探しているなど当人しか知るはずない、この方はどこからそんな情報を得たのか。


 俺も解除に関する情報は欲しい……。

 代々の王命により結界契約は継続されていたが、アズレイト殿下が協力してくれたらもしかするのか。

 だが、王の許可がなければ結界を消すなんて、逆賊として投獄されるのが落ちだろう。


「興味が出たかな。魔王が討伐された今なら父上を説得できるかもしれない、そこまでを込みで引き受けよう。どうだ、私を好きになってこないか?」

 最後のひと言がなければ少しくらい絆されても良かったのにと思った。


「冗談だ。だが、君のために尽くすよ。私を見ていてくれ、そして答えを出して欲しい」

 掴まれたままだった右手が持ち上げられ、そこに殿下の顔が近づいたかと思ったら甲に柔らかいものが押し当てられた。


 慌てて手を引いて、ローブの袖でそっと拭ってしまった。

 貴族を相手にしていると手を取られ指先への挨拶をしたがる人がやたら多い。

 普段はその場をやり過ごして後で手を洗っていたが不快感を我慢することができなかった、思ったより動揺しているようだ。不敬を働いてしまった。


 目の前で手を拭われたアズレイトはがっかりした顔をしている。

「そのうち自ら手を差し出したくなるようにさせてみせるよ」


 話は終わったので、豆を受け取り一礼をしてその場を辞した。

 その後、アズレイトの合図で植木の影からリンガルが現れたことは気付かなかった。

 結局、豆は探していた物とは違っていたので、厨房へ進呈した。


 

 

「出て来ていいよ」

 ガサガサと植木の影から長身のがたいが良い騎士が姿を現した。

「兄弟だそうだよ、君は諦めるべきじゃないかなリンガル騎士団長」


 アズレイトは最初からリンガルを物陰に控えさせていた。護衛のためではない、ソニアスとの会話を聞かせるためだ。


 プロポーズをしようと決めたのは、弟の婚約が決まったと聞いた時だった。ソニアスの騎士団長への気持ちがまだ恋に発展していないと確信した上で、吐き出させ、それを聞かせるのが目的だった。


 上手くいった。


 後はこの男が諦めて離れてくれればいい。

「聞いていたね、ソニアスにとっては家族ってわけだ。恋人に昇格するのは難しいんじゃないかな、彼から離れてくれないか」


 リンガルは何も答えず、感情も表さない。

 すました顔で何も返さないとは、イラつく男だな。

「何とか言ったらどうだ」


「恐れながら、ソニアスが俺のことを兄弟と思っていようと、何と思っていようとも、願うのはソニアスの幸せ、俺はそれを守るために側を離れるつもりはありません」

 そつのない返事だ、面白くない。


「ふん、まあいい。私はソニアスの自由を取り戻し必ず振り向かせてみせる。お前はただ見守っていればいい。もう行け」

「は、失礼します」


 しっしっと追い払うと、頭を下げ去った。

 アズレイトは優雅な仕草で冷めたお茶を飲み干すと静かにカップを置いた。

「さて、王家の尻拭いを始めようか」

 

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