チワワは素敵な愛言葉(4)
「なんか、もう忘れてた」
笑いながら、受け取って。
「ありがとう、璃子」
軽く、でも、限りなく優しく、わたしの唇にキスしてくれる遊佐くん。
「ね、開けてみて」
「うん」
ドキドキしながら、包みを広げる遊佐くんを見守る。
「どう? 遊佐くん」
「…………」
あれ? 反応が全ない。
「もしかして、だめだった?」
おそるおそる、遊佐くんの顔をのぞき込むと。
「……どうして、俺へのプレゼントが、女物の下着なんだ?」
茫然自失の表情で、プレゼントの中身を見つめてる。
「あ。それは、わたしのなんだ」
「え?」
「ごめん。ちょっと、わかりにくかったね」
包みの中から、遊佐くんの分だけ、取り出した。
「はい、遊佐くん」
「まさか……」
「そう! おそろいの下着なの。可愛いでしょ?」
見つけた瞬間、これしかないと思って、三ヶ月も前から準備しておいたんだから。
「これはね、はいてくっつくと、魚がキスするの。こっちは、赤い糸がつながって」
「いったい、どこで買ってくるんだよ? こんなもん」
遊佐くんは、あっけにとられたような顔。
「通販で毎月一セットずつ、定期便で届くの」
今日のために、地道にコレクションしてたんだよ。
「あの怪しげな通販、まだ続けてたのか?」
「怪しくないよ……! コンビニとかにもカタログ売ってるし。嘉子だって、たまに買ってるもん」
遊佐くんは、すぐそうやって、わたしのことをバカにするんだから。
「…………」
無言でパンツをながめる、遊佐くん。
「いらない……?」
せっかく、用意はしたけど。そこまで嫌なら、しょうがないね。
「ごめんね。今度、違うものを買って、渡すね」
また、はずしちゃった。返品するわけにはいかないから、お父さんにでもあげようかな。お父さんとおそろいにしても、何のときめきもないけど。もう一度、まとめて包み直そうとすると。
「……わかったよ」
ため息をついて、遊佐くんが言った。
「えっ?」
「はばいいんだろ? はけば」
「嘘みたい。はいてくれるの?」
遊佐くん、大好き!
「どれがいい? あと、黒ヤギと白ヤギの絵もあるよ?」
うれしすぎて、ワクワクする。
「どれでも」
「じゃあ、やっぱり、魚にしようっと。はい」
浮かれながら、遊佐くんに渡す。
「そうだ。わたしもはかなくちゃ」
ベッドの中に潜って、わたしも足を通した。
「はいた? 遊佐くん」
「……はいた」
「うれしい。すごく可愛い!」
早速、隣に並んで、魚にキスさせてみる。
「何がそんなにうれしいのか、わからない」
「えっ? だって」
こんなのって、やっぱり。
「つき合ってる実感が、わいてくるでしょ?」
はたから見てもカップルに見えなくたって、おそろいのものを二人で身につけたりすればね。
「まだ、そんなこと言ってるのか」
あきれた口調の遊佐くんが、タバコに火をつける。
「うふふ」
「何だよ?」
「幸せ」
もう一度、遊佐くんの体に密着した、そのとき。
「……もう、だめだな」
遊佐くんがわたしの方を見て、つぶやいた。
「え……?」
何やら、ただならぬ予感がする。
「な、何が?」
いったい、どんな話なの?
「俺が」
「遊佐くんが?」
心臓に悪いドキドキを感じながら、次の言葉を待つ。
「璃子に毒されすぎて、璃子以外の女とは、つき合えない体になった」
「そんなの……!」
わたしに言われても、困るもん。と、そこで、遊佐くんがタバコの火を消した。
「だから、責任取れ」
「せ、責任?」
「責任取って、結婚しろ」
「…………」
遊佐くん。今、何て?
「結婚しよう、璃子」
「あ……」
夢じゃない。現実だ。
「遊佐くん、わたし……」
「ん?」
遊佐くんが、わたしをまっすぐに見つめてくれる。
「一生、責任取るよ。だから……」
きっと、生まれ変わったって、わたしは遊佐くんのためだけに生きていく。
「じゃあ、手出して」
「遊佐くん……」
視界に入ったのは、コロンとした小さな紺色の箱。遊佐くんは、確かめるように、綺麗な石のついた指輪を箱から取り出しながら、言った。
「違うな。責任を取るのは、俺の方だ。俺が璃子を幸せにする」
「…………」
「返事は?」
「は……は、はい!」
こんな大事な場面なのに、口ごもってしまったけど。遊佐くんは何も言わず、優しくわたしの手を取って、さっきの指輪を左手の薬指にはめてくれた。
「遊佐くん……ありがとう」
「うん」
こぼれてきた涙を吸い取るように、何度も頬にキスされる。ひととおり、わたしが泣き終わったら。
「本当は、この前、渡すつもりだったのに」
少し考えてから、遊佐くんが口を開いた。
「ええっ? そうだったの?」
思わず、大きな声が出てしまう。
「そうだよ」
ふてくされた調子で、遊佐くんは続ける。
「それなのに、響は邪魔しにくるし。何か知らないけど、ずっと二人で変な虫の話してて」
「ご、ごめんなさい。わたし、夢にも思ってなくて」
そっか。それもあって、今日は機嫌が悪かったんだ……!
「それより、まだ聞いてない。今日」
「ん? 何が?」
「忘れるなよ。いつもの」
「あ」
そういえば。大好きって、心の中では言ったけど、遊佐くんには……。
「あの、えっと」
いつになく、照れてしまったりして。そんなわたしを、なんだか愛おしそうに見てくれる遊佐くん。
「近いうち、璃子の家にもあいさつにも行かないとな。でも、その前に」
「その前に?」
「夜はまだ長いから、もう一回」
後ろから、ギュッと抱きすくめられた。
「せっかく、はいてばっかりなのに」
わたしの下着に手をかけた遊佐くんに、思ってもいないことを言ってみる。
「いいよ。終わったら、今度はヤギでも」
魚は、とっくにベッドの下へ。
「遊佐くん、大好き……」
「幸せになろうな、璃子」
わたしは宇宙でいちばん幸せだよ、遊佐くん。
チワワは素敵な合言葉
END
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