KISS, KISS, KISS Reprise
ワカレハ、トツゼンニ
「また、にやにやしてる」
「えっ? あ」
何度、遊佐くんに指摘されちゃったか、わからない。
「だって、うれしいんだもん」
左手の中指にキラキラ光る、この指輪。そう。婚約指輪……!
「それやったときの状況、あいつらにベラベラしゃべるなよ」
「ん? 何か、変わってたっけ?」
今日は、これから、加瀬くんと響くんが遊びにきて。わたしの作ったカレーを食べたあと、部屋でゆっくりしていってくれることになってるの。
「……何でもない」
「そう? 変な遊佐くん」
遊佐くんは、何か言いたげではあるけど、あれ以上ないくらいの完璧なプロポーズだったよね。おそろいの下着でなんて、予想をはるかに超えてて。だめ。また、頬が緩んできた。指輪見てるだけで、一日すぐたっちゃうよ……と、そのとき。
「一人で、よろこんでるのはいいけど」
「えっ?」
遊佐くんが、わたしの体を引き寄せた。
「少しは、俺の方も見ろよ」
「…………」
こんなふうに遊佐くんに見つめられると、わたしは今でも、金縛りにあったみたいになる。
「大好き、遊佐くん……」
見上げた遊佐くんの目は、透き通るように綺麗で。このまま、いつもみたいに吸い込まれちゃいそう ————— と、唇が触れる直前に、チャイムの音。
「どっちだ?」
軽く舌打ちをしてから、遊佐くんが立ち上がる。
わたし、大丈夫? 顔、赤くなってないかな。遊佐くんと結婚しても、きっと永遠に変わらない。わたしが遊佐くんにドキドキさせられっぱなしなのは。
「ひさしぶり、立原」
「わあ、加瀬くん」
わたしが加瀬くんと会うのは、加瀬くんと菜乃子ちゃんの結婚式以来。最近、実家の仙台の方で出産という偉業を成し遂げた菜乃子ちゃんは、今はまだ里帰り中。経過は順調らしいけど、出産時は緊急で帝王切開になって、大変だったみたい。
「写真、見たよ……! 亮太郎くん、可愛いかった。どっちにも似てるね」
「そう? ありがと。もっと頻繁に会いに行きたいんだけど、なかなかね。菜乃子のお母さんが心配性で、こっちに戻ってくるのも先になりそうだし。全然、元気なんだけどね」
「それは寂しいね」
「うん。でも、まあ、安全第一で」
この受け応えの感じ。加瀬くん、結婚しても何ら変わらないなあ。
「どっちも元気なら、よかったよ。それより、こっち来て、座れよ。二人とも」
「そうだね。ごめん、加瀬くん」
遊佐くんに促されて、玄関先から部屋に移動すると、今度は。
「それで、立原もよかったじゃん」
早速、加瀬くんが話を振ってくれた。
「指輪。それ、婚約指輪でしょ?」
「そう、そうなの!」
うわあ。他の人に言われると、改めて実感がわいてくる。さりげなく、遊佐くんの反応をうかがってみたりして。
「立原の両親のところ、あいさつには行ったの?」
「あ? いや、まだ」
「だめじゃん」
笑う加瀬くんに、わたしが訴える。
「それがね、ひどいんだよ。わたしのお父さんが、なかなか時間作ってくれないの」
「まだ、立原を嫁にやりたくないんだ?」
「そういうことでは……や、でも、そうだったりして」
そのとき、再びチャイムの音。
「ああ……そっか。響も来るんだったっけ」
なんとなく、加瀬くんの調子が変わった? 気のせいかな。
「そうだよ。カレー、たくさん作っておいたから」
「璃子、出てこいよ」
最後に大きく煙を吸い込んでから、タバコの火を消す遊佐くん。
「はーい」
わたしは、軽い足取りで玄関に向かう。
「浮かれて、バカみたいな顔してる」
「ええっ?」
ドアを開けるなり、そんな響くんからの暴言。
「来るなり、それはひど……」
反射的に、目の前の響くんに反論しかけたんだけど。いや、でも。
「そう。浮かれてるの」
考えてみたら、本当のことだった。だって、遊佐くんと結婚できるんだよ。結婚したら、毎日一緒にいられるんだよ……!
「いっちゃってるね」
思わず、響くんがいるのも忘れて、世界に入り込みそうになってた。
「待って。わたしも行くから」
あきれたようすで部屋へ向かう、響くんのあとを追うと。
「加瀬、もう来てるよね」
一瞬、響くんが足を止めて、振り向いた。
「あ、うん。ちょっと前から」
「そう」
何とはなしに違和感を覚える、素っ気ない返事。そういえば、加瀬くんも、ようすがいつもと少し違ったような……。
「ついに、結婚だって?」
遊佐くんに重そうな袋を渡しながら、響くんがひやかすように声をかける。
「ああ。酒か?」
「そう。前祝いにね。加瀬に飲ませるのも、楽しそうだし」
意味ありげに笑った響くんに、加瀬くんが嫌な顔をする。
「俺はいいから、三人で適当にやってよ」
「帰り道、一人で何かやらかしたりしたら、しゃれにならないからな。亮太郎が生まれたばかりの、このタイミングで」
たしかに……と、加瀬くんの大学生のときの事件や、結婚までの経緯を思い出して、わたしも心の中でうなずく。
「でもさ。類、璃子の親に、どんなふうにあいさつしたの? 璃子さんを僕にください、とか?」
お祝いとか言ってくれたわりには、遊佐くんをからかうつもりにしか見えない、通常運転の響くん。
「あいさつは、これからなんだってさ」
「え? そうなんだ?」
加瀬くんの言葉に、響くんが調子に乗り始める。
「じゃあ、何? 本人たちの間で、口約束しただけ?」
「そうだよ。最初は、そうだろ? 親のところに先に行って、どうするんだよ?」
面倒そうに遊佐くんが応えると、響くんは信じられないようなことを口にした。
「賭けてもいいけど、破談になるね」
「ええっ? な、何てことを……!」
縁起でもない。ただでさえ、後悔されない自信がないのに。
「よくいるじゃん。式の前に婚約破棄するカップル。類と璃子なんて、その典型みたいな例だよ」
「…………!」
遊佐くんは、どうでもいいような顔で聞き流してるけど。
「絶対、そんなことないもん。わたしと遊佐くんはね、世界でいちばん……」
お似合いなんだから、と反論しようとしたら。
「もう、いいよ。わざと立原が嫌がるようなことを言うのはやめて、普通に祝ってあげようよ」
やっぱり、いつもと違う感じの加瀬くんが、大きく息をついた。
「…………」
加瀬くんと響くんの間に微妙な空気が流れる。遊佐くんも、何かを感じとったようだった。しばらくの間のあと。
「そういえば、沙羅は卒業できそう?」
沈黙を破ったのは、響くんだった。
「……多分。最近は、授業にも出れるようになったみたいだし」
響くんから視線を外して、加瀬くんが微妙な表情で応える。それを聞いて。
「よかった」
ふっと軽く笑った、響くん。待って。今の会話って。横にいる遊佐くんも、少し驚いた顔をしてる。
「響くん……沙羅ちゃんと、別れちゃったの?」
気が動転して、遠回しに探ることなんかできなかった。
「うん」
何てことないように、響くんは答えた。
「そう……だったんだ」
理由なんて、聞けないけど。わたしが沙羅ちゃんと会った回数も、数えられるくらいしかないけど。でも、大好きな二人だったのに ————— 。
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