チワワは素敵な愛言葉(3)



「じゃあ、俺は行くから」


 わたしと遊佐くんをげんなりしたようすで見てから、響くんがマフラーを巻き直す。


「あれ? 寄っていかないの?」


 せっかく、遊佐くんへのプレゼントを持って、ここまで来てくれたのに。


「やめておくよ。今日こそ、類に殺される。前回のこともあるし」


「前回?」


 そういえば、先月だったかな。遊佐くんの部屋で会ってたとき、いい雰囲気になりかけた頃、ふらっと響くんが遊びに来たんだっけ。


「あのときの類の、殺気立った顔」


「……気づいてたんなら、帰れよ」


「ええっ?」


 そんな雰囲気、全く察知してなかった。たしか、わたしは響くんと、寄生虫のロイコクロリディウムとハリガネムシの話に夢中だったし。


「まあ、類のこういうのは、今に始まったことじゃないけどね」


「あ?」


「今日だって、ヤキモチをやいて、泣く璃子が見たかったんでしょ? どうせ」


「そ、そういうこと?」


 わたしの流した涙は、意味がなかったんだ。それで、よかったけど。


「いいから、もう帰れ」


 気まずそうに、遊佐くんが言う。


「だから、帰るって」


 響くんは完全に面白がって、笑ってる。響くんは、遊佐くんをかまうのが趣味みたいなものだからなあ……と、そこで。


「響」


 歩き出そうとした響くんを、遊佐くんが呼び止める。


「ん? 何?」


「ここで、璃子に何もしてないんだろうな?」


 真剣な表情の遊佐くん。うわあ。すごく愛されてる感じがする。


「そんなの、もちろんだよ。何もあるわけがないよ。ね? 響くん」


 めったにない経験に感動しながら、響くんに同意を求めると。


「そうだね」


 響くんが、さらりと笑う。


「璃子のえぐれた胸が、高校の頃から、1ミリも成長してないってことがわかったくらい」


「ちょっと、響くん!」


 遊佐くんの前で、なんてことを。


「今のはね、事実ではあるけど、響くんの言い回しに意図的な悪意を感じるというか」


 と、遊佐くんの方に顔を向けたら。


「…………」


 遊佐くん、放心状態で固まっちゃってる?


「類も人間が小さいね。少しは璃子を見習えば?」


「えっ?」


 遊佐くんの代わりに、わたしが聞き返す。


「そんなことくらいでダメージを受けてたら、璃子はどうなるの? 類が、今までに何人の女の胸を……」


「や、やめてよ、響くん」


 あわてて、響くんを遮った。


「そういうこと全部、あえて考えないようしてるのに。響くんのバカ!」


「なんで? ほめてあげてるのに」


「思い出したら、想像しちゃうじゃん。頭から振り払うの、大変なんだよ」


 どう考えても、わざとからかってるでしょ?


「いいから、帰ろう」


 そのとき、遊佐くんに、横から腕をつかまれた。


「でも」


「いいよ、もう。時間が、もったいない」


「そうだよ。せっかくの誕生日なんだから」


 響くんまで、もっともらしく、そんなことを言ってるけど。


「だって、響くんが」


「いいから。今度は璃子がいない日に来いよ、響」


「わかってる」


 結局、納得できないまま、遊佐くんに引っ張られるようにして、二人で部屋に戻っていったのだった。







「悪かった。ごめん」


 部屋に入るなり、わたしに謝ってくれた、遊佐くん。


「さっきの、ナナミさんっていう人と、いい雰囲気っていうの……嘘?」


 そっと、遊佐くんの胸に抱きついてみる。


「嘘だよ。谷と奈波が、勝手に思ってただけ」


 遊佐くんは、あきれたような声で、そう言うけど。


「…………」


 ナナミ、だなんて。すごく仲がよさそうなことには、変わりないよね。


「どうした?」


「ううん」


 背中に回した手に、自然と力が入る。


「名字だよ」


 遊佐くんが、ふっと軽く笑った。


「えっ?」


「奈波って、名前じゃなくて、名字。今、そういうことを考えてただろ?」


「……うん」


 やっぱり、遊佐くんは、わたしのことなら何でもわかっちゃうんだ。


「璃子の体、冷たい」


 わたしの背中を服越しになでながら、不意に、遊佐くんが言う。


「だって、ずっと外にいたもん」


 リコの散歩に、使い走り。


「俺のせいだ」


「そうだよ。だから、あっためて。遊佐くんが」


 たまには甘えるように、遊佐くんの顔を真下から見上げてみる。そうしたら、返事はなく、代わりに長く、優しいキスをされた。


「遊佐く……」


 一度、離れたと思ったら。今度は、遊佐くんの舌が、ゆっくりとわたしの口の中をなぞっていく。だめ。何も考えられなくなっちゃうよ。


「温まった?」


「…………」


 もう、返事もできない。遊佐くんの目を見つめ返すだけで、精いっぱい。


「煽ってるだろ?」


「え……?」


 いつもなら、ここで余裕の笑みを向けてくるのに。遊佐くんは少し強引に、わたしの腕をベッドまで引っ張った。


「遊佐くん……?」


「璃子は、俺のだよ」


 わたしを押し倒すなり、上半身の服を脱がせて、わたしの胸に顔を埋めた遊佐くんが言う。


「誰にも触らせない」


「うん……」


 夢見心地で、遊佐くんの髪をなでる。


「わたしは、遊佐くんのものだよ」


 昔も今も、この先も。


「だから、もっともっと、遊佐くんでいっぱいにしてほしい」


「俺も。璃子を、俺でいっぱいにしたい」


 そうして、遊佐くんと抱き合ったら、いつも以上に遊佐くんが温かく感じられて。


「あったまったよ、遊佐くん」


 遊佐くんにしがみついたまま、そう伝えると。


「俺も。溶けそう」


 そんな、わたしの大好きな遊佐くんの声を耳元で聞いた。







「何時? 遊佐くん」


 真っ暗な中、目を覚ました。


「十二時……」


「ええっ?」


 遊佐くんの答えに、跳び起きる。


「今日は、泊まっていけるんだろ?」


「泊まる。泊まるよ。泊まるけど……」


 泣きそうになりながら、時計に目をやったら。


「あ」


 間に合った。十二時、五分前。


「遊佐くん」


 起き上がって、手元の照明をつけると、ベッドの下に用意しておいた、プレゼントの包みを手に取った。


「誕生日、おめでとう」


 何があっても、絶対に今日中に渡したかったんだもん。



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