kiss, kiss, kiss II

ユメノツヅキ?



「ん……」


 この気持ちのいい感触は、遊佐くんの唇? それとも、舌なの? 初めての感覚に、見当すらつかない。ふと気がついたら、わたしの頬から遊佐くんの手が離れてたから、夢なら覚めないように、ゆっくりと目を開く。


「な……に?」


 遊佐くんに見つめられると、身動きができなくなる。


「顔、すごい赤い」


 こんなときまで、遊佐くんは変わらない。


「あ、当たり前だよ、そんなの」


 だめ。今度は、遊佐くんの顔、まともに見れない。


「キスしたくらいで?」


「く……くらいじゃないもん!」


 わたしは、遊佐くんとは違うんだから。


「あ。初めてだった?」


 絶対、わかってるくせに。そんなふうに、わざとらしく驚いたふりをする、意地悪な遊佐くん。


「……また、からかってるわけじゃないよね?」


 騙されてるみたいな気持ちになって、念のため、確認してみたら。


「まさか」


 そう言って、遊佐くんが、もう一度、わたしの肩を引き寄せたの。


「やっぱり、クセになるかも」


「えっ?」


「何でもない」


 おかしそうに軽く笑った遊佐くんから、今度は短いキスを受ける。本当に、夢じゃないんだよね? 遊佐くんと離れた、その瞬間から、今の状況が現実じゃなくなっちゃいそうだよ。


 今度、遊佐くんに会うときは、ちゃんと何か変わってるのかな……?






「おはよう、璃子」


「あ、お、おはよう」


「昨日は、お疲れ」


 門の前で声をかけてくれたのは、加瀬くんと美緒ちゃん。全部、顔に出ちゃっていそうで、心配。いつも通りにはできないかも……!


「そうそう。昨日は、よかったね。璃子」


「ええっ?」


 ついつい、反応が過剰になる。


「何も、そんなに驚かなくたって。昨日のライブの話だけど」


「あ、うん! そう、そうだね」


 そうだよ。だって、周りに誰もいなかったもんね、あのとき。


「璃子、何かあったんでしょ?」


 こういうときに、鋭さを発揮する、美緒ちゃん。


「や、断じて、何も。何かなんて、あるわけ」


 首を大きく横に振った、そのとき。


「昨日は、寝れた?」


「ひゃっ?」


 わたしの頭を軽く後ろから叩いたのは、もちろん、遊佐くん。


「ああ、遊佐」


 加瀬くんが、のんびりと声をかける。


「立原が、どうかした?」


 何でもない普通の遊佐くんの声に、いちいちドキドキしてしまう。


「いやあ。さっきから、立原見てると面白くて。昨日、あれから何があったか、容易に想像できる」


「いやいやいや、何もないよ? 間違っても、遊佐くんとキ……」


「いいから、黙ってろよ」


 二人の前だから、一応否定しようとしたのに。なぜか、わたしをあきれたように遮る、遊佐くん。


「挙動不審なんだよ、おまえは」


「そんなこと……!」


 それが、自分から、キスまでした女の子への言葉なの? と、ムキになりかけたところで。


「まあ、いいや。行こう」


「あ……うん」


 ふっと笑った遊佐くんの空気を間近で感じたら、夢じゃなかったんだっていうことだけは、はっきりとわかったんだけど。


「あれ?」


 靴を履きかえようと、上履きを手に取ったとき、中に小さな紙切れが入っていることに気づいた。


「どうしたの?」


 美緒ちゃんが、のぞき込んでくる。


「何? それ」


「あ、えっと……」


 そこに書かれてたのは、要するに、ブスのくせに調子に乗るなとか、何とか。最近、何かと悪目立ちしちゃってたっぽいから、来るべきものが来てしまった。


「高校生にもなって、バカみたい。とはいえ、納得のいかない気持ちは、わたしにもわからないでもないけどね」


「美緒ちゃん……!」


 そこは、同調しないでほしかったのに。


「くだらないこと、言ってないで」


 そこで、あきれたようすの加瀬くんに、紙を取り上げられる。


「とりあえず、遊佐に見せておきなよ。エスカレートすると、よくないから」


「えっ? や、でも」


 逆に、わたしとキスなんかしちゃったこと、後悔させたりしない? 少し離れた位置で靴を履き替えていた遊佐くんに、声をかけようとしてる加瀬くんに、ひやひやしてしまう。


「遊佐、これ」


「え?」


 遊佐くんが、さっきの紙をながめてる。そして、今度は、わたしの顔をじっと見つめてきたから。


「あ……わたしなら、大丈夫だよ。気にしてないもん」


 わたしのこと、心配してくれてるんだ。遊佐くんの優しさに感激しながら、明るくふるまうと。


「わざわざ」


 不意に、遊佐くんが口を開いた。


「ん?」


「こんな紙に書かれるほど、変な顔ではないよな? たしかに、一般的に可愛いとは言い難いけど」


「…………」


 ねえ、遊佐くん。聞きたいけど、聞けない。でも、遊佐くん ————— わたしのこと、本当に好き……!?






「やっぱり、合ってるよ。璃子と遊佐くん」


 教室に入るなり、さっきのやり取りがおかしかったのか、思い出し笑いをする美緒ちゃん。


「そんなわけないよ。全然、笑えないし」


 遊佐くんが何を考えてるのか、わからないんだもん。


「よかったじゃん。うまくいったんでしょ?」


 加瀬くんも、よろこんでくれてる雰囲気だけど。


「うまく?」


 そこで、ドキリとする。だって、わたし、生まれて初めて、遊佐くんとキスなんてものをしてしまったものの。考えてみたら、好きとは最後まで言ってもらえなかったし。つき合うとか、そんな話も……と、そのとき。


「あ、遊佐」


 加瀬くんが、わたしたちの教室を横切ろうとした、遊佐くんに気づいた。


「何?」


 近づいてきた遊佐くんと、目が合わせられない。


「立原が煮詰まってるみたいだから、何とかしてやってよ」


「へえ。そうなんだ?」


 加瀬くんにひやかされて、わたしの顔をのぞき込んでくる、遊佐くん。


「…………!」


 そんなふうにされると、昨日のキスのこと、思い出しちゃう。


「いつまで、顔真っ赤にしてるんだよ?」


 他人事みたいに、遊佐くんにバカにされる。


「一回、ちゃんと元に戻ったもん」


 思わずムキになって、見上げると。


「やっと、こっち見たな」


 そう言って、いたずらっぽく笑う遊佐くんに、今度は心臓が破裂しそうに……。


「とりあえず、今日の帰りにでも、うち寄る? 襲うかもしれないけど」


「お、襲う?」


 思い出しちゃった。あのベッドの下の紙の箱。


「期待してろよ」


「そ……!」


 意味深な言葉を耳元に残して、遊佐くんは去っていったけど。まさか、本気じゃないよね? 気を落ち着かせて、呼吸を整える。


「展開、早いね。心と体の準備できてる? 璃子」


「や、やだなあ、美緒ちゃんまで。あんなの、冗談に決まってるのに」


 ひやかしてくる美緒ちゃんにも、笑って応えた。だって、さすがに、昨日の今日で、ありえないよね。


「え? 立原には、あれが冗談に聞こえたんだ?」


「ええっ? 冗談じゃないの?」


 加瀬くんの何気ない感じの口調が、いやに現実味を……。


「ほら。それなりの覚悟して行きなよ、璃子。頑張ってね」


「そんなこと言われたら、行けるわけないじゃん!」


 ただでさえ、いっぱいいっぱいなのに。これ以上は、わたしの容量が……。






「紅茶でいい?」


「あ、えっと、うん」


 放課後。結局、遊佐くんの部屋にいたりして。ここに来るのは、これで三回目。一回目は、加瀬くんや美緒ちゃんもいて。二回目は、加瀬くんに失恋した、合同ライブの日。でも、緊張の度合いが、今回はケタ外れだよ……!


「今日は、やけにおとなしいじゃん」


 わかってるくせに、意地悪く笑う、遊佐くん。遊佐くんばっかり余裕で、くやしい。


「いつもと同じだもん」


 強がって、普通に答える。


「そうだっけ?」


 涼しい顔で、遊佐くんがキッチンからトレイを運んでくる。


「そうだよ、同じだよ。いただきます」


 こんなふうに、丁寧に紅茶をいれてくれるところとかも、いちいち女の子受けしそう。でも、単純に、うれしいよね。


「おいしい。この前と、味が違……」


 と、一口飲み込んだところで、わたしの手からカップを離され、トレイの上に戻されてしまった。


「ゆ、遊佐くん?」


「ん?」


 そのまま、後ろから抱きすくめられたと思ったら、ゆっくりと顔を遊佐くんの方に向けられた。


「あの、お茶が冷めちゃうよ」


 突然のことに、気が動転してしまう。


「いいよ。またあとで」


「でも、せっかく、遊佐くんが……」


 次の瞬間には、遊佐くんの冷たい唇にふさがれて、口がきけなくなる。


「遊佐く……」


 ついばむみたいに、何度も何度も軽く唇が触れたと思ったら。いつのまにか、頭の中までかき回されるような、深いキス。でも、ちょっと待って。今、もしかして、わたしのシャツのボタンが外されてるような……と、そこで。


「あ」


 突然、玄関から、チャイムの音。


「忘れてた。待ってて」


「え……?」


 すっと手を解くと、ドアを開けに玄関の方へ向かう、遊佐くん。胸に残る遊佐くんの手の感触に、ドキドキが収まらない。冗談じゃなく本当に、昨日の今日で、例の箱の出番が来ちゃうの?


「どうしよう……」


 もう、すでに無理。こんなんじゃ、心臓がもたないよ……!



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