ソシテ、サイゴハ……



 いつの間にか、季節は秋に移り変わって、学校の中は学園祭の準備に追われていた。


「…………」


 ぼんやりと、ため息をつく。あれから、遊佐くんとは、顔もまともに合わせてない。結局、学園祭のバンドにも誘ってもらえなかったし。


 今回、ドラムはいらないと言い出したという遊佐くんのこと、大人げないって、加瀬くんはあきれてたけど。遊佐くん、面倒なことは好きじゃないもんね。でも、少しだけ、ほっとしてる自分もいる。


「璃子、見に行かないの? 練習」


 ちょくちょく、美緒ちゃんは声をかけてくれるんだけど。


「うん。わたしは、いい」


 気後れして、腰がひけてしまうから。たまに廊下ですれ違う遊佐くんも、前以上に遠く離れたところにいるみたいに感じる。






「明日は絶対、来てよ。立原も」


 学園祭前日、教室を出ようとしたら、わたしを追いかけてきてくれた、加瀬くん。


「うん……それは、行くつもり」


 遊佐くんの歌、やっぱり、もう一度、ちゃんと聴きたいから。


「どうなっちゃってるの? 二人して」


 加瀬くんは、困り顔。そうだよね。こんなの、意味がわからないよね。


「ごめんね。何があったっていうわけでもないんだけど……」


 そう。本当に、何もなかったんだもん。わたしと遊佐くんとの間になんて。


「相当、こじらせてるなあ。とにかく、4時半からの予定だから。変更があったら、連絡するよ」


「ありがとう」


 加瀬くんに手を振って、加瀬くんが見えなくなるまで待ったあと、ゆっくりと一人で歩き出す。


 あれからも、遊佐くんが若松さんといるところを何度か見かけた。やっぱり、つき合うことにしたんだよね。だって、断る理由がないもん。あの遊佐くんの部屋に呼んで、たくさん、たくさん、キスしてるの?


「あ……」


 ちょうど、階段の途中で遊佐くんを見つけてしまったけれど、考えたくないことをが頭から離れなくて、まともに遊佐くんの顔が見れない。


「また、無視するのかよ?」


「そんなこと……!」


 ひさしぶりに聞く、遊佐くんの声。緊張する。


「わたし、無視なんてしてないもん。ずっと無視してたのは、遊佐くんの方だよ」


 また、こんな言い方になっちゃう。でも、少しの沈黙のあと。


「加瀬に聞いたけど、若松がおまえに、よけいなことを何か言ったらしいな。ごめん」


 遊佐くんにしては、めずらしく素直な態度。


「遊佐くんが謝まること……あ!」


 そっか。やっぱり……。今、わかった。


「あ?」


「若松さんと、つき合ってたんだね。本当に」


「どうして、そうなる?」


「だから、若松さんの代わりに謝ってくれたんでしょ?」


 こんなこと、言わせないでほしいのに。最後に最後まで、遊佐くんは相変わらず、意地悪だ。


「その普通じゃない思考回路、ひさしぶり」


「え……?」


 遊佐くんは、少し笑った。


「お、おかしくないもん」


 遊佐くんの笑ってる顔だって、わたしが見たのは、ひさしぶりだよ……と、そこで。


「若松とは、何もないよ」


 横を見ながら、遊佐くんが言う。


「えっ? そうなの?」


「あんな女、本気で相手にするわけないだろ?」


「や、だって」


 だんだん、わけがわからなくなってくる。


「全然、前と言ってることが変わってない? わたしと違って、若松さんはクセがなくて、可愛いって」


「でも、興味がわかない。あと、言っただろ? 気の強そうな女も好きじゃないって。忘れた?」


「ううん。覚えてる、けど」


 なんだか、わたしの心の中を探られてるみたい。これは、いったい……?


「あ。そろそろ、リハーサルだ」


 遊佐くんが腕時計に目をやる。


「そっか……遅れたら、大変だね」


 もっと、ここで遊佐くんと話していたかったよ。


「じゃあ、行くから」


「あ、待って!」


 つい、呼びとめてしまった。


「何?」


「あのね」


 何か言わなきゃ。何か今、いちばん言いたいこと……。


「わたし、遊佐くんが好きなの」


 言っちゃった。言っちゃったけど、このあと、どうすればいい? わたしが固まっていると。


「…………」


遊佐くんは、ほんの一瞬、驚いた顔をして。そのあと、意味ありげに笑ったような気がした。そして。


「ゆ、遊佐くん?」


「時間切れ」


 そう言い残すと、そのまま、体育館の方へ、遊佐くんは急ぎ足で向かっていったの。






 落ち着かない気持ちのまま、朝から遊佐くんとも顔を合わすこともなく迎えた、当日のライブ。つい、勢いで自分の想いを打ち明けてしまったものの、何が変わるっていうんだろう?


 昨日の遊佐くんを思い起こしてみても、告白したことが正解だったとは、到底思えない。遊佐くんは最初から、わたしのことを適当にあしらってただけで、わたしの気持ちなんて、遊佐くんの中では結局、どうでもいいことに決まって……。


「加瀬と遊佐くん、次だね」


 歓声の中、美緒ちゃんが、わたしの肩をつつく。


「うん」


 ステージを見上げながら、いろいろなことを思い出す。いつも、わかるようで、わからなくって。意地悪なようでいて、優しいときも少しあって。でも、近いようで、すごく遠くて。いつのまにか、こんなに好きになっちゃってた。


「璃子! ほら。遊佐くん、出てきたよ」


 美緒ちゃんと、ステージに目をやる。


「遊佐くん……」


 演奏されるのは、遊佐くんのギターと加瀬くんのベース、そして、センスのいい打ち込みでキラキラな音に仕上げられた、遊佐くんの声にぴったりな曲ばかり。


 下から見上げる遊佐くんは、とてつもなく距離を感じさせるけど。やっぱり、好きなの。歌ってる遊佐くんの姿を見るだけで、無条件に胸がしめつけられるの。この声に、いつもドキドキさせられて、気持ちが乱された。


 ばかだ、わたし。振り回されるだけ、振り回されて。どうして、あんな手の届かない人を好きになっちゃったのかな……と、気がつくと、最後っぽい曲が終わって、加瀬くんは機材を片付け始めてる。


 そんな中、まだギターを持ったまま、ステージの中央にいる遊佐くんと目が合った。ううん。わたしが勝手に、そう感じただけ?


「え……?」


 気のせいじゃない。なぜか、もう一度、マイクに近づいた遊佐くんを、客席に降りようとしていた加瀬くんも、不思議そうに見てる。そして、次の瞬間、遊佐くんが弾き出した、このイントロは ————— 間違いない。


 いつか、遊佐くんの部屋で聴いた、『 Lonely girl 』だ……!


「ねえ、ちょっと。遊佐くん、璃子に向けて、歌ってない?」


「…………」


 遊佐くんは、これ以上、わたしをどうしようというんだろう? ただでさえ、わたしの中は、遊佐くんでいっぱいなのに。


 遊佐くんの声で、こんな曲を聴かされたら、切なさともどかしさと甘い気持ちがめちゃめちゃに混じって、どうにかなっちゃうよ。






「あ」


 部室の前で、遊佐くんを見つけた。


「……片付け、もう終わったんだ?」


「やっとね」


 鍵を閉めながら、遊佐くんが答える。


「あの、遊佐くん?」


 意を決して、自分から切り出す。


「何?」


「あの……昨日、わたしが言ったことだけど」


「昨日? 何だっけ?」


 遊佐くん、表情も変えない。


「…………!」


 そうだ。こういう人だったよ。


「昨日! 階段で」


「覚えてない」


 手のひらの上で鍵をもてあそんでいる、遊佐くん。


「覚えてない?」


 さすがに、体が震える。


「そ、そんなふうに言わなくたって、いいでしょ? わたしは、ただ……」


「ただ?」


「一応、区切りをつけたいっていうか」


 勇気を出したんだからちゃんと、ちゃんと聞いて、返事くらいしてほしかったのに。そうじゃないと、いつまでも実らない想いを抱え続けてしまう。


「だから、もう一回言えって」


「どうせ、ふるくせに……あ」


 思い出しちゃった。


「何だよ? おまえの考えることは、ずれてるんだよ。たいてい」


 あきれた顔で、遊佐くんが言う。


「わたし、ふられてたね。さっき」


「あ?」


 顔をしかめる、遊佐くん。


「今日、あの最後にやった『 Lonely girl 』は、そういうことでしょ?」


 そうだよ。わたしってば、気が回らなすぎだ。


「全く意味がわからない」


「遊佐くん、前に言ったじゃん。今度わたしがふられたら、あの曲歌ってやるって」


「言ったような気もするけど、すごい深読みだな。それ」


「違った?」


「おまえって、本当に……いいや、言い飽きた」


 遊佐くんが、ため息をつく。


「なんで、好きでもない女をふるために、そこまで演出するんだよ? 頭が痛い」


「わからない。でも、遊佐くんなら、もしかして、やりかねないかなあって」


「おまえと話してると、イライラする」


「ごめん。だけど……あ!」


「何だ? 今度は」


「ということは、遊佐くんは……わたしのために、わたしの好きな曲を、わざわざ練習して、歌ってくれたっていうこと?」


「いちいち、説明するなよ。そんなこと」


 遊佐くんに嫌な顔をされた。


「えっと、じゃあ……」


 なぜか、体がフワフワ浮いているような、そんな感覚になってきた。


「とにかく」


 遊佐くんが、わたしの言葉を打ち切る。


「ちゃんと言え。あんな、つい口から出たようなんじゃなくて」


「…………!」


 今の。


「やっぱり、聞こえてたんだ。わたしが言ったこと」


 今頃、顔が熱くなってきた。


「もう一回、聞きたいんだって」


「……これで、最後だからね」


 遊佐くんの放つ空気に、むせ返りそうになる。


「好き」


「聞こえない」


「わたし、遊佐くんが好きなの。遊佐くんのことが好きで好きで、どうしたらいいか、わからないの」


 一度、口を開いたら。言葉が止まらなくなった。


「……やっと、言わせた」


 間をおいて、今度は、そんなことを口にする、遊佐くん。


「な、何? それ」


 遊佐くんの考えてることがわからなくて、混乱する。


「おまえ、さんざん、俺のことは好きじゃないとか、興味ないとか言ってただろ? 何回言わせても、まだ足りない」


「だから……」


 遊佐くんが、わたしの顔をずっと見てる。


「遊佐くんが、好きなんだってば」


 なんとなく、視線を落とすと。また、この前みたいに、遊佐くんの冷たい手が、わたしの頬に触れた。


「遊佐くん……?」


「ん?」


「これって……遊佐くんも、わたしを好きになってくれたんだって、思っていいの?」


 おそるおそる、確認してしみたら。


「教えない」


 遊佐くんは、いつものように、意地悪く笑って。そして、わたしは、そっと目を閉じるの ——————。



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