ビミョウナカンケイ
「何やってんの? 璃子は」
夏休みに入ってから、ひさしぶりに美緒ちゃんと新宿で遊んでたんだけど、渋谷でのいきさつを話すなり、突っ込んでくる美緒ちゃん。
「どうして、そこで、つき合おうって話にならないわけ?」
「だ、だって……」
毎度のことながら、タジタジになってしまう。
「加瀬って、けっこう人気あるんだよ。ああ見えて。知ってる?」
「……もちろん、知ってる」
「加瀬もねえ。はっきりすればいいのに。男のくせに」
そこまで言うと、美緒ちゃんは、紅茶を一口飲んだ。
「や……そんな言い方したら、加瀬くんに悪いよ」
この前の加瀬くんとのやり取り。あれって、やっぱり、流されたってことなんだよね。ぼさっとしているわたしは、家に帰ってから、気がついたんだ。普通に、ふられたようなものだって。
「こればっかりは、しょうがないよ。加瀬くんにも選ぶ権利はあるんだから」
「そうじゃなくて。加瀬ってさ、面倒なことからは、逃げるタイプじゃない?」
「あ、うん」
そのへんは、上手そう。
「その気がなかったら、璃子とは、さりげなく距離を置きたがると思うんだけどな」
「たしかに……」
そういえば、休みに入るまでに何回か加瀬くんと教室で顔を合わせて、話したりもしたっけ。一線引かれちゃうかもと思ってのに、逆に距離が縮まったような感じもして。バンドのこともあるし、気を遣ってくれてるだけかとも思うんだけど……。
「ありがと、美緒ちゃん」
まあ、考えてみたところで、どうどうめぐりだよね。ちょっと気持ちを切り替えてみる。
「美緒ちゃんは、その後、どうなの?」
「ああ、それがね」
ため息をついて、美緒ちゃんが続ける。
「なんか、ダメそうなんだよね」
「ええっ?」
意外な言葉に、びっくりしてしまう。
「どうして? あんなに、いい雰囲気だったのに」
てっきり、着々と進展しているものかと思ってたよ。
「なんか、うまくかわされてる気がする。全然、手応えがないの。いろいろ誘ってみたりしてるんだけどね。やっぱり、好きな子か彼女がいるのかも」
「そう、なのかなあ……」
学校内で、そういう人の存在を匂わせてることはないみたいだけど、普通に考えて、いる方が自然ではあるのかな。
「でも、来週は合宿もあるし、もうちょっと頑張ってみようかな」
そう言いながら、美緒ちゃんは綺麗な笑顔を見せた。
店を出て、美緒ちゃんと別れたあと、一人で駅前の通りを歩きながら、取りとめもなく考える。美緒ちゃんがうまくいかなくて。わたしだけ恋が成就するなんて、はたしてあるの? 絶対、ありえない気がするんだけど……と、そのとき。
「立原さん」
「…………?」
突然、街中で名前を呼ばれるという状況だけでも、びっくりするのに。
「ゆ、遊佐くん!」
振り向いて、なお驚く。
「また、いろいろ、あさりに来てんの?」
「あさりに……? その表現、人聞きが悪すぎるよ」
わたし、加瀬くんとか遊佐くんに、どういう人間だと思われてるの?
「べつに、普通だよ? 今から、本屋さんにでも行きたいなって、考えてただけだもん」
「偶然。俺も」
なぜか、笑いをこらえてるように見える、遊佐くん。
「だいたいさ、遊佐くん」
ここは、ちゃんと言っておかないと。
「ちょっと人より音楽とか本が好きなだけで、わたしだけオタクとか変人扱いされるの、おかしくない? どうせ、遊佐くんだと、同じものを選んでもセンスがいいとか言われるんでしょ? 」
「何だよ? それ」
今度は、遊佐くん、抑えきれなくなったように笑い出した。
「いちいち、ムキになるなよ。自意識過剰だよ」
「だ、だって……!」
世の中、理不尽なんだもん。
「
「うん……」
バカにされてるようで、納得のいかない気持ちのまま、遊佐くんについていく。期せずして、おかしなことに。どうして、わたしと遊佐くんが並んで歩いてるんだろう? また、私服姿の遊佐くんの目立つこと。フレッド・ペリーの広告みたい。
「あ」
そうだった。数分前のことが、すっかり頭から抜けてた。
「さっきまでね、美緒ちゃんといたんだよ」
あんなに可愛い美緒ちゃんだもん。絶対、好かれてるのがわかったら、まんざらではないはず。どうにか、探りを入れたりできないかな。あくまで、さりげなく、ね。
「ミオ……ああ、倉田さん?」
「あ、うん」
あれ? なんか、やっぱり、気のない感じというか。どうしよう? 直球で、遊佐くんの恋愛事情を聞いてみちゃおうか。
「あの、遊佐くん」
「何?」
「えっと……遊佐くんは、彼女とかいるの?」
「あ?」
今度は、露骨に嫌な顔をされた。
「や、べつに、言いたくなかったら、大丈夫。うん」
「なんで、いきなり、そんな話? あ、倉田さんか」
「…………!」
なんか、まずいかも。
「違う、違う」
あわてて、首を振る。
「美緒ちゃんは関係なくて。そう、一般的な興味というか」
「へえ。興味? 立原さんが? 俺に?」
意地悪く、遊佐くんに顔をのぞき込まれた。男の子に免疫のないわたしには、心臓に悪い。
「や、ない……! 全くと言っていいほど、個人的には遊佐くんに興味なんてないんだよ。好奇心くらいなら、かろうじてという感じで」
なんて、ここまで正直に説明しなくてもよかった?
「本当に、変わってるね。立原さんって」
「あの、ちょっと、遊佐くん?」
わたしは、いたって普通で、真面目な人間。変わってるなんて、誤解されちゃうと困るんだけど……と、そこで。
「いや、べつに、今は彼女いないんだけど」
さらりと語られた、事実。
「あ、いないんだ?」
よかったね、美緒ちゃん。本気で頑張ってる美緒ちゃんが、よろこぶ顔を想像した瞬間。
「でも、倉田さんとはつき合わないよ」
あまりに突然な、遊佐くんの胸の内の告白。
「な、なんで?」
反射的に、心の声が口から出てしまった。
「どうして? 彼女、いないのに? わたしの友達とは思えない、あの美緒ちゃんだよ? 」
美緒ちゃんでダメなら、どんな人とつき合えるというんだろう?
「俺、ああいう気の強そうなの、苦手」
おっくうそうに答える、遊佐くん。
「美緒ちゃん、しっかりはしてるけど、気なんて強くないよ? すごく優しいし」
本当に、本当だもん。
「立原さんがどう思おうと自由だけど、俺は嫌なんだって」
「でも」
信じられない。絶対、断る理由なんてないのに。それより、わたし、よけいなことをしちゃったような……。
「いいよ、もう。あと、俺から、加瀬のことも探ろうとするなよ。面倒くさいから」
「そ……す、するわけないじゃん! そんなこと」
だから、人聞きが悪いんだってば。
「どうだか」
遊佐くんが、どうでもよさそうに、遠くへ視線をやる。また、そうやってバカにしちゃって、感じ悪い。
「でも、その……決して、探るわけないけど。加瀬くんって、元気にしてる?」
最近、会えてないから、加瀬くんがどうしてるか、気になるよ。
「…………」
一瞬、間が空いて。
「やっぱり、おかしいよ。おまえ」
あきれたように、遊佐くんが笑う。
「ゆ、遊佐くんが、加瀬くんの名前出すから! それまでは、加瀬くんのことなんて、忘れてたくらいで……」
「嘘つけ」
遊佐くんが、横目でわたしを見る。
「そりゃあね? 音楽を聴く時間の半分くらいは、加瀬くんのことも考えてるかもしれないけど。ちょっと、遊佐くん? 聞いてる?」
なんか、だめだ。遊佐くんといると、墓穴を掘ってばかり……と、いつのまにか、気がついたら、目的地の紀伊國屋の前。
「立原さん、何階から見るの?」
「うーんと……まず、5階かな」
まずは、音楽本コーナーをね。
「俺は、2階から見るから」
「えっ? あ、うん」
「じゃあ」
「うん。また……」
やっぱり、あっさりしてるよね。そう思いつつ、エレベーターの方に足の向きを変えた瞬間。
「立原」
「え……?」
一瞬、呼ばれたのが自分なのか、わからなかったけれど。少しだけ、間が空いたあと。
「やっとけよ、練習」
それだけ言うと、わたしの反応も確認しないで、遊佐くんは歩き出した。あ、そうか。合宿……。
「うん。頑張る!」
大きな声で返事をしたんだけど、遊佐くんは人混みに紛れてしまっていたから、わたしの声は聞こえなかったかもしれない。でも、今、遊佐くんに初めて “立原”って呼ばれたのを思い出して、なぜか顔が熱くなっているのを感じた。
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