ツノルオモイ



「片付けは、適当でいいから」


「うん。今、終わった」


 遊佐くんに声をかけられて、わたしたちも部屋の方へ移動する。


「曲、何やるかな」


 棚のCDを物色しながら、加瀬くんは楽しそう。


「今回はもう、全面的にお任せするよ」


 初心者は、わたしだけだし。


「うーん……じゃあ、やっぱり、ラモーンズ?」


 振り向いて、加瀬くんが言った。


「あ。ラモーンズ、いいかも!」


 思わず、手をたたく。ほぼ全曲、3コードのパンク・バンドだもんね。わたしでも、何とかなりそうと思ったんだけど。


「……ラモーンズ?」


 やたら不機嫌そうに、遊佐くんが顔を上げた。


「やだよ。いいかげん、パンクなんかやり続けたくないから、前のバンドやめたのに」


「そ、そうなの?」


 そんな事情があったとは。


「まあ、そんなこと言わないでさ。あ、そうだ」


 加瀬くんは、遊佐くんの扱いに慣れてるみたい。


「遊佐、ベースやれば? やりたがってたじゃん。俺歌うし、楽器取り替えてさ。俺のベース、貸すよ」


「ベース? それなら、いい」


 加瀬くんの提案に、わりと乗り気なようすの遊佐くん。


「えっ? でいいの?


 やっぱり、遊佐くんって、よくわからない。


「はい、決まり。ラモーンズね。まずは来週、『電撃でんげきバップ』で」


「わかった。練習するね」


 記念すべき、バンド初の決定事項ということで、手帳に書き留める。バンドって、意外と緩いものなんだね。そのあとも、関係のない音楽の話で盛り上がって、時間は過ぎていったし……。






「立原さん」


「はい?」


 帰り際。なぜか、わたしだけを呼び止めた、遊佐くん。


「どうしたの?」


 わたし、何か気に障ることでもしちゃった? ヒヤヒヤしながら、振り向くと。


「聴きたいのあったら、全部持っていっていいよ」


「CD、貸してくれるの?」


 嘘みたい。


「うん。何枚でも」


「うれしい……!」


 遊佐くん、やっぱり、いい人なのかな。お昼のパスタも絶品だったしね。


「えっと、じゃあ、このへんとか」


 遠慮なんてする余裕なく、棚へ駆け寄ると、UKインディーズのCDをごっそりと抜き取った。


「ありがとう。聴くの、楽しみだよ」


 わたしに、こんなに優しくしてもらえるなんて、予想外すぎる。


「そのかわり」


「はい?」


 そこで、遊佐くんが、涼しい顔で笑う。


「前に加瀬に編集した音源全部、アルバムで明日持ってきて」


「ぜ、全部?」


 あの量を……?






「今日は璃子に便乗できて、よかったー」


 加瀬くんと駅で別れるなり、美緒ちゃんは満足げにそう言って、続けた。


「遊佐くんと、まともに話したの初めてだけど、いい意味で普通っぽいよね。優しいし」


「普通かな? あの人。優しい?」


 なんだか、ちょっと違うような……。


「まあ、余裕があるんだろうね。顔面偏差値の高さも自覚してるだろうし」


「たしかに。自覚はしてると思うけど」


 ただ、余裕があって、優しいという部分には賛同しかねる。と、そこで。


「で、璃子は? 遊佐くんの部屋で、加瀬と二人っきりだったでしょ?」


 ひやかすような美緒ちゃんの視線。


「何か、なかったの?」


「それが、全然」


 結局、突っ込んだ話をすることもなく、終わっちゃったよね。


「でも、休み中も練習で会えるんでしょ? 見に行くから、頑張りなよ」


「そうだった。そう、そうなんだよね」


 今年の夏休みは、今までとは違う予感がする。きっと、何かが待ち受けているはず……!






 次の日、わたしは、隣の隣のクラスで、遊佐くんを探していた。


 遊佐くんがどこにいるのか、なんとなく、他の人には聞きにくい。教室の中を見回してみたら、いちばん廊下側の席で本を読んでる、遊佐くんを発見。こっちから声かけるの、ちゅうちょしてしまう。でも。


「遊佐くん!」


 思いきって、廊下の窓越しに声をかけてみた。うわ。ものすごい視線を感じる。


「立原さん」


 遊佐くんが、ゆっくりと本を閉じて、近づいてくる。


「あの、これ、昨日頼まれたCDなんだけど……」


 大量のCDの入った大きな紙袋を、遊佐くんに差し出した。


「ああ、約束どおり」


 うれしそうに中身を確認する、遊佐くん。


「それにしても、よく買うよな、こんなの。どこで情報収集してるんだか」


「……人のこと、言えないと思う」


 枚数でいうなら、わたしよりも全然たくさん持ってるくせに。


「まあね」


 今気づいたように、遊佐くんが、ふっと笑う。こうして間近で見てみると、本当に尋常じゃなく、端正な顔立ち。目なんか、まるで吸い込まれちゃいそうな……。


「何?」


 つい、じっと見てしまっていたのか、遊佐くんにけげんそうな顔をされてしまった。


「や、何でもない」


 あわてて、言葉を続ける。


「そう! わたしの方は、借りたままで大丈夫?」


「いいよ、適当で。じゃ、ありがと」


「あ、うん。またね」


 チャイムの音で、わたしは自分の教室に戻ったんだけど。たしかに、遊佐くんって、話してみると意外と普通なんだよね。少し慣れてきたからか、なおさら。遊佐くんが騒がれるの、ルックスだけじゃないって、わかってきた気がする。


 美緒ちゃん、うまくいくといいね。






「あーあ。見事に下がってる」


 返ってきた試験の結果はともかく、わたしの気持ちは浮かれてる。今年の夏休みは、いつもと違う期待で、いっぱいだもん。とりあえずは、二人の足を引っ張らないように、ひたすらドラムの練習をするのがいちばんの課題。


 ただ、部室って、ほとんどの時間、先輩のバンドで埋まってるんだよね。いい練習場所とか、どこかにないかなあ……なんて、心配してたら。


「ねえ、立原。夏休み、一泊できる?」


「へっ?」


 後ろから、加瀬くんの声。い、一泊って!


「軽音って、バンドごとに合宿行くんだよ。それで、休み明けに合同でライブするの」


「あ……そ、そっか。なるほど」


 一瞬、わたしだけが旅行にでも誘われたのかと思ったよ。あわてふためくわたしに、不思議そうに説明してくれる、加瀬くん。


「合宿って、軽音部もあるんだ?」


 なんだ。合宿ね。わたしってば、何考えてるんだろう?


「うん。スタジオ付きのペンションに、毎年」


「知らなかった」


 なんだか、本格的……!


「都合つきそうだったら、行こうよ。去年なんて、先輩と無理矢理バンド組まされてさ。練習、めちゃくちゃ大変で」


 加瀬くんが弱った表情で、でも、楽しそうに話してくれる。


「そうなんだ?」


 想像すると、笑っちゃう。


「遊佐も予定ないから、立原に合わせるって。もし、女子一人で来にくかったら、倉田でも誘えば?」


「あ、そうする!」


 美緒ちゃん、よろこんでくれるに決まってる。早速、美緒ちゃんに声をかけてみると。


「絶対行く! 服、買わなくちゃ」


 と、かなり乗り気。


「お互い頑張ろ? 璃子」


「うん」


 こっそり、わたしも気合いを入れて、返事する。だって、わたし、自分でもわかるもん。どんどん、加瀬くんへの気持ちが大きくなっていってるのが。






 委員会があるという美緒ちゃんと別れて、一人で、玄関で靴を履き替えていた。加瀬くんと合宿だって。また、楽しみが増えちゃって……と、そのとき。


「…………!」


 向こうから歩いてくるの、加瀬くんだ。


「あ。帰るところ?」


「うん。加瀬くんは、誰か待ってるの?」


「いや、俺も帰るところ。そうだ。これから、渋谷でも寄らない?」


「行く! でも、渋谷っていうか、タワレコでしょ?」


 あまりの幸運に戸惑いながらも、何でもないことのようにふるまう。


「そうそう。バレてた?」


 うれしそうに答えた加瀬くんの横を、ドキドキしつつ、幸せな気持ちでついていくのだった。






「買った、買った」


 満足そうに、加瀬くんが椅子に座る。CDショップの近くのスタバ。ここで力尽きても、わたしは本望だよ。


「立原は?」


「前、遊佐くんに借りた、DEERHUNTER の。よかったから、買っちゃった」


 もしかして、こうやって向かい合ってたら、加瀬くんの彼女に見えちゃったりして。なんて、さすがに図々しいかな。


「俺も、今日はそのへんの何枚か。ちょうど、バイト代入って」


「いいなあ。バイト、何してるの?」


 加瀬くん、バイトなんてしてたんだ。


「近所の書店で、週二回くらい」


「いいね、本屋さん。おもしろそう」


「いや、小さい店だし。楽でいいけど」


 加瀬くんがコーヒーに口をつけて、笑う。わたし、加瀬くんのことなんて、何も知らないもんなあ。こんなふうに話聞けるの、すごく幸せ。と、そこで。


「ゆっくり話すの、もしかして初めてだっけ?」


 加瀬くんが、ふっと、わたしの方を見る。


「えっ? あ、そうかもね」


 改めて言われると、緊張しちゃう。


「いや、俺さ」


 不意に、おかしそうに笑い出す、加瀬くん。


「な、何?」


「俺、立原のこと、同じクラスになる前から、なんか気になってたんだよなーと思って」


 それって……!


「たまに、本屋とかCDショップで見かけてさ。なんか、いつもマニアックなもん見てる子がいるなと思って。あ、これ、遊佐も言ってたけど」


「や、あの、そっか」


 そういうことか。要するに、加瀬くんや遊佐くんの中では、すでに変な女との認識が……。


「悪い意味じゃないよ。それで、ずっと興味あったってこと」


「え……?」


 それは、いい意味にとっていいの?


「だから、同じクラスになれて、うれしかったんだ。いろいろ、話してみたいと思ってたから」


 オナジクラスニナレテ、ウレシカッタ? そんなふうに、思ってくれてたんだ。理由はどうであれ、単純に、うれしくてたまらない。


「わたしもね、加瀬くん」


 自然に、素直な気持ちが口から出てくる。


「わたしも、加瀬くんと話してみたかったんだよ。文化祭のライブで加瀬くんを見たときから、ずっと憧れてたから……」


 あれ? ちょっと、素直に出しすぎちゃった?


「うーんと……そこまで言われると、恥ずかしい」


 わたしの発言に、加瀬くんは少し顔を赤らめたように見える。


「あ。違くて、えっと……」


 わたしってば、心の準備もしてなかったのに、すごいことを言ってしまった? 困ってるよ、加瀬くん! わたしの方が動揺してしまう。でも。


「そんなこと言われたの、初めて。ありがとう」


 そう言って、少し照れながら、笑ってくれた加瀬くん。そんな加瀬くんのことが、やっぱり、わたしは好きでたまらないの。



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