おばあちゃんの家

 雨が降り続く秋の午後、悠介ゆうすけは、子供の頃に過ごしたおばあちゃんの家を訪れた。

 家は古びていて、庭には雑草が生い茂っていたが、それは懐かしさの象徴だった。


「おばあちゃん、元気かな……」


 心の中で呟き、庭を一歩踏み出す。風が吹くたび、枯れ葉が舞い上がり、どこか切ない気持ちになる。

 おばあちゃんの家は、彼にとって温かい思い出が詰まった場所だった。

 しかし、

 その静けさの中には、何か不穏な空気が漂っているような気がした。


 玄関のドアを押し開けると、古い木の匂いが鼻を突く。薄暗い廊下の先には、長い年月を経た家族の写真が壁に飾られていた。

 悠介は一枚の写真に目を留める。

 そこには、若かりし日のおばあちゃんが微笑んでいた。


「こんなに若かったんだ」


 引き込まれるように、思わず手を伸ばした。

 指が触れる寸前、背後から微かな声が聞こえた。


「悠介、戻ってきたのね……」


 振り返ると、薄い影のようなものが立っていた。

 声の主は、誰もいないはずの部屋から聞こえてきた。悠介は胸が高鳴るのを感じながら、声の方へと足を運ぶ。


 声を追いかけるように、暗い廊下を進んだ。

 部屋の扉はわずかに開いており、引き寄せられ。戸を押し開け、中に入る。


 部屋の中は薄暗く、埃が舞っている。古い家具が無造作に置かれ、ひどく散らかっていた。ふと、机の上に置かれた日記に目が止まる。

 手に取り、ページをめくり始めた。


 日記には、おばあちゃんが家族のことや日常の出来事を書き綴っていた。しかし、次第に内容は変わっていく。


【誰かが私を見ている】


【この家には秘密がある】


 悠介は驚愕し、心臓が早鐘のように鳴り始めた。おばあちゃんの声が再び頭の中に響く。


「悠介、ここに来てはいけない……」


 その瞬間とき、背後で扉が閉まる音がした。

 驚いて振り返るが、誰もいない。

 恐怖に駆られ、日記をリュックサックにしまい、部屋を出ようとするが、扉は開かない。


「助けて!」


 パニックに陥りながら、扉を叩くが、反応はない。ふと、隅に置かれた古びた鏡に目が留まる。鏡の中の姿を見つめ、何かを感じ取ろうとした。


 鏡の中に映る自分の姿は、どこか違って見えた。顔が歪み、目が虚ろになり、まるで自分自身ではないかのようだった。


「悠介、こちらに」


 その声は再び彼の耳に響く。

 恐れと興味が入り混じり、無意識に鏡に手を伸ばした。手が鏡に触れると体は、引き寄せられるように鏡の中に入っていく。


 目を開けると、そこはまったく別の世界だった。色とりどりの花が咲き乱れ、空には不気味な影が漂っていた。悠介は自分の体が軽くなり、何かに取り憑かれたような感覚を覚えた。


「ここは……」


 その時、周囲からささやき声が聞こえてきた。


「ゆうすけ」


 言葉に導かれるように、周囲を歩き始めた。

 目の前には、見たこともない生き物たちがひしめき合っている。彼らは一様に自分を見つめ、ニヤリと笑っている。


「だ、だれ?」


 答えは返ってこなかった。

 逃げ出したい気持ちでいっぱいになり、ふと振り返ると、背後には無数の目に見つめていた。


 駆られた。

 全力で逃げ出そうとしたが、道はどんどん複雑になり、出口が見えなくなっていった。

 声が耳元で囁く。


「ゆうすけ」


 声は徐々に大きくなり、頭の中を埋め尽くす。必死に出口を探すが、どこにも辿り着けない。


「助けて!」


 虚しく響き渡り、暗闇が迫ってくる。

 ついには、目の前に現れたのは、おばあちゃんの顔だったが、それはかつての温かさを失い、無表情な顔になっていた。


「おばあちゃん……?」


 その恐ろしい存在に引き寄せられる。

 意識は次第に薄れ、ただの影のように消えていく。周囲は暗闇に包まれ、ただ、叫びだけが響き続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る