第3話
バイクから降りて玄関を開けるとみーちゃんが仁王立ちで待っていた。
「おかえり、お姉ちゃん」
「た、ただいま……」
「可愛い妹放置してどこ行ってたの?」
「ちょっとお隣の県まで……」
「ふーん、お土産は?」
「あ……無いです……」
「可愛い妹を放置した挙句、お土産も無いですと?」
「ごめんなさい……」
「はー!しょうがないからハグ一回で許してあげる。ほら」
「え、いや今お姉ちゃん汗臭いから」
「いいから!早く!」
いいのかな、と思いつつ、両手を広げて待っているみーちゃんを抱きしめる。
「臭い!硬い!」
「プロテクター着けてるから……」
「もういい!早くお風呂入ってきて!」
「はい……」
「へー、あのめっちゃ美人の先輩だよね?」
お風呂から上がった後、みーちゃんとココアを飲みながら今回のいきさつについて話をしている。
「うん、会いたいって言うから会いに行こうかなーと思って」
「待って待って。あの先輩とお姉ちゃんが友達というところから信じられないんですけど?お姉ちゃん友達いないでしょ?」
「い、いるもん……」
「いーまーせーんー。友達いる人は休みに一人でバイク乗ってどこかへ行ったりしませんー」
「ぐぬぬ」
「それにあの先輩もちょっと近寄りがたいというか、周りを見下してそうなオーラ出してたじゃん。お姉ちゃんと合わなくない?」
「サキちゃんは周りを見下すなんて事は……うーん……まぁ、それはともかく良い子だよ。話も合うし……合わなくもないし……合わない、いや……うーん……まぁ、合うし」
「何なの。ま、あれだけ美人だったら周りから妬まれてそうだしね、苦労してそう」
「苦労は……してたね」
引っ越す前も、引っ越した後も、彼女は周りとの関係に悩まされていた。
確かにクセの強い彼女ではあるが、ちゃんと付き合えば素直で良い子だと分かるはずなのに。
「お姉ちゃんと友達ということにまだ若干疑いは持っているけど、あの美人の先輩に会いたいって言われたらそりゃ会いに行っちゃうよねぇー。可愛い妹なんか放り出して」
「ごめんて」
「今週末久しぶりにお姉ちゃんとお出かけだーと思ってたのにさぁ、朝起きたらお姉ちゃんいないしさぁ、ごめんちょっと用事が出来たってメモだけ残されてるしさぁ」
「ごめんて」
「急に予定空いちゃって困ったなぁ。この埋め合わせどうしてくれるのかなぁ?」
「なんでもするから」
「なんでも?」
「なんでも」
「言ったな。じゃあ——」
みーちゃんは腕を組んでしばらく考え始めた。
私はココアを少し飲み、ふと思ったことを口にした。
「みーちゃんは今週末何してたの?その、予定空いちゃってさ」
「私?仕方ないからその辺ブラブラしてたよ。昨日はとりあえずどこかへ行こうと思って電車に乗って——そういえば小さい男の子を助けたなぁ」
「男の子?」
「うん。なんか迷子になっててね。あ、最初は電車の中で転んじゃってたから大丈夫?って声かけたんだけど」
「うん」
「おばあちゃんちに行く途中だーって言ってて。その子一人なの。あんなちっちゃいのに一人旅ってすごいよね」
「へー、一人旅。低学年くらい?」
「うん多分。でね、駅着いたら乗り換えの駅らしくて、だだーっと走っていっちゃってさ、あんなに慌ててて大丈夫かなぁ、と心配になって、私降りるつもりの駅じゃなかったんだけど、その子探しに行っちゃったんだよね」
「優しい」
「でしょー。そしたら案の定、通路のど真ん中で縮こまっちゃってるからさ、声かけたら迷子してるって言うじゃん。だから案内してあげたの。偉くない?私」
「偉い」
「もっと褒めていいんだけど?」
「偉い。可愛い。さすがみーちゃん」
「えへへ。なでなでしていいよ?」
私は右手をみーちゃんの頭に置いて撫でる。
「よろしい、満足した」
「その後はどうしたの?案内した後」
「ん?その後はまぁ、せっかく降りたし、その駅の周辺をブラブラして、飽きたし疲れたしで家に帰って寝ちゃった」
「寝ちゃった」
「今日はゲームしたり本読んだりごろごろしてたかなぁ」
「ごろごろ……その、みーちゃん友達と遊んだりしないの?」
「はー!?お姉ちゃんのために友達の誘いを断って週末予定空けたのに、誰かさんのせいで急に暇になって今更友達のところにノコノコ顔出せるわけないでしょー?誰のせいですかぁー?」
「ご、ごめんなさい……」
「埋め合わせは絶対にしてもらう」
「はい」
そしてまたみーちゃんは腕を組んで考え始めた。
「……次どこか行く時は私も連れてって」
「え?」
「バイク。バイクの後ろに私を乗せてって」
タンデムか。
まだ誰も後ろに乗せた事がないのだけど、一度は乗せてみたいとは思っていた。
「わかった。じゃあ来週末は一緒にバイクでお出かけしよう」
「いぇい!」
そうと決まればタンデムツーリングの計画を立てなければ。
初めてのタンデムだし、長距離はやめてどこか近場で景色の良いところがいいかな。
あとはみーちゃんの装備。
ヘルメットとジャケットは予備があるからそれを使ってもらうとして、インカムを買い足さないと。
この出費は痛い。
でもみーちゃんのためだ、早速ネットで注文しておこう。
次の日、家に帰るとまたしてもみーちゃんが仁王立ちで待っていた。
「おかえり、お姉ちゃん」
「た、ただいま……」
あれ、私何かしたっけ?
おろおろしているとみーちゃんが口を開いた。
「お母さんもお父さんも今日は仕事で遅くなるって。これで夜ご飯買ってねってお金が置いてあった」
「そうなんだ」
「家族の団欒を何だと思っているんだ!」
「あ、そっちで怒ってたのね」
「何だと思ってたの?私に怒られそうな事したの?お姉ちゃん」
「してないしてない」
「ほんとぉー?」
「ほんとほんと。それより夜ご飯どうしようか」
「せっかくだからどこか食べに行こうぜー」
「良いね。着替えてくるからちょっと待ってて」
「早くねー」
着替えてから家を出て、みーちゃんと駅の方へ向かう。
「みーちゃん何食べたい?」
「うーん、肉かな」
「肉。焼肉とか?」
「ううん、ハンバーグとか」
「そっちか」
「そっちよ」
「じゃあファミレスでいい?」
「いいよー。ドリンクバーつけようぜー」
雑談しながら駅前のファミレスへ向かう。
お店に着くと、そこそこ客がいたが、待つ事なく席に案内された。
「ハンバーグ!ハンバーグ!」
「はい、メニュー。私は何にしよう」
「私はこの粗挽き——いや待てよ、ミックスも良いなぁ」
「私はパスタにしようかな」
「ダメ。お姉ちゃんはこのステーキにして」
「え」
「そして半分ちょうだい。私のも半分あげるから」
「お姉ちゃんパスタがいいんだけど……」
「ダメ。ステーキ」
「選択権は無いのでしょうか」
「ありませんー。お姉ちゃんは可愛い妹の言うことを聞く義務がありますぅー」
「義務」
義務ならばしょうがない。
結局みーちゃんは粗挽きハンバーグ、私はカットステーキにして、ドリンクバーもつけて注文した。
「美味しい!」
みーちゃんはご満悦だ。
「私はファミレスで満足する安い女……フフフ」
満足してくれて何より。
「お姉ちゃんその付け合わせ食べないの?もらっていい?」
「いや、食べるから。でもちょっとだけもらっていいよ」
「イェーイ、ゲットー」
「お姉ちゃんドリンクお代わりしてくるけど、みーちゃんは?」
「同じものよろしく」
「了解」
ご飯を食べ終わってからはしばらく雑談をしていた。
「そろそろ出ようか」
えーもう少しーと抗議の声を上げるみーちゃんをなだめて、会計してお店を出る。
外のひんやりした空気が頬を撫でた。
この内と外が切り替わる瞬間、集団の熱気から一歩外に出て静寂を纏う瞬間が好きだ。
背中に人の営みを感じながら、一人夜空を眺めるこの時が——
「お姉ちゃん何してるの。帰るよ」
もう少し余韻を味わいたかった。
帰り道、駅に近づくとみーちゃんが何かを発見したようだった。
「どうしたの?みーちゃん」
「ん。あの子どこかで見たような気がするなぁと思って」
みーちゃんの視線の先を辿ると、小さい男の子がいた。
周りを見渡してあっちへ行ったりこっちへ行ったり。
誰かを探しているのだろうか。
「どこかで見たような気がする……気がする……あ!一昨日迷子になってた子だ」
「駅で助けてあげた子?よく顔覚えているね」
「いやぁ、ギリギリ覚えていたわ。あと1時間もしたら忘れていたね」
「すごーい。お姉ちゃん人の顔覚えるの苦手だからな……」
「他人に興味が無いだけでしょ」
「うぐ」
「こんな時間にあの子何しているんだろう」
「一人なのかな。誰かを探しているような雰囲気だけど」
「一人は危なくない?親は何をしているんだ!」
「親とはぐれたとか?」
私とみーちゃんは顔を見合わせる。
「お姉ちゃん、あの子のところに行っていい?」
「うん、行こう。みーちゃん」
私達は横断歩道を渡って男の子の方へ向かった。
渡り鳥 清明 @kiyoaki2024
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