第2話 依頼
俺の人生は碌なモノでは無い。
小中高とぱっとしない生活を送って、それなりの大学に何となく通って、流されるまま黒に近いグレーな出版社で週刊誌の記者になった。
来る日も来る日も朝から晩まで芸能人のゴシップを追いかけて、休みなんて一切無かった。親が口うるさいので会社の同僚となぁなぁで結婚して子供をもうけた。
子供が出来たとき、初めて心から幸せだなんて思っていたが、その幸せも長くは続かなかった。仕事が忙しくて、家庭内でのすれ違いが続いて、気づけば離婚していた。もう何もかも嫌になった。
現在、俺は六畳半のボロアパートで当たり障りのないコラム記事を書いている。離婚してすぐに俺は会社を辞めてフリーのライターになった。記者時代の伝手を頼りに細かな仕事を貰って食いつないでいるのが現状である。
ああ、何てつまらない人生だろうか。何故こうなってしまったのだろうか。
こんな筈じゃ、なかったのに・・・。
「高瀬君、君、オカルト関連に詳しかったよねぇ?」
それはまだまだ暑さの残る9月の暮れ。昔お世話になった大手出版社の雑誌編集長、小和田さんと呑んでいたときのことだった。
「来月から僕、潰れかけのオカルト雑誌編集部に飛ばされちゃうんだよね。そこで成果残さないとクビだって。この僕を。人事の馬場も偉くなったもんだよねぇ」
知らない人事の名前を挙げながら、小和田さんはグラスを仰ぐ。小和田さんは編集者としての腕は確かなのだが、あまりにも強引な取材の仕方が度々問題になることがあった。彼の言う異動も恐らくは時代にそぐわない取材方法が原因だろうと思う。
「成果を残せって言ってもさ、編集部に碌なヤツはいないし人員も足りないし、そもそも僕オカルトなんて全く知らないから。何を取り上げれば良いかなんて分からない訳よ。そこで、僕と長い付き合いでオカルトにも詳しいであろう高瀬君にご助力いただけないかなーっと思ってね」
「オカルトに詳しいって言っても3ヶ月ほどオカルト雑誌に携わってただけですよ。大した知識はありません」
「いいのいいの。君は相談役兼ライターとして雑誌の構成を考えつつソレっぽいこと書いてくれれば。全く知らない僕よりは良いモノ出来るでしょ」
「他の編集部員はいないんですか?」
「だから碌なヤツはいないしそもそも人手が足りないんだって。僕含めて三人しかいないのよ?あり得ないでしょ」
確かに有り得ない。よっぽど小和田さんは嫌われていて、窓際の際まで追いやられているのだろうか。
「・・・それなりに貰うモノは貰いますよ」
「ああ、はいはい。僕もクビが懸かってるからね。会社からの支給とは別に個人的に出しますとも」
これくらいでどうよ、と小和田さんはスマホの計算機に打ち込んだ数列を見せつけてくる。額としては破格、とても美味しい話であることは間違いない。
「・・・分かりました。引き受けますよ」
「よし、そうと決まれば話は早い。早速打ち合わせしようか」
「打ち合わせ?」
「そう、どういう雑誌を作るのか。骨格だけでも考えておいた方が良いでしょ」
呑みの場にすら仕事を持ち込む仕事人間。飄々としているが小和田さんは仕事にしか生きがいを感じない男だったのを今思い出した。
「一口にオカルト雑誌って言ってもね。UFO、UMA、幽霊に怪奇現象、超能力・・・。実に色々あるわけだが、高瀬君がオカルト雑誌に関わったときは何を取り上げてたわけ?」
「あの時は社内のヘルプとして携わったんですが、幽霊とかUFOとか、雑多に取り上げてましたね。目玉の特集記事は確か・・・、『相模神奈ちゃん失踪事件』だったと思います」
「あー、あの事件。一時期めっちゃ騒がれてたよね。失踪した少女は事件前から様子がおかしくて、両親に至っては事件後に片や自殺、片や行方不明でしょ?ネットの考察勢がわいわい言ってたなぁ」
「俺がヘルプで行ったときも、やれ『神隠し』だとか『呪いに掛けられて』とか、根拠もない言いがかりみたいな記事を書かされましたよ」
「うーん・・・。でもそれ、面白そうだよねぇ」
「面白そう?」
「だってさ、何も分からないって言うのは、『どうとでも書きようがある』ってことでしょ?変に色々雑多に調べて記事にしてもさ、どれも聞いたことのあるような内容ばっかりで読者の興味を引けないじゃない。だから敢えて今回は『相模神奈ちゃん失踪事件の真実に迫る!!』って感じで、1つのことをとことん調べ尽くして記事にした方が、一貫性があって良いと思うわけ」
「雑多なオカルト雑誌って言うより、1つのドキュメンタリー本みたいな形にするってコトですか?」
「そうそう。未だにその事件注目されてるし、今年で確か20年目とかでしょ。タイミング的にも売れそうな気がするんだよねぇ」
「まぁ確かに。異色のオカルト雑誌ってことで反響はありそうですね」
「でしょでしょ?」
「ただ、そこまで文量稼げます?」
「そこは相模家の内情とか、まだかろうじて生きてる祖父母に話を聞くとか。或いは・・・すこーし脚色するとか、ね」
「少し、ですか」
「そう、少し」
「・・・・祖父母って確か、かなり山奥の集落住みでしたよね」
「あー、そうだったね」
「その集落に残るちょっとした伝承とかを事件に絡めれば、ソレっぽくなるかも知れませんね」
「お、いいねぇ。事件前に祖父母の家に帰省してたって言う当たり障りの無い件もそれでまるっと繋がりそうじゃない。この際父親も呪いで死んだことにしてさぁ」
「アリですね。『強力な呪いによって一家が順に死んでいく』というのはストーリー性があって良いと思います。ちょっと出来過ぎな気もしますけど」
「いいんだよこれくらいやり過ぎな方が。所詮オカルトなんてエンタメの1つでしょ?読者が楽しめればそれで良いの」
小和田さんとの打ち合わせは、酒の勢いもあってかかなり進んだ。一連のストーリー構成や取材の日程、果ては本の収益の話まで。取らぬ狸の皮算用でしかなくとも、俺たちは大いに盛り上がった。
「いやー、高瀬君と一緒だと仕事が早いね。やっぱり君に頼んで良かったかもね」
「案を出しているのは小和田さんです。俺はただ合いの手を入れているだけで・・・」
「その合いの手が重要なのよ。編集者って生き物は基本独りよがりでね。自分の手柄しか考えてないの。他人の仕事話に合いの手なんていちいち入れてくれないんだよ」
「はぁ、そうですかね」
「その点君は優秀だよ。言ったことは完璧にこなすし、言ってないことまで完璧にやっちゃうだろ?・・・なんで記者辞めちゃったのよ」
「ちょっと色々ありまして・・・」
「奥さんと娘さんのことかい?」
胸がドキリと鳴る。この人は本当に、人のプライバシーにずけずけと入り込んでくるのだ。それが編集者としての彼の良いところでもあり、人として悪いところでもある。
「君は家族の為に身を粉にして働いてたって言うのに、奥さんは酷い人だよねぇ」
「いえ、俺が家族の時間を取らなかったからで・・・」
「そんなのしょうが無いじゃない。君の収入で食べていけてるってコトを分かってないのよ」
「・・・娘には大変寂しい思いをさせました」
「娘さんも大きくなれば気づくさ。パパの偉大さにね」
「・・・そうだと、いいんですがね」
「大丈夫大丈夫!今回の件が成功すれば、君を編集者として雇えって僕から社長に話しておくからさ。編集者としてキリッとした姿見せれば、奥さんも娘さんも戻ってくるって」
彼は俺を慰めるような素振りでそう言った。
「ありがとう、ございます・・」
「いいのいいの、君と僕の仲だろう?いくらでも頼ってよ」
そう言って、小和田さんはグラスに残った僅かばかりのビールを口に流し込む。
「よし、それじゃあ雑誌の方向性どころか内容も決まっちゃったからね。今度はお互い、それぞれの役割を果たしてから集まろうか」
「・・・そうですね。僕が取材と記事の下書きで、小和田さんが資料集めでしたっけ」
「あの薄暗い部署で一人資料集めなんて淋しくてやってられないけど、流石に取材だ何だと外に出てばかりもいられないから。外回りはフリーの君に任せるよ。じゃあまた、この居酒屋でいいよね?」
「え、その編集部の会議室とか借りられないんですか?」
「あんな辛気くさいところでやってたら纏まるモノも纏まらないよ。呑みながらの方が仕事も捗るでしょ。じゃ、そういうことでよろしく~」
小和田さんはひらひらと手を振って居酒屋を出て行った。卓の上には空の皿に水滴の付いたグラス。そして、伝票の紙。まんまと会計を押しつけられている。
俺は溜息を吐きながら目の前のグラスに残ったビールを口に運んだ。
『奥さんも娘さんも戻ってくるって』
小和田さんの言葉を頭の中で反芻する。彼は俺の家庭を知らないから、全くの他人事だからそんなことが言えるのだ。所詮彼も自分のことしか考えていない。自分が良ければ全て良い。小和田浩司とはそういう男だ。恐らく編集者として雇う云々の話も方便なのだろう。
そんな気休めにもならない言葉を放った当の本人はもういないが、俺は誰に言うでもなく独り言を零していた。
「戻ってくるわけ、ないだろう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます