魔女の教室

 一つの部屋に、一年生のボクらが三人並んで寝る。

 昨日までは、毎日がエブリデイで、嫌がりながらもちょっと楽しかった気がする。


 でも、今日は違った。

 朝、目が覚めると、まず目に入るのが監視カメラ。


「うわ、学校行きたくねぇ……」


 隣を見ると、山田君が死んだ目で天井を見ていた。


「ボキも、行きたくない……」

「……死にたい」


 上体を起こすと、ツーブロックにした林田君がいた。

 眉毛は全剃りで、別人に変わり果てている。

 サイコっぽい一面が女子によって殺されていた。

 生気を失った、まるで人形か何かだ。


 ボクは額に手を当て、重いため息を吐く。


「え、二人はどうだった?」

「お尻叩かれた……」

「どんくらい?」

「授業……終わるまで……」

「何の拷問だよ」


 彼が何をしたって言うんだ。

 ただのデブをイジメるなんて正気じゃない。


「林田君は?」

「メイク。髪。眉毛。色々……」

「どんな人だったの?」

「……ギャル」

「おぉ」


 そうか。オタク、もしくは陰キャに優しいギャルなんていないけど、陰キャをからかうギャルはいるのか。


「山田君は、どんな人だったの?」

「ちっちゃい、……ロリっ子」

「へ、へえ」

「言う事聞かないと、……ペチペチ叩かれる」


 ボクは布団から出て、壁に寄りかかった。

 何か、二人ともすごい楽しそうだった。

 林田君は、せいぜい陰キャをからかうギャルだ。

 山田君は、可愛い感じの子からペチペチ叩かれるくらい。


 二人がこっちを向いたので、ボクは現実を突き付けてやった。


「佐藤君は?」

「魔女」

「ど、どゆこと?」

「昨日、ボク殺されかけたんだよ。寮に帰ってきたら、先輩に保護されたからね。山田くん達とはすれ違いでお風呂行ったからね。石鹸で制服洗う羽目になったし、まだ乾いてないし」


 ボクは昨日されたことを生涯忘れることはないだろう。

 肌が焼ける感覚。

 もう、味わいたくない。


 気のせいか、二人はラブコメさながらの展開を迎えてる気がした。

 ボク一人だけ、サスペンスかホラーの世界に引きずり込まれたみたいだ。


「顔、洗ってこよ」


 洗面所だけは、寮についている。

 男子寮の場合、増築された建物だから一旦外に出て、ぐるっと裏に回らないといけない。


 春の朝は、ぶるっと震えるような寒さが残っている。

 欠伸をして、靴を履き、玄関の扉を開けた。


 ガララ。


 すると、玄関の前に何かが置かれていた。


「なに、これ」


 洗濯機とかを入れる大きな段ボール。

 箱の横には、真っ赤な血? ペンキ? で、何か書かれていた。


【ぷれぜんと♥】


 嫌な予感がした。

 ボクがそわそわして、周りを見ていると、後ろから気配を感じたので振り向く。ちょうど、先輩の一人がこっちに向かってきていた。


「あ、先輩!」

「ん? どうした?」

「こ、これ……」


 何て、言い表せばいいのか。

 ホラーとか、何かしらえげつないのに出てきそうな感じの悪趣味な物体。血糊とかを使って、誰も望んでないお茶目っぷりで、メッセージを書いたり、残したりしてる悪趣味な演出。


 あれにしか見えなくて、ボクは先輩と入れ替わるようにして、立つ位置を変えた。


「……まさか」


 先輩の腰くらいの高さをした段ボール。

 何やら思い当たる節があるようで、先輩は段ボールのガムテープを乱暴に引き剥がした。


「ど、どうしたんですか?」

「他のやつ呼んできてくれ!」

「わか、りました」


 ただならぬ様子にビビり、ボクはすぐに来た道を戻り、隣の部屋と、さらに奥の部屋を適当にノックした。突き当りまで行くと、眠そうな目で先輩が戸を開けた。


「……ふぁ……なんだよ」

「あ、あの、あの、何か、呼んでるっス!」

「ぇああ?」


 ボクが玄関の方を指すと、「おい、どうした?」と他の先輩が声を掛ける。ただ事ではない空気が伝わったのだろう。

 他の先輩もゾロゾロと出てきて、玄関の外に出て行く。


「なんだろう」


 気になったボクは、段ボールの中身を見下ろす先輩達に近づいた。

 腕と腕の隙間を掻い潜り、ボクもつま先立ちで中を覗いた。


「……え?」


 段ボールの中には、変わり果てた姿の緑川先輩がいた。

 全裸の状態で、体には無数の落書きがされている。


【犯罪者】【罪の子】【汚物】【壊れたオモチャ】


 緑川先輩は口から涎を垂らし、目は虚ろだった。

 丸まって段ボールに入っており、ボクらが声を掛けても、何も返事をしてくれない。


「……ふざ……けんなよ」

「せ、先輩?」


 顔を上げると、他の先輩たちが怒りに震えていた。


「これが、……いや、これ、……人間のすることじゃねえだろ」

「あいつら、魔女か何かじゃねえのか?」


 その時、ボクは頭の中にある言葉が浮かんだ。


【魔女の教室】


 米良先輩は奇行のあまり、魔女と呼ばれているらしい。

 でも、蓋を開けてみれば、結局は周りの女子だって、無自覚なだけで、実は全員が魔女だったってわけだ。


 その事実と証拠が、ボクらの目の前に置かれていた。


「部屋に、運ぶぞ。手伝ってくれ」

「あ、段ボール壊しますか?」

「端っこンところから引き千切っちまえ」

「はい」


 非力なくせに、段ボールの角を掴み、全体重を後ろに傾ける。

 裂け目は作れたけど、上手く引き千切れなかったので、他の先輩が変わり、段ボールは壊された。


 何かしないと。

 そう思ったボクは、山田くん達にも声を掛け、シーツを使って簡易的な担架を作る。それで二人が部屋に誘導し、他は全員で緑川先輩を運ぶ。


 この日、ボクを含めた男子達は全員遅刻した。

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