夜明けはいつ?
緑川先輩の言う通り、オリエンテーションが終わって、4日が経った頃だ。月曜日に全校集会が開かれた。
この頃、ボクは女子だらけの空間にすっかり疲弊していた。
先輩の言う事は偉大で、ちゃんと先の事を考えて、ボクらに教えてくれていた。
「ケイくん。お手」
「……は……はい」
体育館に集められ、整列している時の事。
前に立つ女子がいきなり振り返って、手を差し伸べてきた。
言われるがままに、ボクは丸めた手を乗せる。
すると、にぎにぎとしてきて、ショートカットのギャルっぽい子は、ニコっと笑った。
「えらいねぇ」
「……はは」
いつまで経っても手を離してくれず、ボクは自分から手を引こうとした。すると、その子は急に真顔になった。
ぐっ、と手を握ってきて、ツンとした顔で言ってくるのだ。
「誰も離せって言ってないじゃん」
「すいません」
「……本当に悪いと思ってる?」
「は、はい。すいません」
列の隣を見る。
入学式の時とは違い、今度は先輩の男子も並んでいた。
男子は少ないから、基本的に女子の後ろに並ぶことになってる。
「……(耐えろ)」
緑川先輩と目が合うと、黙って頷かれた。
何となく言いたい事は伝わってくる。
ボクらは、本当に動物なんだ。
きっと、女子はボクらがいない所で、改めて学校の説明を受けてるはずだ。男子が何なのか、をきちんと聞いている。
考えてみてほしい。
入学式では笑顔をくれていた女子まで、次の日からは真顔になっているのだ。怖すぎるったら、ありゃしない。
あれを経験した手前、「女子ってなんだよ!」と叫びたくなった。
ボクは、女子だらけというから、もっとキャッキャッうふふな感じの楽しい時間を考えていた。
「……ケイタくんさ。あとで、トイレにおいでよ」
「いや、……でも」
「チッ。来いって言ってんの。言う事聞けないのかなぁ?」
地獄。
圧倒的に地獄。
イジメか、と聞かれると微妙。
イジメってカテゴリーとは、別の何かだった。
例えるなら、本当に人権のない執事って感じ。
もしくは、世話係。
奉仕部なんてなくても、とっくに始まってるのだから怖い。
「わたしさぁ、結構ケイタくんの事、気に入ってるんだよ?」
と、言われるが、実はこの子の名前を知らない。
だって、会話しないもの。
名前が何かなんて、覚えられるわけがない。
ボクが言葉に詰まっていると、壇上で動く影があった。
『静かに。理事長のあいさつを始めます』
やっと手を解放された。
その間際、「後でね」と囁かれる。
『さて。新入生の方々も、我が校の伝統を説明されたかと思います。我が校は、他者への奉仕を第一に考えております』
本来は、長ったらしい理事長の話なんて聞きたくない。
だけど、この学校の場合は普通ではないので、聞き逃しがないように耳を澄ませてしまう。
『何を隠そう。我が校は、イギリスを始めとした欧州から啓蒙を受けております』
「ブリカスぅぅ……」
後ろから山田君の唸り声が聞こえた。
『素晴らしい教えを受け、イギリス本土からも支援を受け、我が校は存属しております』
「潰れてどうぞ」
『さて。奉仕とは何か。それは、相手に尽くす事。ひたむきに相手の事を考えて、相手を大事に思う事です』
「こういう耳障りの良い事を言うのってさ。善の名を借りた悪だよね」
山田君が話しかけてくるけど、反応ができない。
黙っていると、列の端っこから一人の先生が歩いてきた。
何も言わずに、ボクらの真横に立ち、じっと見てくる。
無言の圧力を受けた山田君は、見事に黙った。
『この学校では、元々女子が女子に対し、尽くす事を大事にしてきました。ですが、時代は変わり、共学になった事から、ぜひとも男子学生に女子へ忠義を尽くす、ということを学んでほしいのです。そこで、今日は初めの一歩として、奉仕部へ新たに加入する男子達をご紹介します。男子生徒諸君は、こちらへ』
え? 立つの?
話を聞いていなかったボクは、先輩が動いたことに反応した。
先生が握り拳で頭を小突き、「行け」と命令してきた。
左から、右へ迂回していく。
一年。二年。三年。
それぞれの列の真後ろを通過し、ボクらは先輩に続いて、壇上前の小さな階段を上がっていった。
壇上に上がることって、本当は名誉なことだったりする。
何かしら表彰でもされないと、上がる機会なんてない。
初めて、壇上に立った景色は――。
「あ、ハハっ」
「豚さんみた~い」
「あのキモいの何?」
「ちっちゃぁ……」
――地獄がそこにあった。
中学までは、セリカちゃんにドキドキした事だってあった。
頼り甲斐があって、情けないボクは面倒を見られた事がたくさんある。
でも、今目の前に広がる景色は、人生で初めての屈辱。
それが何かっていえば、嗤われること。
目を動かしてセリカちゃんの姿を探す。
その間、色々な視線とぶつかった。
興味がない人。
明らかに蔑む人。
嫌悪感を抱く人。
よく分からない人。
『新入生に拍手!』
パチパチパチパチ。
いくつもの火花が炸裂するような、拍手の群れ。
『では、男子生徒の方々には、くじを引いてもらいます。引いた札に書かれてる名前が、今日からあなた方が尽くさなければならない生徒です。決して粗相のないように』
ボクらは演台の横に設置された長いテーブルの方に誘導された。
箱は、全部で10個。いや、11個だ。
『お好きな箱からくじを引いてください』
まずは、先輩がお手本として、引く事となった。
手を擦り合わせ、「頼む。頼む……っ!」と祈りながら、それぞれの箱の前に立つ。
ゆっくり引く人もいれば、さっさと引く人もいた。
緑川先輩は、豪快に勢いよく引いてしまった。
先輩は――。
「ぐ、ぐうぅ……、オレの……人生って……そんなもんかよ……っ!」
「先輩?」
「何でだよ。オレは、必死に生きてきた。尽くしてきた。自分のやりたい事を、苦痛にさいなまれながら、絶対に曲げないでやってきた!」
緑川先輩は膝を突き、奥歯を噛みしめた。
目尻には涙が浮かんでいた。
拳を強く握り、名札を睨む。
「なのに、どうして、――お前なんだよッッ!」
『静かにしなさい!』
理事長の怒号が飛ぶが、先輩は下唇を噛み、自分の膝を叩く。
だけど、言う事を聞かないから、今度は先生が数人やってきた。
全員、女の先生だ。
手には警棒を持ち、「まさかな」と思った矢先、先輩の背中に思いっきり叩きつけた。
「誰だったの? 見せなさい」
警棒を首筋に当て、無理やり上体を起こさせる。
もう一人の先生が手から名札を奪い、名前を確認。
それから、理事長に報告しに行った。
「連れて行きなさい」
理事長が冷たく言い放つと、先輩は先生方に連れて行かれ、壇上をおりていく。だけど、下りる間際、先輩は振り返って、ボクらに言った。
「悪夢ってよぉ! いつになったら、覚めんのかなぁ!? 夜明けってさ、くるんだろ⁉ なのに、目を向けた先には、深淵しかねえんだよ!」
「せ、先輩……」
「早く下りろ!」
緑川先輩がどこかに連れて行かれると、他の先輩たちは、苦しげに目を瞑り、箱の前から退いた。
「さ、次はあなた方の番ですよ」
テーブルの横には、駆け上がってきた先生が一人残る。
警棒を持ち、威圧的にボクらを見てきた。
ボクは何が何だか分からないけど、適当な箱の前に立った。
山田君はすっかり怯えて、震える手を箱に突っ込む。
林田君は片手で頭を掻きむしり、発狂寸前の様子で箱の中に手を突っ込んだ。
「よ、よし」
ボクも、手を突っ込んだ。
適当な札を探し、直感を信じて引き抜く。
手にした名札の表面を確認すると、そこには女子の名前が書かれていた。
【米良モリナ】
名札を見ていると、先生が近づいてきて、一緒に名前を確認。
理事長に名札を渡し、ボクらは再び演台の前に立たされる。
『では、後ほど――彼らの方から向かいます。お楽しみに』
こうして、全校集会は幕を閉じた。
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