先輩からの忠告

 引っ越しの方は、入学式前に行っており、すでに荷物は男子寮に運ばれている。部屋は全部で三つ。

 つまり、タコ部屋になっていた。


「う、わぁ」

「そんな顔するな。学校に比べたら、ここは天国だぞ」


 緑川先輩。

 角刈りのマッチョの先輩で、男子寮を案内してくれた人だ。

 部屋の広さは、四畳半。

 増築されたことで、前より部屋は広くなったらしい。


 白い壁と、豆電球。

 細長い窓。

 エアコンなし。

 そんな空間で、ボク達は緑川先輩と胡坐を掻いて話している。


「まず、改めて自己紹介だ。オレは緑川シンゴ。3年だ」

「あ、ボクは佐藤ケイタです。い、1年ですっ」

「ずいぶんと小さいな。小学生かと思ったぞ。えぇ?」


 からかいながら、頭をグシャグシャに撫でられた。

 悪い気はせず、口元が勝手に笑みを作ってしまう。


「山田ぁ、フトシですぅ」


 ボクの隣に座っているデブ、もとい山田君が「ふぅ、ふぅ」と荒く息を漏らしながら、自己紹介をした。

 坊主頭の汗っかきなおデブさんだ。

 眼鏡は湯気で曇っており、見えているのか分からない。


「よろしくなぁ、デブぅ」

「山田ですぅ」


 からかわれるけど、全然悪い気しないんだよね。

 山田君も笑いながら訂正してるし。

 中学時代にふざけ合った日々を思い出す。


「よし。次は君だ」

「林田……サイコ……です。人体解剖に……興味が……あ……あります」

「動物を殺した事は?」

「まだ、ありません」

「ははっ。おいおい。殺人事件はやめてくれよ?」


 頬コケの酷いお坊ちゃまヘアーの男子だ。

 ブツブツと話していて、正直気味が悪かった。

 この人だけは、たぶんからかってるつもりはなくて、先輩は本気で注意していると思う。


「さ、とりあえず、この学校について話そう」

「あ、お願いします」


 先輩から笑顔が消えて、ため息一つで空気がちょっと変わる。


「この学校はな、女尊男卑じょそんだんぴなんだ」

「……ん?」


 言ってる意味が分からなかった。


「大奥って知ってるか? あれって、女塗れの空間で、男を取り合ったりして、男の地位が確約されてるだろ?」

「例えが……分からなくて……」

「そっかぁ。じゃあ、こう言ったら分かるか? 女子は神。男子は動物だ」

「……ひひっ!」


 林田君が笑った。

 どこに笑う所があったのか謎である。

 山田君は二の腕を抱いて、ソワソワし始めた。


「あ、あの噂……本当なんですか? この学校って、……その……男子をにしてるって」

「事実だ。でも、表に出る事はない。外の世界では、よくてイジメって認識にしかならないだろう。そうじゃないんだ。奴隷なんだ」


 二人が何の話をしているか理解できなかった。

 学校ぐるみで、男子を奴隷にしてるって話っぽいけど。

 そんなのSNSに上げたら、一発で問題になるし、淘汰されるだろう。


「スマホで証拠を撮影すれば、解決するんじゃ……」

「あ、言い忘れていた。スマホは、男子の場合、禁止だ。防犯の名目でな」


 おぉ、と変な声が出た。


「全寮制だから、お前たちの荷物はもう届いてるだろう。保護者の印鑑や許可は済みだ。そして、……見ろ」


 緑川先輩が天井の隅を見た。

 ボクは言われた通りに視線を向けると、天井の隅には黒い何かがある。

 黒いカプセルみたいな、ガシャポンを半分にしたような何かだ。


「監視されてる」

「……えぇ」

「もう一度言うぞ。スマホはダメだ。外部と連絡を取るためには、先生の許可が必要だ。……いや、女子の許可か」

「か、監獄じゃないですか!」

「監獄? バカ言え。……家畜小屋だよ」


 ボクは唖然とした。

 現代でそんな学校が存在することに驚きを隠せない。


「昨今、男を貶す奴が……増えただろ? これは噂だが、この学校の出身者らしいぞ。男を下に見るのが特徴的でな。まあ、……蔑み方が半端ないから、すぐに分かるさ」

「お、おかしいですよ。だって、卒業した男子が、もしバラしたら、終わりじゃないですか」

「漏らせないんだよ。保護者立ち合いのもと、誓約書を書かされるからだ。入試を終えて、間もない頃に、……三者面談があったはずだ。その時に書いた、あれと似たようなものだ」


 名前を書けば受かるとのことで、ボクは何も考えず入試を受けた。

 確かに、合格通知が来る前に、学校の方が多目的施設の会議室で、再度面談を行うと親を呼んだことがあった。


『元々、女子高でして。伝統的な行事があるのですが、……男子には、やや居づらい思いをするでしょう。我が校は社会奉仕を考えておりまして、女性に尽くす、といった行事があるのです。もしも、これに対して、保護者の方、ご本人が、……どうしても嫌だ、というのであれば、我が校としては、大変残念ですが、……入学を拒否せざるを得ないんです』


 なんて事を教員の人が申し訳なさそうに言ってきた。

 ウチの親は、ボクと同じで、ぽけーっとしているので、「いいですよ」と即決したのを覚えている。


 人が好いというか、何というか。

 先輩の言う通り、確かに許諾をした後、誓約書を書かされた。

 印鑑まで押した。ボクの指印も押した。


「あ、あ、……あ、れ、か」

「思い出したか。ようこそ、地獄へ」


 他の二人も覚えがあるらしい。

 山田君は「ふぅ! ふぅ!」と息を荒げて、小刻みに体を震わせている。

 林田君は頭を掻きむしり、「ほぇああぁぁ」と奇声を発していた。


「いいか? これだけは言っておくぞ。女子には、絶対に逆らうな。イエスか、はい、だ。それ以外を言ったら、……仕置き部屋に連れて行かれる。そこで勉強をさせられるんだ。何の勉強かは、……分からないが」


 緑川先輩は胸筋を動かし、額に脂汗を滲ませた。


「数日後に、……全校集会が開かれる。そこで、奉仕部に加入するんだ」

「奉仕部? ボク、部活は……」

「男子は強制入部だ。まず、くじ引きが行われる。このくじを引いて、誰に尽くすかが決まるわけだ。……授業以外は、ずっと付きっきりだ。首輪をした執事になったと思え」


 とんでもない事になった。

 ボクは首筋がピリピリと痺れ、早くも家に帰りたくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る