敗戦国のサーカス団
久石あまね
心が綺麗な人にしか見えないお金
寝台列車のカーテンを摘み、少し開けると、朝日のきらめきに思わず眼が閉じた。眩しい、そう思った。ガタンゴトンと揺れるその列車は茶がれた草原を駆け抜け、ただひたすらに砂漠のオアシスの街を目指していた。私がカーテンをパアッと開けると、それに続き、乗客たちが一斉に深緑色のカーテルを開けた。列車に日が差し、朝が訪れた。車内は込み合い、座席は全て埋まっている。乗客たちは皆、頬はこけ、ため息があちらこちらから聴こえてきた。
30年にも及ぶ戦争でこの国は荒廃した。井戸は枯れ、市場から食料は無くなり、多くの民は死んだ。この砂漠のオアシスを目指す列車に乗っている人も、みんな戦勝国の捕虜だ。そしてオアシスの街で派遣就労という名の強制労働をさせられるのだ。
そして私は奇遇にもそんな列車の中で、ある少女に出会った。車内トイレに行くと私と入れ違いで、その少女はトイレから出てきた。
「こんにちは」
少女は笑顔で言った。清々しい笑顔だった。その笑顔を見て敗戦とは何だったのだと思った。
「こんにちは」
私は挨拶を返した。
「珍しいな。この列車に君みたいな少女が乗っているなんて」
私は疑問を呈した。
「あたし、サーカス団に所属しているんです。空中ブランコとかするんですよ〜」
「そりゃすごいな。一度観てみたいものだ」
「一度観に来てください。きっと素晴らしい思い出になりますよ」
少女はそう誇らしげに言った。
オアシスの街で戦勝国の国民相手に敗戦国の国民がサーカスするのだ。
「観に行きたいが、私にはお金がない」
私は苦渋を噛み殺しながら言った。
「じゅあ、お金あげます。右手を出してください」
私は右手を出した。手のひらを上に向ける。
「心が綺麗な人しか見えないお金あげます。サラサラサラ〜」
少女はコロコロと笑い声をあげながら、私の手のひらの上で、指を動かした。
「ありがとう」
少女は心が綺麗な子だなと思った。きっと少女にはそのお金が見えるのだろう。そしてその見えない価値もわかっている。
私には少女が出したお金は見えなかった。
心が綺麗な人にしか見えないお金は、心が綺麗な人にしか使えない。
もし私の心が綺麗になったら、少女のサーカスを観に行こうと思った。
心が綺麗じゃないうちは、少女のサーカスを観に行っては行けない気がした。
少女はサーカスを通して、人々の心を綺麗にしているのだ。
その少女は紛れもなく、この国の次代のスターだ。
人々の心を浄化する、彼女こそ、この国の英雄だ。
敗戦国のサーカス団 久石あまね @amane11
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