幕間 手紙の届いた先2
そこは悠久の回廊と呼ばれる奇妙な空間だった。
夜の闇が一面に広がったような世界に無数の星々がきらめく。
そこにポツンと一軒の家が建っているというか浮かんでいる。
家といっても屋敷と言えるほどの大きさで、ゴシックな装いの洋館であった。
「あー、だる。オレ寝る」
その家の中、部屋のソファに寝転んでだるそうにしているのは、この家の主である。
彼女の名はジルコン・インフィ。
見た目は十代前半のゴスロリ衣装を着、憂いのある表情をした黒髪を腰まで伸ばした少女でる。
このものぐさな少女が最古の君であり、ひきこもりで有名な永遠の君とも呼ばれるその人であった。
「お嬢様はいつもそうやっていつも屋敷の中でゴロゴロしているから、気持ちもたるんでだるくなるんですよ。たまには外の世界にお出になってはいかがでしょう?」
「やだ、めんどい。寝る」
「またそうやって……そんな姿を他の方に見られでもしたら、最古の君としての威厳というものが……」
「あー、ダオ爺うっせ。どうせここには誰も来られないんだし……寝る」
度重なる寝る発言にため息をついたのは、この館の執事を兼ねていた眷属のダオダオ。
誰も来られないという発言に何かを思い出したのか、懐から一枚の紙片を取り出した。
「ですが、お嬢様当てにはこの手紙は届いていますよ。この隔離されている空間にもかかわらずいつの間にか玄関前に置かれていました」
「あー、あいつね。ほらさ宵闇って隙間みたいな狭っこいとこ好きだろ。だから、闇と光の狭間みたいなとこ見つけてスルっと入り込むの得意なんだよ」
「酷い言われようですね。宵闇の君、魔王とも呼ばれるお方もまさかそのように言われているとは思いますまい」
「いーんだよ。で、用ないなら引っ込んでてくれね? 寝るから」
「だから寝ないでください。雷光の君がお会いしたいとコンタクトしてきています」
「どうやって? ここ隔離空間だからコンタクトなんか取りようがないだろ」
「雷光通信とかおっしゃっていました。館の入口に雷が落ちたと思ったら、玄関前に雷光の君の幻影が現れました」
「げっ、あいつ図体でかいくせに器用なことするなあ。まさかそんな手段でここに入り込むなんてな、さすがに館の中に直接は無理だったみたいだけど」
「ともかくも、直接は無理でも、せめて幻影を通してお話したいとのことです」
「やだ。あいつ存在自体が鬱陶しいからパス」
「ですが、玄関前にてお待たせしている状態ですよ」
「んなもんアイツが勝手に来たんだろうがよ。どうせ宵闇の件だろ。追い返せ、オレ寝るから」
ちょいちょいと、執事のダオダオの持っていた紙片を指さして興味なさそうにソファに突っ伏す。
そのときである。
玄関の方からドーンドーンと雷が落ちる音が鳴り響いてくる。
「うわっ、うるせ! くそー、嫌がらせかよ。光のやつもそうだけど、雷のやつも宵闇にこだわりすぎだろ。ったくよお、会えばいいんだろ会えば」
「お嬢様、寝転んでいたから服と髪が乱れております」
主がもぞもぞとソファから起き上がると、執事は素早く身だしなみを整える。
「これでようございます」
「お、ダオ爺さんきゅ。んじゃま行きますか。眠いけど」
洋館の玄関の外、そこに永遠の君であるジルコン・インフィと雷光の君であるフルグライト・ライトニングが顔を合わせていた。
「おい、幻影じゃなかったのかよ。何で本人がいるんだ?」
「いや、本体じゃねえと館の扉ぶっ飛ばせないだろ?」
「げ、オレが出て行かなかったら無理矢理入って来るつもりだったのかよ、マジで鬱陶しいやつだな」
「つーわけで、扉開けてくれたらぶっ飛ばさねーから中入れてくれや」
「やだ。オレのプライベートな空間にズカズカ入ってこようとするんじゃねーよ」
「ま、話を聞いてくれるなら、立ち話でも俺は構わんがな」
「立ち話なんてオレがするわけないだろ。おいダオ爺!」
すると、速き事風のごとし、さっと目の前にソファとテーブルが用意された。
「よっこいせ。ああ、お前も座っていいぞ。あと話は手短にな、長いと寝るぞ」
ジルコンは、ソファに肘で顔を支えるようにして寝そべる。
テーブルをはさんで対面、雷光の君に用意されたのは背もたれの無い丸い椅子だった。
「……ま、いいけどよ。で、早速だがセレンディバイトの件なんだが、手紙は読んだよな?」
「あー、宵闇やめるって件だろ。あいつも往生際悪いよなー」
「ほう、ということはジルコンもそう判断したってことか」
「んなもん見てりゃ分かるって。見ても分からないのって、光のあいつくらいじゃね?」
「クリスタルについては分からないってよりも、分かりたくないってのが本心だろうけどな。次は自分だってな」
「どうだろなー、あいつバカだし。それに弱いし、あいつが君名乗ってるの不思議で仕方ないんだけど」
「同感だ。だが今回はそのバカで弱いあいつの眷属が絡んでいてな」
「光の眷属? あーイガグリだかシロアリだかそんな名前だったか」
「……シラユリだ。そいつが行方不明だったセレンディバイトと遭遇した。そんでボロボロになって帰ってきた」
「おー、主がバカなら眷属もおバカだなー。で、どんな話が聞けたんだ?」
「あのプライドの高いあいつとその眷属が自分から喋るわけでもないだろう。その場の状況と、その場にいた人間から聞いた話を元に情報を整理してみた」
「その場? どこにいたんだ宵闇のやつ」
「クリスタルシティ
「うわー、相変わらず趣味わりぃー。前の光のペリドットだったか、あいつの教会がある町全部クリスタルシティに変えたんだっけ、今いくつある?」
「数えたことはないが、
「あっそ、聞いててなんだけど、興味ねーや。で、話戻すと宵闇がその町にいたってことか」
「ああ、だが倒された」
「はあ?」
「ダイア・セレンライト。新たに出現した聖女の手によって、宵闇の魔王が討ち取られたという話だった」
「そんな馬鹿な話があるのかよ。あの宵闇だぞ?」
「魔王が討ち取られたというその時間、その町から巨大な宵闇の力が解放されたのが確認された」
「その場を見ていないから何とも言えないけど、まあ少なくとも君は死ぬことはない。で、その魔王が討ち取られた場所って巨大な宵闇の力が解放された場所だよな。そこの確認はしたのか?」
「オレ自らな。件の聖女を遠巻きに見たが、とてもじゃないがセレンディバイトには遠く及ばないのはすぐ分かった。だが、解放された力の痕跡はあいつのものとみて間違いないだろう」
「それだけじゃなんともな。わざと死んだふりでもしたか……いやそんなことで他の君は騙されないだろうし……」
「ところで、手紙はどうした?」
「手紙? ああ、宵闇のアレか。ダオ爺に預けてるけど、なあ?」
ソファの背後に立っていた執事が、紙片を取り出す。
それを見たフルグライトはジルコンに近寄って耳打ちする。
「まじ!? あ、よく見ればあいつの……あのクソ宵闇、乙女の秘密を覗いてやがったーーー!!!」
「とりあえず、焼くぜ。まあ、このカラスが生きているってことはあいつの存在も消えてないってことだ」
執事から奪った紙片を地面に叩きつけて踏みつけるジルコン。
ボロボロとなったそれは、同じくボロボロのカラスの姿に戻る。
最後に、フルグライトの放った紫電の火花によって燃え尽き、灰となって消えていった。
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